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ニタニタと笑顔を浮かべながら駒口は言う。
「ま、俺は正直篠沢さんに自分の気持ち代弁してもらってるみたいで楽しかったけど。やっぱり斎藤さんって嫌われてたし。自分の手は汚したくないけど消えてもらいたいというか。万歳篠沢さん! ってカラオケで歌ったことさえあるよ」
うっせーな、黙ってろと呟くが彼は聞こえないふりをして続けた。ふざけんなよ、聞こえてんだろと大声をあげられなかった自分が恥ずかしい。
「君も篠沢さんに協力してたんでしょ。だったら、僕は君にも感謝したい。いやこれまじでさ。篠沢さんと君のコンビ、最高だよ。でもさ、篠沢さんが宮田を選んじゃって、正直ショックだったでしょ。宮田なんて視界にさえ入ってなかったのに横取りみたいな感じだもんねえ。でもよかったね、」
篠沢さんが戻ってきて。
彼を罵るよりも先に手が出ていた。固く握られた拳が彼の顔を叩く瞬間、怯んだ表情が見えて思わずにやりと笑う。ふざけんな、この野郎。
彼がよろめくようにして机に覆いかぶさり、僕はその丸くなった背中を見ながら唾を吐いた。唾のなかに今日食べた弁当にあった人参のオレンジ色が見える。それでも食って生きてろ! と怒鳴ってから僕は安定しない足取りで教室を出た。きっと、僕の言ったことの意味がわかる奴はいないだろう。それに、わかる奴がいたら正直困る。
やってしまった、と思った。授業はあと十分で始まってしまうが、教室に帰るのが億劫だ。仮にもあいつは前の席だし、これからまたおとなしく授業を受けるのはさすがにきまずい。だいたい、またあの顔を見たら殴ってしまいそうな気さえした。かと言って鞄は教室にあるし、帰るわけにはいかない。とりあえず保健室で寝ようか。その後のことはそのときに考えればいい。
階段をゆっくりと下りながら、さっきの駒口との会話を思い出す。ひどく鮮明に蘇って、また苛々している自分に気付くと、無理矢理に記憶を閉じて高校野球についでも考えようと頭をしきりにふる。しかし、「野球」という単語を思い出してしまった所為で、紅葉の顔が脳に染み付いたまま消えなかった。