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翌日の紅葉も本当に普通だった。いつも通り、友達と話すし授業も受けるし徒歩で登下校をする。そりゃあ、「死んでみる?」なんて言ったくらいで人の生活が変わるわけではないけれど、それにしても僕は彼女の反応が気になって、ずっと目で追っていた。何一つ、おかしな行動はないことを確認するが、もともと彼女のいつもの行動なんてわからないから本当は普段とは違うのかもしれない。
僕のことなんて見えていないだろうと思っていた彼女が、突然僕の視界の中で振り返った。それはちょうど下校の時間帯で、彼女は一緒に帰ろう、と言う。突然のことでびっくりしていて、なんとも返せなかったのに彼女はそれをどう勘違いしたのか「宮田くん、今日は早退しちゃったんだ」と付けたした。いいよ、と言うと彼女は何故だか神妙な表情になって、そして早く、と僕の背中を片手で押す。華奢な腕が発揮する力なんて大したことではないのに、そのときだけ相撲の選手に両手で押されたような気がしてしまった。
「宮田くん、わりと病弱なんだよ。アレルギーもたくさんあるんだ。牛乳とかエビとか大豆とか、本当にいろいろ。宮田くん、何を食べて生きてるんだろ」
「鉛筆でも食ってるんじゃない」
「なに、あんたまでそんなこと言うの」
僕のからかいを牽制する感じはなかった。むしろ微笑んでさえいる。
宮田は、何故だかいつも鉛筆を使っていてその鉛筆の後ろに噛まれた痕があるのだと西善が言っていた。宮田が齧ってんだよ、と言った西善の顔がふと思い浮かんで言ってしまって後悔したが、彼女の反応が薄くて拍子抜けしてしまう。
「ねえ、あんたは死にたいと思ったことがあるの?」
「さあ」
「真面目に聞いてるんだけど」
「思ったことくらいはあるよ。みんなそうだろ。いろいろ面倒くさいことがあったときとかって死にてーって思う」
「それって普通?」
頷いてみせると彼女は困惑した表情になった。
「あたしは、そういうふうに思ったことがない。死ぬっていう選択肢があるのは知ってるんだけど、でもそれって特別な選択肢っていうかなあ」
「そりゃあ、誰にとっても死ぬ、なんて特別な選択肢だよ」
「わかってる。それはわかってるんだけど、ちょっと違う。死ぬっていうのが視界に入ってないっていうか。ああ、そういう手があったなって昨日気付いたんだ。もちろん、死ぬわけじゃないから安心してよ。むしろ、ちょっと選択肢が広がって世界が明るくなった感じ。まあ、そんなこと言ってもあんたにはわからないか」
わかるよ、と呟く。本当のところ、よくわからないけれど、それをそのまま口に出してしまうのはすごく危険なことのように思った。