梅雨
僕の生まれた場所は、本当に田舎だった。自然に囲まれた環境といえば聞こえはいいけれど、実際は過疎化した農家ばかりの村といったところ。中学生の頃からいつもここから出たいと思っていた。こんな空と緑しかいないような村から出て、高層ビルが立ち並ぶ東京へ行きたかったのだ。
その欲求も最近では萎れて、きっと自分も農業をやるのだろうと諦めている。そもそも、東京で何をしたかったわけでもなく、漠然とした目標をもっていてもどうしようもない時期になってきていた。江戸時代以前は、長男は家業を継ぐのが常で職業に制限があったが、今では選択肢が溢れている。その所為で「大学に入ってから将来を考える」といい、将来をなかなか決められていない状況があるようだ。そういう一般的な高校生に比べれば農家を継ぐというほぼ絶対的な道が用意されていて、優柔不断な僕にはちょうどいい。
僕のことはいつでも、周囲が決めていた。もちろん、僕に決定権はない。それに全く不満はなかった。
今日はよく晴れている。畑の緑が日光を反射して、色がまったく無くなっていた。
家の近くの河原にゆっくりと腰を下ろす。川の水の流れは鈍く、のどかな田舎の風景を十分に醸し出していた。尻の下の草がちくちくするが、そんなことはどうでもいい。
「田舎だなー」
ぽつりと言葉をこぼしてから、近くにあった小石を拾って川へ投げた。ぼちゃん、という間抜けな音が静かに響く。そうしていると、背後から長い影が近付いてきた。
「まさか、今起きた?」
「なーんだ、紅葉か。微妙に驚いた。それと、ちゃんと八時に起きました」
そ、と興味なさそうに紅葉は返すと僕から少し離れたところに腰をおろした。