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魔法使いの少女  作者: 野村勇輔(ノムラユーリ)
第7章

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第3回

   3


 その日一日、僕は集中して授業を受けることができなかった。


 いや、まぁ、普段からそこまで集中しているわけではないのだけれど、斜め前の空席となった真帆の机を眺めながら、真帆が居ないというただそれだけの事で、心にぽっかりと大きな穴が開いてしまったかのようだった。


 そして放課後。


 僕は悩みに悩んだ末に、お見舞いも兼ねて例の魔術書を持って真帆の家を訪ねることにした。


 住所が分からなかったので学校を出る前に井口先生に訊ねると、井口先生は、

「じゃぁ、ついでだから加帆子さんにこれ渡しておいてくれ」

 と言って、朝方榎先輩が書いていた入会手続きの写しを渡してきた。

「榎は俺が初めて受け持つ弟子だからな。協会の決まりで、俺の師匠にもちゃんと知らせておくことになってんだよ」


 指導担当の責任者、ということで、初めて受け持つ弟子に対しては、それを受け持つことに対する最終責任者が必要なのだそうだ。


 魔法使い、いい加減なのかしっかりしているのか、よくわからん。


 そんなこんなで一旦帰宅してから着替えた僕は、例の魔術書の詰まった紙袋を一つ提げて、真帆の家に向かった。


 真帆の家は、真帆と一緒に入った洋菓子店、パティスリー・アンから少し離れた大通りの片隅に建っていた。


 やたらと古めかしい外観で、『楸古書店』と文字の消えかかった看板が掲げられている。


 開け放たれたスライド式の扉の向こう側には木製の本棚が並び、色々な種類の古本が整然と並べられている。


 お客の姿はなく、店内奥のカウンターには一人のお爺さんが座っていて、新聞を広げていた。


 そのカウンターの脇にはもう一つ扉があってこちらも開けっ放しになっており、真帆が纏っているあの甘いバラの香りがほのかに漂い流れていた。


 僕はなんとなく緊張しながらカウンターのお爺さんのところまで歩み寄ると、

「あ、す、すみません……」

 声を掛ける。


 お爺さんは「ん?」と新聞をとじてこちらに視線を向けると、ふっと笑みを浮かべながら、

「いらっしゃい、買取かい?」

 と僕の提げている紙袋を指差した。


「あぁ、いえ。その、真帆さん、いらっしゃいますか」


「……真帆?」

 訝しむように首を傾げるお爺さんは、僕の頭の先から足元までじろじろ眺めたあと、

「もしかして、君がシモハライくん?」


「あ、はい。そうです」


 僕の名前を知っていることに驚きと若干の喜びを感じていると、お爺さんはにやりと笑んで、

「そうか、君が真帆の。悪いけど、真帆は――」

 とそこで口籠り、

「いや、あとは奥の店で聞いてくれ」

 と言って脇の扉の向こうを指差した。


「奥の店?」

「そう。行けばわかるよ」


 頷くお爺さんに一つ頭を下げてから、僕はその扉を潜り抜けた。


 そこにはバラの咲き乱れる小さな中庭が広がっており、傍らには趣のある東屋も見受けられた。


 バラの間を縫うように舗装された小さな道を進むと、その先にはこれまた古い日本家屋が建っており、掲げられた軒先の看板には達筆でこう書かれていた。



『魔法百貨堂』



 今ではあまり見かけることのなくなった昭和って感じのガラスの引き戸には、ボロボロの紙片に、これまた綺麗な、けれど可愛らしい丸文字で『萬魔法承ります』と貼られている。


 僕はそのガラスの引き戸を開けて、店の中に一歩踏み出す。


 まるでお寺の柱みたいに茶色くなった、如何にも古そうなカウンターの後ろには、怪しげな品が所狭しと収められた大きな棚が、ずらりと横に並んでいる。


 やがてパタパタと足音が聞こえ、店の奥へと続いているのであろう暖簾をくぐって現れたのは、一人の年老いた女性だった。


「いらっしゃいませ。どのような魔法をお探しですか?」

 そう言って、お婆さんはにっこりと微笑んだ。


 短く切られた白髪に、とても親しみのある奇麗な顔立ち。

 確かに皺が多いけれど、その顔は真帆にとてもよく似ていた。


 間違いない、この人が真帆のお婆さん、加帆子さんだ。


「あ、あの、僕、下拂優(しもはらいゆう)っていいます。真帆さんのクラスメイトの……」


「あぁ!」

 と加帆子さんは両手を売って満面の笑みを浮かべると、

「まぁまぁ、あなたがシモハライくんね。真帆のお気に入りの」


 お気に入り――彼氏ではなく、お気に入り――

 なんか大切なおもちゃみたいな言われようだけど、あながち間違いではないので訂正もできない。


「真帆さん、大丈夫ですか? お見舞いに来たんですけど……」


 すると加帆子さんは申し訳なさそうに眉を寄せると、

「ごめんなさいね。真帆、今ちょっとお医者様の所に行ってて。遠方だから、今日は帰ってこないんですよ」


「え、そんな重病なんですか?」

 思わず訊ねると、加帆子さんは「ううん」と首を横に振り、

「大丈夫、そんな大したことじゃないから、安心してください」


「そ、そうですか……」

 とひとまず安どしつつ、けれど真帆の不在に落胆の息を漏らしてしまい、僕は慌てて、

「あ、じゃぁ、これだけ置いて帰ります。真帆が先輩から貰った魔術書です。あと十冊くらいあるんで、残りは後日また改めて持ってきます」

 手に提げた紙袋をカウンターの上にどんと置いた。


 加帆子さんは興味深そうにその中身を確認しながら、

「あぁ、例の。わざわざありがとうございます」

 と口にして一冊取り出し、興味深げにぱらぱらめくりながら、

「……へぇ、これがあの榎先生の研究書ですか」

 と、真帆と似たような表情で小さく口にした。


「あ、あとこれを――」

 僕はさらにポケットから例の入会手続き書の写しを取り出し、加帆子さんに差し出しながら、

「井口先生から渡すようにって」


 加帆子さんはいったん手にした魔術書を紙袋に収めると、その写しを受け取りながら、

「あら、あの子、これもあなたに頼んだんですか?」

 と言って用紙に書かれた文字を確認する。


「ふうん、あの子もついに弟子を。時の流れを感じますねぇ」

 満足そうにくすりと微笑み、それから僕に顔を向けると、

「ごめんなさいね。とても助かりました」


「あぁ、いえ」

 頭を掻きながら答えたところで、

「それじゃぁ、お礼にこれをどうぞ」

 加帆子さんはカウンターの下に手を伸ばすと、一組の小さな指輪を取り出した。


「……これは?」


「恋愛成就の指輪です。シモハライくん、真帆の事が好きなんでしょう?」


 単刀直入に言われて、僕は思わずたじろぎながら、

「あ、いや、まぁ、その――はい……」


 そんな僕に、加帆子さんはおかしそうに「ぷぷっ」と噴き出し、

「そんなに硬くならないで。真帆はあなたを仮の彼氏だからって言ってるけど、たぶん、あの子もあなたの事を好きだと思うんですよね。あの子もあの子で、本当の気持ちはあまり外に出さない性格だから――」


「は、はぁ……?」


 本当に? わりと思ったことをずけずけ言っているように見えるんだけど――


「シモハライくんから、この指輪をあの子に渡してみてください。きっと喜んで受け取ってくれますよ。二人でつければ、きっとすべてがうまくいくようになりますから」


 何がうまくいくようになるのか、とちょっと疑問に思ったけれど、そんなこと、わざわざ訊ねるようなことではないことくらい、僕にも解っている。


「あの子もこの指輪のことくらい知っているでしょうけど、たぶん、あなたと一緒につけるのであれば、断りはしないと思いますよ」

 だって、と加帆子さんはそこで一旦言葉を切って、

「真帆もここ数日、シモハライくんのことばかり、話していたから――」

 そう言って、にっこりと微笑んだ。


 

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