私をバカにする幼なじみに嘘告したら本当に付き合うことになってしまったので、これからどうやってざまぁするか思案する件
青い絵の具だけで染めたような快晴の五月だった。
茉夏がいつものように登校していると、後ろから誰かに頭をはたかれた。こんなことをする奴は一人しかいない。
「おせーな、早く歩けよ」
見ると、案の定、近所に住む幼なじみの晴樹だった。
「朝からうるさいわね。叩くことないでしょ」
「もっと端を歩けよ。邪魔だ邪魔だ」
わざと茉夏の方へすり寄りながら追い抜いていった。
晴樹は事あるごとに茉夏をバカにするし、邪魔者扱いをする。幼稚園の頃からのルーティンだ。
いつもの事だったが、この日、遂に茉夏のキャパはオーバーしてしまった。
(ムカつく! ざまぁしてやる……!)
茉夏は、ある決意を燃やしていた。
「というわけで、定番の嘘告ドッキリを仕掛けてみることにしたの。ここで見てて」
「なにが、というわけよ?」
呆れる友達の怜香と実花に言い置き、茉夏は前へ歩み出た。
ここは体育館裏で誰も寄り付かない場所だ。
この学校では、ここで告白するのが定番となっていた。おそらく、晴樹もなんとなく察してやってくるだろう。騙される晴樹を想像して茉夏はウキウキした。
校舎の影に隠れる二人に見守られながら、茉夏は今か今かと待っていた。
すると、晴樹は間もなくやってきた。
「よお、茉夏」
「あ、晴樹」
「こんな所に呼び出しとか、どした? まさか、あれなわけないよなぁ~」
「まさかのあれです」
黙ってられない性格の茉夏は、早速、嘘告を強行することにした。もちろん、細心の注意を払ってある程度の緊張感を漂わせながらである。
晴樹は驚くというより、意外にも落ち着いた口調で確かめるように聞いてきた。
「マジで?」
「うん、晴樹のことが好き。私と付き合って!」
思い切って言ってみたら、晴樹はあっさりと返してきた。
「いいよ」
(なんと……! まさか、こんなにあっさりOKしてくれるとは! 心が痛むものの、幼稚園からの恨み、ここで晴らしてやる……!)
茉夏は、うっそ~!と口を開こうとした。が、次の瞬間、がしっ!と、茉夏の顔を晴樹は両手で掴んだ。
「もちろん、嘘告とかじゃないよな?」
「…………」
「嘘告だった場合、どうなるか分かってるよな?」
「………………嘘告ではないです。本告です」
「よし!」
晴樹は、ぎゅっと茉夏を抱き締めた。
不覚にも、茉夏の胸は、ぎゅんとしてしまった。
(あ~~っ! 付き合うことになってしまった~~っ!)
自分の部屋のベッドの上で、茉夏は布団にくるまりながら頭を抱えていた。
(ドッキリってうまくいかない……。テレビのスタッフさん、みんな、大の大人が集まって、あーだこーだ真剣に念入りに打ち合わせしてやってるんだろうなぁ……。失敗してお蔵入りしたやつとかあるんだろうなぁ……。大変だなぁ……)
茉夏はしみじみと、どうでもいいことを思っていた。
(いや、待て待て待て! よく考えたら、別れ話をするっていうざまぁがあるじゃないか! アゲてからの落とし! 最強のざまぁだわ!)
不意に思い付いたアイデアに、思わずにんまりとなった。
(必ずや、ギャフンと言わせてみせる!)
茉夏は新たな決意を燃やしていた。
放課後、茉夏は早速、声をかけた。
「晴樹、帰りに大事な話があるの」
「今日、100均に寄りたいから明日でもいいか?」
「…………」
「急ぎの話か?」
「……じゃあ、明日にします」
100均に辿り着くと、晴樹は店内をうろつき、キーホルダーのコーナーで立ち止まった。しばらく眺めて、おもむろに一つのキーホルダーを手に取ると、
「何色がいい?」
と、聞いてくる。
「私ならオレンジかな」
晴樹はオレンジとブルーの二つを取ると、精算しにいった。
(え? え?)
戸惑う茉夏に、晴樹は店を出ると、オレンジのキーホルダーを差し出してきた。
「余ったからやる」
「へ?」
「二人の付き合った記念」
不覚にも、茉夏の胸が、ぎゅんとしてしまった。
(あ~~っ! 別れ話を言い辛くなってしまった~~っ!)
自分の部屋のベッドの上で、茉夏は布団にくるまりながら頭を抱えていた。
(いや、待て待て待て! よく考えたら、こっちの意見を聞かずに勝手に買うとかひどくない? ……確かに、あの中じゃあ、このキーホルダーが一番欲しかったやつだけど! でも、仲良く一緒に選びたかったのに! ちょ~っとだけひどくない? これを理由に別れるっていうざまぁがあるじゃないか!)
茉夏は新たな決意を燃やしていた。
放課後、茉夏は早速、声をかけた。
「晴樹、帰りに大事な話があるの」
「おいしいカフェを見付けたから、そこで話を聞くわ」
「…………」
「カフェ、好きだったよな? 嫌か?」
「……嬉しいです」
「よし!」
晴樹は、ぎゅっと茉夏を抱き締めた。
不覚にも、茉夏の胸は、ぎゅんとしてしまった。
(あ~~っ! 別れ話をするのを忘れて、カフェを楽しんでしまった~~っ! いいカフェだった~~っ! また行きたい~~っ! なんていいカレシなんだ~~っ! 今までと全然、態度が違う~~っ! ますます別れ話が言い辛くなってしまった~~っ!)
自分の部屋のベッドの上で、茉夏は布団にくるまりながら頭を抱えていた。
放課後、茉夏は一緒に並んで帰る晴樹に思わず言った。
「晴樹って、付き合ってから態度が全然、違うよね」
「茉夏が初めてのカノジョだから知らなかったんだが、俺はカノジョを甘やかすタイプのようだな」
「…………」
「嫌か?」
「最高です」
「よし!」
晴樹は、ぎゅっと茉夏を抱き締めた。
不覚にも、茉夏の胸は、ぎゅんとしてしまった。
それからというもの、二人は仲良く一緒に帰り、好きなところへ寄るという日々が続いていった。
そして、必然的に、勉強が疎かになっていったのであった――
ベッドの上で、赤点の小テストを見ながら、茉夏は落ち込んでいた。小テストを持つ手は、恐怖に震えている。
(勉強の時間が減ってバカになってきてる……。これってヤバイよね……。
そうだ! お互いがダメになる関係なんて良くない! 晴樹、ごめん! 当初のざまぁとは違って、きちんとした理由だけど、別れ話をすることにしよう!)
茉夏は渋々、新たな決意を燃やしていた。
放課後、茉夏は早速、声をかけた。
「晴樹、帰りに大事な話があるの」
「悪いけど、今日は図書館で勉強するわ。その後でもいいか?」
「…………」
「最近、二人で遊んでばっかで勉強してなかったしな」
「…………」
「俺の方が賢いし、良かったら教えるぞ」
「……ありがとうございます」
「英語だけ苦手なんだよな。英語だけ得意だったよな?」
「……はい」
「英語、教えて」
「はい!」
(あ~~っ! どういうことだ~~っ! 今の私たち、最高の恋人同士じゃないか~~っ!)
返ってきた高得点の中間テストをベッドに並べながら、茉夏は歓喜に打ち震えていた。晴樹と付き合ってからというもの、物事がおもしろいように好転している。
(なんか、付き合ってる方がいいような気がしてきた……)
今更ながらに思う茉夏であった。
二人が付き合い始めてから半年が過ぎた頃だった。
昼休みに、いつもの友達と教室でお昼を食べていると、
「茉夏~っ、凄い情報を仕入れたわよ~っ」
情報屋の怜香が走ってやってきた。とにかくゴシップやスキャンダルが大好きで、四六時中、女性セブンを読んでいるようなヤバイ奴だ。
「晴樹くん、茉夏が嘘告だって気付いてたそうよ!」
「なんですってっ!?」
あまりのスキャンダルに、茉夏の口調はドラマチックになってしまった。思わず、食べかけの菓子パンを机にぼとっと落とす。
「あいつ……! 嘘告した私にざまぁするため、わざと付き合うことにしたのね!?」
「そうみたいよ!」
「お揃いのキーホルダーも、調べてくれたカフェも、すべてざまぁだったのね!? なんて卑怯な奴なの! 最低だわ!?」
「それだけじゃないでしょ!」
「そうよ! 他にもあったわ! お腹がすいた時に551の豚まん買ってくれたことも、勉強の教え合いっこしたことも、転んでひざを擦りむいた時に保健室に背負って運んでくれたことも、風邪をひいた時にゼリーを差し入れしてくれたことも、すべてざまぁだったのね!? 私としたことが、まんまと騙されていたわ!?」
「やられたわね!」
「こうなったら……」
「どうするの?」
「ざまぁ返しをしてやるわ!」
茉夏は新たな決意を燃やしていた。
一方その頃、晴樹はいつもの友達と食堂で昼ごはんを食べていた。
「嘘告って知っててわざと付き合うことにしたんだろ? その割には、端から見てたら普通のラブラブな恋人同士じゃん。どこがざまぁなんだよ?」
「向こうは別れたいのに、こっちは別れてやらない。これが俺流のざまぁだ。くくく……」
笑いを噛み殺す晴樹に、その場にいるみんなは口々にツッコんだ。
「ざまぁになっているのか……?」
「……素直に昔から好きだったと言えよ」
「今時の小学生でも、好きな人に素直に想いを伝えるコミュ力はあるぞ」
「素直になれないのか、歪んだ性癖なのか……」
友達みんなに呆れられていた。
「凄い情報を仕入れたぞ~っ!」
情報屋の達也が走ってやってきた。とにかくゴシップやスキャンダルが大好きで、四六時中、文春砲を待ちわびているようなヤバイ奴だ。
「茉夏ちゃん、お前のざまぁ作戦に気付いたらしいぞ!」
「なんだと!?」
あまりのスキャンダルに、晴樹の口調はドラマチックになってしまった。
「バレないよう、あんなに慎重にラブラブしていたのに……なぜバレたんだ!?」
「とにかく別れ話を持ち出すと思うぞ」
「そんなことさせるもんか!」
「めちゃくちゃ茉夏ちゃんのこと好きじゃん」
「別れ話ざまぁをされないためだ!」
呆れる友達に目もくれず、
「ざまぁ返しを阻止してやる!」
晴樹は新たな決意を燃やしていた。
放課後、茉夏は早速、深刻な顔つきで声をかけた。
「晴樹、帰りに大事な話があるの」
「俺もある」
「公園に寄りましょう」
「そうしよう」
付き合うことになってから、初めての凄い緊張感だった。
都会の喧騒から隔絶されたような、自然の緑が溢れる公園にやってきた。散歩を楽しむ親子や、ジョギングをする男性、楽しげな女子高生のグループなど、和やかな雰囲気の公園だった。
そんな平和な光景の中、茉夏と晴樹の二人は眼光鋭く、対峙していた。
「何の話だ……?」
「晴樹、私の嘘告に気付いてたそうね……」
「いや……」
弁解しようとしたが、茉夏の自信に満ちた目に、(これまでか……)と、晴樹は観念した。
「ああ……そうだ」
「別れたがっていた私に対して、今まで随分なざまぁをしてくれたものね……」
「ふふ、まあな……。尽くされて困っているお前は見ものだったよ」
「なるほど、なかなかやるわね……。でも、ざまぁと思っていたようだけど、この際だから言わせてもらうわ……」
「な、何を言う気だ!?」
戸惑う晴樹に、茉夏は不敵な笑みを浮かべて続けた。
「風邪の時に差し入れしてくれたゼリー、とっってもおいしかったわ――」
「クソッ!!」
「ざまぁのつもりだったかもしれないけど、残念だったわね」
したり顔の茉夏に、晴樹は苦悶の表情で悔しがった。
「俺としたことが……。別れたい男からのゼリーの差し入れなんて、絶対、ありがた迷惑になるだろうと思っていたのに……! もっと高級なゼリーにして気を遣わせてやれば良かった! クソッ!!」
「値段なんて関係ないわ。どんな安物でも、あなたの気持ちが嬉しいんですもの」
「クソッ!! 嬉しいことを言いやがって……! どうすりゃ、ざまぁになるんだ!?」
「ふふふ……」
「いいことを思い付いたぞ……」
突然、晴樹の表情は一変した。
「な、なによっ!?」
「もっと尽くして困らせてやる! お前の好きなキャラクター、ふるふるちゃんのぬいぐるみをプレゼントしてやる!」
「ふふふ、そのデータは古いわね。今の私は、他のキャラクターにハマっているわ」
「なんだと!?」
驚愕する晴樹に、茉夏の攻撃は続いた。
「私のことをちゃんと分かっていない証拠ね!」
「言え! 今、なんのキャラクターにハマっているんだ!? お前のことをすべて知っておきたいんだ! 言え!!」
焦る晴樹に対して、茉夏は明後日の方向を見ながら、
「なんだったかしら~?」
と、話を引き伸ばそうと、すっとぼける。
「こっちは、お前の誕プレの用意をしなきゃなんだぞ! もう時間がないんだ! いいから言え!」
「仕方ないわね~。ちいかわよ」
「危ない危ない、データを書き足さなきゃ! 誕プレで悲しませるところだった!」
「悲しみやしないわ。祝ってくれるあなたの気持ちが嬉しいんですもの」
「クソッ!! 全然、ざまぁにならないぞ! 一体どうすりゃいいんだ!?」
「ふふふ……」
「いや、待てよ?」
「なんなの?」
「つまり、お前は俺を好きなんだな?」
「………!」
「なるほどな……」
納得するように静かに笑う晴樹に、茉夏は狼狽した。
「な、なにを企んでいるの!?」
「ざまぁをしてやる」
「ど、どうするつもり?」
「お前と……別れてやる!!」
不敵な笑みを浮かべる晴樹に、茉夏も負けじと笑った。
「遂に気付いたわね……。では、私もざまぁをお返しするわ」
「な、なにをする気だ!?」
「別れてなんかやらないわよ!」
「クソッ!!」
「絶ッ対に別れてなんかやらないわ!」
「クソッ!! 一体どうすりゃいいんだ!! これまで以上にお前を大切にしなきゃいけないのか!?」
「ふふふ……困ってるわね」
「待てよ?」
「な、なによ?」
「なるほど。では、俺はこう出ることにしよう」
「どうするつもりっ?」
「実は俺もお前が好きなんだ」
「…………」
「幼稚園の頃から好きだったんだ。もちろん、今も大好きだ」
「…………」
「実は、今まで好きになった女性は茉夏だけなんだ。凄いだろう? お前と別れなくて嬉しいよ」
「…………」
「どうだ? 困っているだろ」
「なるほど。では、ざまぁをするわ。別れましょう!」
「ざまぁ返しだ。別れてなんかやらないぞ!」
「く……! では、別れないわ! これからも仲良く付き合いましょう! とっても嬉しいわ! ざまぁになってないわね!」
「クソッ!! 俺たちはいつまでもこうやって、仲良く付き合っていくしか道はねーのか!?」
二人のイチャイチャは延々と続くのであった。
読んでくださって、ありがとうございました。
王道のざまぁを書こうと思ったのですが、もう皆さん書かれているので、新しいざまぁでも書いてみようかなぁと思い、書いてみました。ざまぁでイチャイチャする、珍しいタイプのカップルです。
王道のざまぁが読みたかった方はすいません。