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〇〇になったら結婚しよう

作者: 星飼源夢

『25歳になってもおたがいこいびとがいなかったら、結婚しましょう なつみ』




 塚地つかじは皺の寄った手紙に目を落とす。経年劣化により薄くなった文字は、路頭の灯りでは物足りず、ほとんどかすれて見えない。

 だが塚地の脳裏にははっきりと、その文字が映っていた。


 十二年前。特別仲の良かった女の子。


 水色のカチューシャとおさげ髪がよく似合っていた。彼女と過ごしたのは小学五年生の一年間。いまだに昨日のことのように思い出すことができる。


 別れが訪れたのは、小学五年生の終業式の日。本人から、四月を境に地元を離れることになったと聞かされた。


 あまりに突然のことに、塚地は言葉を失った。


 ただ、その場を逃げ出そうとした塚地の手を掴み、日比野はある手紙を渡した。それが例の結婚の約束だった。


 そしてそれが、二十五歳の現在に至るまでの塚地の生きる糧になった。


 元々勉強も運動も平均的だった。けれど日比野がこの手紙を自分にくれた意味を、塚地は前向きに、正面から捉えた。


 それからの日々は、塚地を男に変えた。進学校へと進み、バスケットボールで体を鍛え、生徒会にも積極的に参加した。努力は実り、周りからは好意的な評価を受けた。


 精神的な余裕もあり、告白されることは多かった。


 けれど塚地はすべて断った。財布には常に手紙を忍ばせ、心がぶれないよう心掛けた。


 そして二十五歳になった年の二月。「日比野」よりLINEグループに招待され、小学校同窓会の案内が来たのだった。





 新品のスーツに身を包み、指定された居酒屋の前へと足を運ぶ。


 ほぼ集合時間通り。この中にいる。十二年前に約束した、あの彼女が。


 高鳴る心臓と、発熱した頬を抑えながら、大きく一息つき、扉を開いた。


 宴会はつつがなく進んだ。旧友と話の花を咲かせながらも、隙を見て端の席にいる日比野に何度も目を向けていた。


 彼女は亜麻色の髪の乙女へと進化を遂げていた。かつてのあどけなさは鳴りを潜め、化粧で彩られたその魅力は筆舌しがたいものであった。


 もう一度日々野に視線を向けると、直線が出来上がった。俺は心臓が凍り付くような感覚に陥り、呼吸を忘れた。


 だが彼女は、二コリと笑った後、すぐに目の前の女子との会話に戻ったのだった。


 違和感はそこからだった。





 席は自由交代制であったが、日比野は一度も俺の近くに来なかった。それどころか、俺が二つ隣の席に行っても話しかけてこなかった。目の前に運ばれてきた冷えたビールとともに、心が冷えつく感じがした。


 そして、三時間の同窓会は瞬く間に過ぎ、二次会勢は次の会場へと向かった。


 日比野は駅へと向かっていた。塚地は追いかけながら声をかけた。


「日比野!」


 振り返る彼女には、どうしたのと言わんばかりの戸惑った表情が見られた。俺は、脈絡もなく本題に入った。


「あの約束、果たしにきたよ」


 そう言って俺は、大事な手紙を日比野に渡した。


 日比野はそれを受け取り目を凝らした後、電灯の下へと移動した。


 そして数秒の後、大きな笑い声が響き渡った。


「な、何かと思ったら、これ見るまで完全に忘れていたよ。こんなの小学生のおままごとみたいなものでしょ。というか私、来月結婚するの」


 そう言うと、日比野は鞄の中から指輪を取り出した。


「ちょっと、塚地くんも本気にしてないでしょ。ていうか、塚地くんならすぐ彼女できるって。それじゃね、バイバイ」


 そう口早に言い残し、逃げ去るように駅の改札口へと消えていった。


 気づけば俺は膝をついていた。


 体に力が入らない。先程まで感じられなかった寒さが骨の髄まで響き渡る。うまく表情が作れない。


 あれ、何でここにいるんだっけ。なんのために生きているんだっけ。


 心の底が、徐々に絶望の色に染まっていく感覚に陥る。


 ほんの少し残った理性が勝手に頭を働かせる。



 日比野は約束を忘れていた。だが約束を破った訳ではない。あくまでお互い恋人がいなかったら、という条件があった。日比野が作るという可能性を無下にしすぎて、途中で確認を取らなかった俺にも非がある。つまりすべて、俺が悪い。


 俺が、俺が。


 ――何か、声が聞こえてくる。なんだろうか。


「――くん、塚地くん、大丈夫ですか?」


 虚ろな目で見上げると、目の前には見慣れない、赤色の眼鏡を掛けたショートヘアの若い女性がいた。


「誰ですか?」


「さ、さっきまで一緒の同窓会にいたです。小学生の時は別のクラスでしたが」


 塚地の通っていた小学校は二クラス制。渡辺結という名前に聞き覚えはない。


 塚地はついていたひざの汚れを払い立ち上がると、渡辺を見た。


「それで、俺になんの用ですか?」


「あ、あの、これ覚えていますか?」


 ピンク色の毛糸で編まれた手袋に、大きな青色の紙が包まれている。


 それを渡そうとする渡辺の唇は震えていて、目はきょろきょろとして落ち着かず、顔も頬の紅潮が目立つほど白く染まっていた。


 その表情に得体の知れない共感を覚えながらも、紙を受け取る。


 それは、まるで和紙のように柔らかく、俺はゆっくりとその中身を開いた。




『しょうらいもういちどあえたらけっこんしようね つかじ かいと』



 

 汚いながらも大きく、それでいて力強く赤色のクレヨンで書かれたその文字は、見覚えのある、小さい頃、俺の書いたものだった。


 目の前で泣きそうながらも精一杯に笑う顔を見て、俺はこの約束を果たさなければならないと、痛いほど決意した。 

お読みいただきありがとうございました!いかがでしたでしょうか。

2200字までという字数制限の中、約束に依存した人々の物語を書きました。

少しでもいいなと思っていただけた方がいましたら、いいね・ブックマークをよろしくお願いします。

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