九話「斬艦刀の一閃」
戦艦〈アルタクシアス〉から飛び立った一筋の影。その速度と機動力からして間違いなくドミトリーだろう。かつて私と共にハの国旧総裁政府軍に所属しS級の実力を誇った相手に転生者であるユウは果たして勝てるのか。その行方が不安でならない。
私はユウに加勢に行くべきかどうか悩んでいたがついに決断を下す。
ミコト
「戦艦〈ヴラムシャプー〉を確実に沈めるために私も出るわ。艦のことはまた任せる。」
副艦長にそれを告げた瞬間、新たな報告が届く。
副艦長
「艦長! ハ人民共和国の戦艦〈誠実な労働〉が三時の方向より接近!」
その言葉に私は瞬時に状況の深刻さを理解する。
私はユウに加勢したいという気持ちを断ち切り迎え撃つための指揮を執ることに決心する。
その時、戦艦〈誠実な労働〉から交戦地域に向けて放送が始まる。その声は威圧感に満ちている。
ゾンガ
「こちらは人民平等党最高指導者のゾンガ将軍である。共和国の領海に存在する救援を求める全ての人民たちに手を差し伸べたい。君たちには互いに戦える戦力はないはずだ速やかに戦闘をやめよ! これ以上の闘いは無意味である! この警告を無視した勢力には無制限に攻撃を加える。無駄死にはしたくないはずだ!」
私はその放送を聞きながらゾンガの狙いを考え始める。
一方、戦艦〈ヴラムシャプー〉は戦闘を停止し負傷者の救援活動を開始している。この状況からドミトリーとゾンガの和平交渉が行われる前にすでに二人の間で何らかの取り決めが交わされていた可能性が考えられる。
私は艦長椅子の手前に据え付けられたモニターを起動しゾンガとのオープン回線を開いて通信を開始し言葉を交わす。
私の目の前にオリーブドラブ色の人民服を身にまとい青い髪を持つ端正な顔立ちの男がモニターに映し出される。
ミコト
「久しぶりね、ゾンガ」
ゾンガ
「艦隊司令官はミコトだったのか!?久しぶりだな。ドミトリーとデナグが旧総裁政府を占領した時に連絡を取ったのが最後だったか。まさかこんな形で再会するとは不幸な巡り合わせだな。共和国の提案を受け入れてくれないか?」
ミコト
「貴方の要求は分かったわ。けど救援の手を差し伸べるのは私たちのためと言いながら、その実あなたの行動はドミトリーに恩を売り政治的な交渉材料を得ることが目的じゃない?それに私たちが戦う力を持たないと断じる一方で無制限の攻撃をちらつかせるのは脅迫によってこの場の主導権を握りたいのでしょう?」
ゾンガ
「ミコトがどう受け取ろうが関係ない。現実として共和国の提案を受け入れるのが最良の選択であるはずだ。それとも一戦交えるか?」
ゾンガは私の指摘を認めるように冷笑し挑発する。
その言葉に私は一瞬迷う。戦艦〈アルタクシアス〉の砲撃によって後部砲塔が完全に破壊された攻撃力が半減した〈あぎょう〉と疲弊しきった艦載部隊で敵艦を退けることができるのだろうか。
艦橋の乗組員全員が私に視線を向ける。
敵戦艦〈誠実な労働〉はハの国東部で建造されており南部で建造された〈あぎょう〉〈うんぎょう〉と同型艦だ。そのため、改修を施した戦艦〈あぎょう〉は、〈誠実な労働〉よりも艦載砲の射程距離と威力で優位に立てると思う私は交戦を決意してゾンガに答えを告げる。
ミコト
「ゾンガ、貴方は漁夫の利は得られないわ」
ゾンガ
「残念だよミコト。各隊発進せよ!全周囲から敵を叩け!」
ゾンガはあえてオープン回線の通信を維持しモニターもつけたままにして私たちに聞こえるように攻撃命令を下す。
その瞬間、戦艦〈誠実な労働〉の主砲が爆発し轟音と共に炎に包まれる。
突然の出来事に私は理解が追いつかなかった。モニター越しに〈誠実な労働〉の艦橋内でのやり取りが目に入る。
ゾンガ
「なぜ艦砲が暴発する!整備は万全だったはずだ!」
〈誠実な労働〉副艦長
「ゾンガ将軍! 〈ヴラムシャプー〉の方向から飛来した敵航空兵の一人が驚異的な速度で我が艦に対し高威力の斬撃を繰り出し第一、第二主砲塔を完全に破壊し離脱したようです!」
ゾンガ
「そんな馬鹿な事があるか!」
〈誠実な労働〉下士官
「ゾンガ将軍の言う通りです!おそらく我が艦の主砲付近で全魚雷の符を発動させ
自爆攻撃を行ったと思われます!現に攻撃は一度きりです!」
〈あぎょう〉の危機を救ったのは、間違いなくあの人物しかいない。私が艦隊戦の切り札として七式斬艦刀を託したはただ一人ユウだけであるからだ。
オープン回線を通じて聞こえる〈誠実な労働〉の情報からそれは確かな事実だと分かる。敵は浮足立ってるこの好機を絶対に逃してはいけない。
ミコト「目標!前方の戦艦〈誠実な労働〉てぇ!」
私は即座に戦艦あぎょうに砲撃命令を下す。
〈誠実な労働〉下士官
「ゾンガ将軍!敵艦が砲撃を開始しました!敵艦砲の威力はこちらの数倍に及ぶものと思われます!」
ゾンガ
「見りゃ分かる!早く煙幕を張れ!」
〈誠実な労働〉下士官達
「うわあああああぁあああああああああああ!」
〈あぎょう〉が放つ大口径砲が〈誠実な労働〉の長至近距離に着弾し艦橋は恐慌状態に駆られる。その顛末が艦の指示を出す私の横でモニター越しで繰り広げられる。
ゾンガ
「艦をここで失うわけにはいかん! やむを得ないが全艦載部隊は自力で共和国へ帰還せよ!」
やがて混乱の最中にあったゾンガはオープン回線の通信を中止し慌ててモニターの電源を切り私の前から姿を消す。
〈あぎょう〉副艦長
「艦長、敵艦は退却を開始しました。追撃を行いますか?」
ミコト
「いや、その必要はないわ」
私は首を横に振り、静かに言葉を続ける。
ミコト
「ただちにこの海域での戦闘中止命令を出しましょう。敵残存艦〈ヴラムシャプー〉はすでに戦闘を停止し救助活動に移行している。要求は即座に受け入れられるはずよ」
事実上の戦闘は終結し私は安堵する。
今、私は自分がユウに対して特別な感情を抱き始めていることをはっきりと意識し始めている。この海戦で私だけでなく全員がユウの決死の行動によって何度も絶体絶命の危機から救われたからだ。




