七話「戦場にて轟く戦艦〈あぎょう〉の主砲」
私がユウと共に戦艦〈あぎょう〉の艦橋へ到着すると無事にその光景を見届けたユウが口を開く。
ユウ
「俺は艦載部隊を率いるため〈うんぎょう〉へ戻る」
私はそれに答える。
ミコト
「ユウ、無事でいてね」
ユウ
「ミコトもな……」
そう私が言うとユウは振り向き足早に去っていく。戦場では一分一秒が生死を分ける。必然的に会話も少なくなる。
その直後、ドミトリー艦隊の砲撃が始まる。敵艦隊の狙いは先頭の戦艦〈あぎょう〉であり後方の空母〈うんぎょう〉は完全に無視されているようだ。
砲術長「艦長!〈あぎょう〉はすでに有効射程内です!反撃を開始すべきかと!」
砲術長が反撃開始を提言する。
ミコト
「……まだよ」
私のその一言に砲術長は明らかに不満げな表情を浮かべるが口を閉じたまま従う。
〈あぎょう〉のすぐ近くで巨大な水柱が立ち上がる頻度が増し、そのたびに艦橋内で緊張感が一層高まっていく。
モニターに映し出された彼我の艦隊の位置を見ると敵艦隊は梯陣、私たちは単縦陣を組んでいる。敵艦隊は横一列に展開し、私たちの艦隊に着実に距離を縮め圧力をかける。この砲火の中で勝利を掴む鍵は私たちの巧妙な動きと緻密な戦術にかかっている。
三隻の敵艦から放たれる砲弾が威嚇するように降り注ぎ恐怖から反撃を命令したい衝動に駆られる。私だけでなく乗組員も同じ気持ちだろう。それでも敵艦隊を確実に殲滅できる位置に到達するまで、あと少しの辛抱だ、そう何度も自分に言い聞かせながら待ち続け遂にその瞬間が訪れる。
ミコト
「最大速力、取り舵いっぱい!」
T字戦法を形成するよう進路変更を指示する。この動きで敵艦隊は梯陣から単縦陣へと陣形を変更せざるを得なくなる。
副艦長「艦長!敵艦隊の前に〈あぎょう〉が出ることでT字の形をつくることに成功しました!」
副艦長の報告に私は砲術長に即座に命令する。
ミコト
「目標、前方の敵戦艦!てぇー!」
〈あぎょう〉の十二門の大口径砲が一斉に火を噴き、その一斉射撃が単縦陣の先頭を走る〈コスロブ〉を直撃する。敵艦は激しい爆発と炎上を伴い木っ端みじん破壊され跡形もなく海中へと沈む。
ミコト
「〈うんぎょう〉から全艦載部隊を発艦させなさい!後方の〈ヴラムシャプー〉を雷撃し〈アルタクシア〉を孤立させるのよ!」
私の命令は直ちに〈うんぎょう〉の艦長へと伝達されユウ率いる艦載部隊が敵艦隊の最後方に位置する〈ヴラムシャプー〉に向けて一斉に吶喊を開始する
私はユウが以前話をしてくれた必勝の策を思い出していた。
ユウ
「〈あぎょう〉の大口径砲を用いて敵の有効射程外から攻撃しても必ずしも敵が決戦に応じるとは限らない。確実に敵艦隊を殲滅するには有効射撃範囲内へ突入する必要がある。仮に敵艦隊が梯陣を展開したとすれば、敵艦隊を直線的に接近させつつ、こちらの艦隊は右舷を敵に向けながら前進し、両者の進路を交差させる。そしてT字陣形を形成し最大火力を叩き込む。この戦法により、敵艦隊は梯陣から単縦陣への陣形変更を強制される。そして先頭の軍艦は〈あぎょう〉で撃破し、後方の軍艦は〈うんぎょう〉の艦載部隊で破壊。最後に中央の敵艦を孤立させ、〈あぎょう〉の火力で圧倒する。これこそが俺が導き出した必勝の策だ」
前方には私が乗る〈あぎょう〉が立ちはだかり後方では空母から発艦したユウ率いる艦載部隊が敵の防空部隊と激しい戦闘を繰り広げている。その影響で、〈ヴラムシャプー〉も対応に追われ始める。こうして動きを封じられた中央の〈アルタクシアス〉は文字通り完全に孤立する。
〈アルタクシアス〉は〈あぎょう〉の右舷側に衝角攻撃を仕掛けるべく最大速力で突進しながら牽制のために主砲を放つ。
ミコト
「とりかじいっぱい!」
私はとっさ回避行動を命じ〈あぎょう〉は攻撃を回避する。
〈アルタクシアス〉が〈あぎょう〉の横に並び、すれ違いざま互いに砲門を向け合う。
ミコト
「目標、左舷の戦艦〈アルタクシアス〉、全砲門てぇー!」
〈あぎょう〉の十二門の主砲が火を噴き、〈アルタクシアス〉の八門の主砲と激突する。
艦首に八門の砲を搭載し火力を集中させた〈アルタクシアス〉はすれ違いざまに〈あぎょう〉の後部主砲を破壊することには成功したものの致命的な損傷を与えるには至らない。
一方、艦首、艦尾に砲を搭載した〈あぎょう〉の砲撃は、〈アルタクシアス〉の前部に巨大な穴を開け、轟音と共に爆発を引き起こし衝撃で敵艦が沈み始める。
その光景を目の当たりにし幸運の神は私たちに微笑んでいると確信する。しかし一つの判断ミスがあれば沈んでいたのは敵ではなく私たちだったかもしれない。
艦橋内は敵戦艦二隻を沈めた興奮と熱気に包まれているがまだ敵の単縦陣最後方には〈ヴラムシャプー〉が健在だ。
ユウ率いる艦載部隊が放った魚雷符を何本か受けたのだろうか〈ヴラムシャプー〉は左に傾きながらも〈あぎょう〉に目標を定め発砲を開始するもその砲弾は空を照らすだけだ。
私の目に映ったのは、〈ヴラムシャプー〉の艦橋に向かい巨大な軍刀を手に切りかかる姿だった。その武器を持っているのはユウだ間違いない。〈七式斬艦刀〉、私がこの決戦のために用意した切り札を渡したのは他でもないユウだけだ。
ユウの最後の一撃によって私たちの悲願であった敵艦隊の殲滅がついに達成されるだろう。その瞬間、艦長としてあるまじき気の緩みを感じてしまう。
その時アルタクシアスで二度目の爆発が起こり爆炎の中から一筋の影が驚異的な速度で〈ヴラムシャプー〉へ向かって飛翔するのが目に入る。
ミコト
「あれは……」
あの速度を出せる人物に心当たりはある。しかし、そんなことはあり得ない。通常であれば〈アルタクシアス〉の爆発に巻き込まれ命を落としているはず……




