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第四話「和平合意拒否演説」

 軍艦の改装や戦術の話が終わり少し時間が経った頃、ミコトが何かを思い出したように口を開く。


ミコト

「そうだドミトリーの演説が今日ライブ配信される予定だったの」


 ミコトはスマホを手に取り俺の目の前にそっと置き言葉を発する。


ミコト

「この演説の内容が私たちの次の一手を考える上で重要なヒントになるはず」


 ミコトは俺の横に佇み画面に視線を向ける。


 ドミトリーの演説が始まる。会場の背景には三隻の軍艦が堂々と並び、その手前には演説台が据えられている。画面には映らないが周囲にはミレハイヤ王国と神聖ヴイツピド地下帝国の国民と思われる人々が集まり、ハの国からの独立が事実上決まり勝者の余裕からか穏やかな雰囲気の中で言葉に耳を傾けていることは分かる。


ユウ

「こいつが敵の艦隊司令官か」


 俺の目には演説台の前に立った海軍服をまとい、エメラルドグリーンの瞳と褐色の肌を持つ洗練された男の姿が映った。ハの国北部を切り離し新たにミレハイヤ王国と名付けた国を築いたこの男。そのルーツはきっと多様で深い背景を持つ人物なのだろう。


 演説の冒頭でドミトリーは自身が艦隊と共にデナグの要請を受けてハの国に招かれた経緯を語りハの国海軍を壊滅させただけでなく、首都を陥落させたという事実を誇示し勝ち誇るように言葉を紡ぎ、その成功が地下世界の少数民族たちの協力によるものであることを強調する。そして演説は佳境へと差し掛かる。


ドミトリー

「今この時もう一度、他のいずれの人物とも同じくらいにはハの国、ハ人民共和国、両政治指導者にもある理性と常識に訴えるのは、私、自らの良心に照らして私の義務であると感じます。私は、私自身、この訴えをする地位は私をこの地に招き信任した教皇デナグによって与えられたものです。私と教皇猊下が求めることをもう一度、思い出してほしいです。それは〝ハの国において多民族性を維持しつつ少数民族への迫害を阻止し、寡頭政治に終止符を打ち民主主義の確立を推進すること。それが受け入れられないのであればハの国北部と地下世界に新たな国家を築くことを許容する事これだけです。〟そして今、私は敗者として好意を嘆願しているのではなく。勝者として理性の名において話をしています。〝私はなぜこの人権という不可侵の原理と平和を護るための仕事を続けなくてはならないのか、その理由を解しません!〟」


 この最後に力強く強調された発言を受けドミトリーを囲む多くの聴衆から歓喜の声が上がり、盛大な拍手が鳴り響く。


ミレハイヤ王国聴衆

「我らが国家と同盟国の民の自由を護ることこそ天より与えられし使命!」


神聖ヴイツピド地下帝国聴衆

「デナグ教皇猊下!このたび、かくも卓越した御方を同盟者にお選びになられたことに心より

敬意を表します。ドミトリー国王陛下こそ、真の統治者の鑑であり、その揺るぎない忠誠心と比類なき勇敢さは我らすべての誇りであります!」


両国聴衆

「教皇猊下万歳! 国王陛下九千九百歳! 教皇猊下万歳! 国王陛下九千九百歳!」


 熱狂の中、演説はさらに続けられ大きな盛り上がりのうちに幕を閉じる。


ユウ

「俺たちに対する事実上の降伏の呼びかけだったな。ミコトは演説前に何かしらドミトリーとのやり取りはあったか?」


ミコト

「ユウの言う通り、貴方を召喚する前にドミトリー本人との会談で和平提案があったの」


 ミコトがスマホを操作し、画面に表示された文書を俺に見せる。


ミコト

「これがドミトリーが私に手渡した和平提案よ。」


 目を通すと、そこにはハの国に対して独立を勝ち取る自信に満ちた強気な要求が列挙されている。


第一条、ハの国政府はミレヤイハ王国と神聖ヴイツピド地下帝国の独立を承認する。

第二条、ハの国はミレヤイハ王国、神聖ヴイツピド地下帝国に対し賠償金、金5000tを支払う。

第三条、ハの国政府は神聖ヴイツピド地下帝国の少数民族達に歴史問題における謝罪を行う。

第四条、ハの国政府は直ちに停戦しミレヤイハ王国および神聖ヴイツピド地下帝国の両国民との平和的共生を約束する。

この要求を受け入れればミレヤイハ王国と神聖ヴイツピド地下帝国はハの国の存続は認める。


ユウ

「こんな和平提案は蹴るべきだ。」


ミコト

「どうして?」


 俺の即答にミコトは驚く。


ユウ

「これを見てくれ。」


 俺はライブ放送のサムネイルの下にあるニュースの見出しを指さした。


「ミレヤイハ王国政府、投資環境をアピール、各国大企業誘致の懇親会に多くの企業が参加」


「ミレヤイハ王国政府、神聖ヴイツピド地下帝国産出の鉱物資源探査展示会を発表、各国首脳から申込殺到」


「ドミトリー国王陛下、北部三都市をデナグ教皇猊下へ寄進、地上初の教皇領の誕生」


 俺は苦々しい気持ちでドミトリーの真意をミコトに伝えた。


ユウ

「俺はハの国の歴史に詳しくはないが一つだけ断言できる。ドミトリーは狡猾だ。宗教勢力に土地や金銭を与えることでハの国への侵略を正当化する大義名分を得ているに違いない。さらに少数民族の擁護を掲げているが、それは彼らのためを思ってのことではないだろう。本当の狙いはハの国で産出される豊富な地下資源、そして独立を果たした北部の市場を開放しそれを国際企業の管理下に置くことで経済を支配することにあるんだ」


 ミコトはしばらく沈黙を保ちやがて静かに口を開いた。


ミコト

「分かったわ、ユウ。和平提案を拒否する旨を発表するわ。早速、準備に取り掛からないと」


 数日後ミコトは和平提案を拒否する演説を発表する。完全武装の兵士たちを背に毅然とした表情で演説が始まる。そしてその場で俺はミコトの隣に立ちハの国の国旗をしっかりと手にする。ミコトの演説は次第に熱を帯びやがて最高潮へと達する。


ミコト

「もし我々が、このまま和平に進み続けたなら徹底的に戦った場合よりも良い条件をドミトリーとデナグは得ただろう、つまり我々のハの国から〝独立国家〟が誕生するということだ。切り離された国土では軍事基地、国民の財産が奪われるだけでなく、そこに住む人々が過去に受けてきた教育や習慣、誇りを否定し我々とはまったく異なる思想を持った別の国民がつくりあげられ、我々は現在から将来にわたって外国製の兵器で武装した国民と対峙することを強いられる。そして、そこではデナグの傀儡である政府が樹立され経済的野心を人権、平和、共生といった理念で覆い隠し我々を奴隷国家にするよう画策するだろう〝ドミトリーのような人物の下で〟」


 ミコトの声は冷静であり、その言葉には揺るぎない確信が込められ国民に敵対勢力への根拠のない恐怖を煽るものではなくハの国の未来を真剣に憂い守ろうとする強い信念に満ちている。その思いは聴衆にも深く伝わり会場には途切れることのない声援が響き渡り続ける。


ハの国聴衆A

「経済的野心に平和の仮面をかぶせた偽善者どもを許すな!」


ハの国聴衆B

「この土地は私たちのものだ!侵略者に譲れるものか!皆で力を合わせて戦おう!未来は自分たちの手でつかむんだ!」


ハの国聴衆C

「デナグの傀儡政府なんて我々には不要だ!戦おう!最後まで!ハの国を守るために!」


ハノ国聴衆D

「ミコト様、私たちはあなたと共に戦う覚悟です!ハの国万歳!ミコト様万歳!統一と誇りを勝ち取ろう!」


 ミコト率いるハの国政府が度重なる敗北を喫したことでデナグとドミトリーは和平に傾くと確信していたに違いない。しかしミコトが危惧していた事態はハの国全土の国民が抱いていた危機感と完全に一致していた。この和平提案拒否演説を通じて、その共通の認識が改めて鮮明に示されたのである。この燃え上がった国家統一への強い意思は目的を果たすその日まで決して消えることはない。

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