最終話「以和爲貴、無忤爲宗」
夕日が沈む砂浜に俺とミコトの影が長く伸びる。大きな岩を背に俺たちは静かに腰を下ろしている。
ミコトは遠くを見つめながらぽつりと呟く
ミコト
「ユウがハの国に来てからしてから本当にいろいろなことがあったね」
俺は隣で頷く。
ユウ
「そうだな」
ユウ
「後悔はなかったか?」
ミコトがかつての仲間と戦わざるを得なかった日々、その決断の重さを思うと心が痛むが俺は自分が召喚された意義をミコトに聞きたい。
ミコトは無言でスマホの画面をこちらに向け一枚の集合写真を俺に見せる。そこにはドミトリー、ゾンガ、デナグ、そしてミコト自身がふざけたポーズで写っている。
ミコト
「個人の人間関係よりも守らなければならないものがある。悲しいけど国を背負うってそういう事じゃない?」
ミコトは静かに言う。
ミコト
「私だけでなく政治的に対立し刃も交えたかつての仲間も同様にね……」
俺は深く頷きながらミコトの言葉を胸に刻み込むように聞く。
ミコト
「ドミトリーの和平案に乗って戦わないって選択肢もあったの」
しばらくの沈黙の後。
ミコト
「でも、それじゃ北部では外国に支援され作り変えられた国、東では過激な政治思想を持つ国、そして地下では地上へ怨恨を抱く国家群に常に頭を悩ませるなんて次の世代の国民にとって地獄よ。私はそれを選びたくなかった。だからこそ私は今の犠牲を払ってでも紛争の原因を根本から解決する道を選ぶことにしたの。たとえ、かつての仲間を自らの手で討つことになったとしてもね……」
俺は何か言うべきだと考えていたがミコトは言葉を続ける。
ミコト
「ユウ、私の傍にいてハの国を救う決断をする勇気を与えてくれて、それから、貴方は私だけでなくこの国の国民、そしてこれからこの国で生まれてくる次の世代の命まで救ってくれた。ありがとう」
ミコトは涙に潤んだ瞳でまっすぐ俺の顔を見つめる。
短い沈黙が俺とミコトの間に流れ、目の前に広がる海岸の景観と波音だけが聞こえる中、ミコトは立ち上がり俺に顔を向ける。
ミコト
「ユウ、言いたいことがあるの!」
ミコトの声はどこか緊張している。
ミコトは俺の手を掴み立たせ、砂浜を歩き出し大きな岩の陰へと向かう。
ユウ
「一体、何があるんだ?」
俺は不思議そうに尋ねたがミコトはそそくさと岩陰に行ってしまう。
ミコトは深呼吸を繰り返し岩の陰に隠れて何度も自分を落ち着かせようとしている。
意を決したのかミコトは岩の左回りから俺の前に出てくる。
ミコト
「ユウ、私…… あなたを愛してる」
静かで力強い告白が波音に混じることなく響き、俺は驚き言葉を失う。だが、その衝撃から立ち直るとミコトに歩み寄り抱きしめる。
ユウ
「俺も…… 愛してる」
突然の事で俺は声を上手く出せているのだろうか?
真っ白になった頭で絞り出したミコトへの返事はありきたりな復唱だ。顔は真っ赤で、まるで様になっていないだろう。それでも俺はミコトの目を逸らさずに見つめ続ける。
ユウ
「こんな状況でミコトが先に言うのは反則だよ。後日、俺からちゃんと告白させてくれないか?」
ミコトは小さく笑いながら頷き言う。
ミコト
「…… はい!」
その後ミコトは女王となり俺は王配として新たな時代を切り開く。国家が四分割され、武力と権謀に支配されていた戦乱の時代は終焉を迎えた。そして〈ハの国〉を「和をもって貴しとなす」を理想とする国へと生まれ変わらせる事を俺とミコトは使命とし、それは生涯続いていくことになる。その第一歩として俺とミコトは国名を改め新たに〈ワの国〉と定め、ミコトの治世の元号を制定することになった。「限りない徳をもって他を導き、広大無辺の徳化を実現する」という願いを込め元号を〈大化〉と定めた。しかし、この国家の未来は俺とミコトだけのものではない。それは一人ひとりの国民が目を高く掲げ理想を胸にそれに向かって行動することで形作られていく。こうして俺の物語は幕を閉じる。しかし俺たちが築いたこの国家の歴史は未来へと永遠に刻まれ続けるのだ。
ご愛読ありがとうございました。




