十六話「地下世界の王達」
しばらくして俺が旧神聖ヴイツピド地下帝国にいるのは独立武装解除委員会の委員長に選ばれこの地へ派遣されたからだ。
ミコト
「ユウ、異世界から来たあなたなら地下世界の住民に対して公平かつ中立な立場で接することができる。地武装解除を主導するにはあなたが最も適任と私は判断したわ。」
ミコトがそう推薦してくれたのを思い出す。
俺が初めてこの地に足を踏み入れたとき、その光景に思わず息をのんだ。ハの国の地下に広がるこの地は各地に点在する通称〈大穴〉から入り込むことで移動できる異空間である。驚くべきことに地下世界には太陽が輝き昼と夜が巡るという現実離れした不思議な光景が広がっていた。
この地に築かれた旧神聖ヴィイツピド地下帝国は大小さまざまな国家の王たちが結集し政治には関与しない宗教的権威としての教皇デナグを頂点に据えて形成された連邦国家であった。そのため和平合意後も各国は独自の武装を維持しそれぞれが自立した勢力を保ち続けている。
俺の任務はこの広大な地下世界に点在する数百の国を巡り一つひとつ武装解除していくことだ。
俺はまず旧地下帝国内で特に影響力を有していた大国を調査しその王たちを招集した。武装解除を円滑に進めるには彼らからの助言と協力が不可欠だと判断したからだ。
その呼びかけに応じ地下世界を代表する六大国のうち三ヶ国の王が、俺のもとへと姿を現した。
以前の和平調印式の時に見たルマロキと同じく地下世界の王たちの姿は多様で、単眼の者、エルフのような長い耳を持つ者、角の生えた者など、さまざまだった。俺が地上で目にしたのは俺の世界と変わらない人間だけだったが地下世界はまるでゲームの世界のように人たちだ。
彼らは俺の姿を見るなり、ひそひそと話し始めた。どうやら俺が現地の言葉を理解できないと思って好き勝手に話しているようだ。だが俺のスキル〈多言語マスターS〉のおかげでその会話はすべて筒抜けだ。
???王
「あの黒髪と黒い瞳……間違いなく地上の南部出身だな。今次大戦で我らと最も激しく戦ったのは北部と中央の人間であり、南部は大きな役割を果たしていなかった。だからこそ政府は対立の少ない南部の人間を交渉の場に立たせることを決めたのだろう」
???王
「そうはいってもな、見ろ。目の前にいる男はただ者ではないに違いない。俺には分かる」
???王
「仮に一触即発の事態になったとしても、三対一だ。必ず返り討ちにできるだろう。だが、わざわざ話し合いを求めて我らを集めたのだ、それはないと思いたい。話が分かる人物であってほしいのだが…」
青空の下、巨大なWi-Fiの形をした石造りのモニュメントを背に俺は地下世界の王たちと向かい合う。円形に並べられた椅子に腰を下ろし静かに彼らの視線を受け止め。俺は椅子から立ち上がり王たちを見渡し簡単に自己紹介をし自らの任務を彼らに伝える。
ユウ
「皆さん、まずはご参集いただき、ありがとうございます。私はユウ、独立武装解除委員会の委員長を務めています。今回ハの国政府代表のミコト様より全権を委託されここに参りました。私の任務はハの国と旧神聖ヴイツピド地下帝国で結ばれた和平合意に基づきこの広大な地下世界に点在する数百の国を巡り武装解除を進めることです。私は皆さんとの対話を通じて、できるだけ円滑に進めることを目的としています。本日はまず皆さんの意見を伺い今後の方針を共に考えていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします」
その後、各王が順に簡潔な自己紹介を行い。まず角の王が口を開く。
角の王
「我々は種族も出自も異なるが全員が平等な権利を持つことを教皇デナグから認められている。だからユウ殿もそんなにかしこまった物言いをする必要はないぞ。」
ユウ
「そう言っていただけるのはありがたいですが私は地上の代表としてここに来ています。皆さんと対等な立場で話したいとは思っていますがまずは礼を尽くすのが筋かと…ですが、せっかくのお言葉ですしお言葉に甘えさせていただきます」
俺が王たちに笑顔で応じると場の雰囲気が和らぐ。その空気の中で次々と質問が飛び交い始める。
エルフの王
「武装を解除した後、我々の安全はどう保証される? 私は和平には賛成だ。しかし万が一、政府が横暴に走ったとき抵抗するための力を失うのは危険だと考えている。」
ユウ
「エルフの王殿、ごもっともな懸念です。確かに武装を解除するというのは国の防衛手段を手放すことを意味します。皆さんが不安に思うのは当然のことです。しかし俺がここに来たのはただ武器を取り上げるためではありません。新たな安全保障の枠組みを構築することこそが俺の役目なのです。まずは統一されたハの国軍の創設に皆さんの民が参加できるようにする。これによりハの国の一員として治安維持に貢献できるだけでなく地下世界の利益も守られることになります。そして何より、もし政府が信頼に値しない場合、国軍に参加している皆さん自身が正当な手段を持つことにもなる。力を失わず守るべきものを守れる体制を共に築きたいと考えています。」
単眼の王
「我々はそれに応じるがハの国との和平合意に納得していない国家も存在します。もし地下世界で内戦が勃発した場合、正規軍に編入された我々が真っ先に矢面に立たされることになるのではありませんか?」
ユウ
「単眼の王殿、和平合意に納得していない国家が存在し、その不満が武力衝突へと発展する可能性があることは十分に理解しています。だからこそ皆さんが新たに統一されるハの国軍の一員となることが重要なのです。正規軍に編入されたからといって地下世界の民がただ戦場に駆り出されるわけではありません。もし武装解除せず各国家がバラバラのままでいた場合、今後和平に反対する勢力が台頭し新たな紛争が発生したとき皆さんの国々が真っ先に狙われることになりかねません。独立した軍事力を保持したまま戦火に巻き込まれるよりハの国の正規軍の一部として組織的な防衛体制のもとで守られるほうがはるかに安全です。さらに地下世界の住民をただの先陣に立たせるような使い捨ての扱いをすることはハの国政府にとっても損失でしかありません」
角の王
「うむ、ユウ殿の言う通りであるが我ら地下世界の住民を使い捨てるような扱いはハの国にとって損失であると言いますが、それは具体的にはどのような事を考えているのか?」
ユウ
「統一後の国家として安定を求めるならば地下世界の住民を正規軍の一部として適切に扱い、信頼関係を築くことが不可欠です。もし地下世界の兵士たちが冷遇され消耗品のように扱われれば皆さんの不満は必然的に高まり内部からの反乱や分裂を引き起こす要因となるでしょう。統一国家の基盤を固めるためには、むしろ皆さんを重要な戦力として育成し長期的に貢献できるようにする方が互いの利益になると考えます」
俺の話を頷きながら聞きいている単眼の王は静かに言葉を発する。
単眼の王
「地上と地下、双方の利益について、これほど論理的かつ誠実に語れる人物は滅多にいない。特に信頼を基盤とした対話の姿勢には好感が持てる。私はユウ殿を信じるに値すると考えるが皆はどう思うだろうか?」
エルフの王
「正直なところもう武器を手にするのはうんざりしている。この戦いで疲弊したのは我々だけでない、地上の住民も同じだろう。だからこそユウ殿を信じてみたいと思う。」
角の王
「同意しよう。そして、これまでの議論を踏まえ武装解除と正規軍への編入は同時に進めるべきだ。そうすることで我々の安全は確実に保証されるはずだ。」
単眼、エルフの王
「角地の王の言うことが最もハの国政府に受け入れられると思うがユウ殿はどうか?」
ユウ
「角の王殿は極めて理に適っています。武装解除と正規軍への編入が同時に進められれば皆さんが丸腰の状態で不安を抱えることなく安全を確保したまま移行できます。それこそが真の和平を実現するための合理的な手順だと私も考えます。単眼の王殿、角の王殿、エルフの王殿もこの案が最も政府に受け入れられると判断されたようですが俺も全く異論はありません。この方針を政府へ正式に伝達し調整を進めることをここに約束いたします。」
その後も俺と王たちの対話は数時間にも及び気がつけば夕暮れが空を染めていき、俺と王達は腹を割って話し合ううちにすっかり打ち解け、閉会のスピーチはまるでミコトと話しているときのような砕けた口調になっていた。
ユウ
「みんなの率直な意見を聞けたおかげで武装解除の具体的な道筋がより明確になってきたよ。決して簡単なことではないけれど、こうして腹を割って対話を重ねれば互いにとって最善の答えをこれからも見つけ出せると信じている。こうして集まり真剣にハの国の未来を考えてくれたことに心から感謝している。共にこの地の安定と平和のために共に力を尽くしていこう」
エルフの王
「同じ理念が共有でき感謝する」
角の王
「ユウ殿のような人が来てくれてよかった」
単眼の王
「非常に有意義な対話であった」
最後に俺は各王とスマホの連絡先を交換し各王国の所在地を教えてもらう。スキル〈完全方位指導〉を活用し彼らの所在地を訪れる際に迷わないようにするためだ。
こうして俺たちはそれぞれの帰路についた。




