十一話「手には武器、心に赤旗」
共和国首都地下壕の作戦会議室では参謀たちが慌ただしく動き回っている。その隣の執務室にいる私は手元の演説原稿から目を上げ静かに右手を眉間に当てる。机の上には人民平等党情報部員が提出した戦況を示す地図や資料が散乱しているが私の意識はそれらには向いていない。
やがて対外情報庁長官のヤロスラフが執務室に入り静かに告げる。
ヤロスラフ
「ゾンガ将軍、報告です。」
ゾンガ
「ミコトに共和国が無条件降伏を要求され、それを拒否して以来の戦況についても報告せよ。」
ヤロスラフはうなずき詳細を語り始める。
ヤロスラフ
「共和国が無条件降伏を黙殺すると、南部政府軍は沿岸の航空基地、海軍基地、および軍需生産工場に攻撃を集中させました。その結果、海軍の特別攻撃要員は上陸阻止作戦開始前に20%にまで減少。さらに空間推進機の生産工場も破壊されたため補充は完全に不可能となりました。」
ヤロスラフ
「その後、南部政府軍の戦艦、および上陸輸送船団が東部沖合に出現すると残存する特別攻撃要員による波状攻撃が開始されました。しかし、敵は我が方の戦法を研究していた可能性があり南部政府軍の改装戦艦〈うんぎょう〉から発進した艦載部隊の大編隊が上陸用舟艇の上空を覆い、飛来する特別攻撃要員を次々と撃墜。その結果、上陸用舟艇団への突入に成功した者はごくわずかでした。そして四時間の戦闘の末、全員が戦死しました。」
ヤロスラフ
「海軍突撃戦隊の戦果も振るいませんでした。爆薬を満載した戦艦〈誠実な労働〉は人民平等党特殊作戦群と共に夜陰に乗じて出撃しましたが、上陸輸送船団を護衛する敵戦艦〈あぎょう〉の照明弾と大口径砲による迎撃を受け上陸用舟艇に接近できないまま轟沈されましたがこの交戦の中で敵側に一時的な隙が生じたことを特殊作戦群は見逃さず、少数の上陸用舟艇を撃沈、さらに多数の舟艇に中破・大破の損害を与えることに成功しました。しかし、その被害は南部政府軍に上陸作戦の延期や断念を強いるほどではなく南部政府軍は上陸を開始し地方革命指導部を次々と撃破しているとのことです。」
ゾンガ
「各地方革命指導部の戦況はどうか?」
ヤロスラフ
「空襲と砲撃により、交通網、郵便施設は徹底的に破壊され、唯一の連絡手段は個人のスマホ通信のみです。もはや政府には中央からの統制能力がなく地方革命指導部の自由裁量に委ねるほかない状況になっています」
ヤロスラフ
「厳しい戦況の中、第六地方革命指導部および第八地方革命指導部は方面軍司令部と密接に連携し軍民一体となって死守戦を続けていると、さきほど最後の報告がありました。」
ヤロスラフ
「特筆すべきは、第八地方革命指導部が人民学校の児童の疎開を禁じ、彼らに手製の爆雷を背負わせ、南部政府軍の重装歩兵に対する体当たり攻撃を敢行する小人民学校突撃隊を編成したことです。〈栄える都市〉の連合小人民学校突撃隊は市内東側の一角を死守し最終的に全員が戦死しました。しかし、その奮戦により南部政府軍の重装歩兵数十名を戦死させたとの報告がなされています。」
ゾンガ
「私から二人の指導部長官には直接、感状を送らねばならないね」
報告を一通り聞くところ軍民一体となった戦争遂行の意思が貫徹されている。ハ人民共和国建国後、徹底した思想教育と統制が確実に成果を上げていることを心の底から喜ばしく思う。
ヤロスラフ
「最後に南部政府の首魁ミコトが自ら部隊を率い首都最終防衛線に到達し、現在こちらへ向けて進撃中との報告が入っています。」
戦況報告を聞き、私と共にかつてハの国旧総裁政府の要人であったミコトの政治的手腕には今なお感心する。ただしミコトが思い描くハの国統一の理想が実現したときに何が起こるのか、それをヤロスラフに問う。
ゾンガ
「ヤロスラフ君は交戦地域との和平交渉を妨害しただけでなく無条件降伏を強要し、いかなる交渉の余地も残さない戦争屋に降伏したらどうなると思う?」
ヤロスラフ
「共和国は解体され、我々人民平等党員は内戦の責任を負う者として裁かれることになるでしょう……」
ゾンガ
「その通りだよ。そして、その後は忌まわしき旧総裁政府の精神を受け継ぐミコトが再び強権的な中央集権を復活させることは確実であり労働者たちは容赦なくその犠牲となるだろう。そのような相手に対し首都防衛作戦の目的は領土の防衛ではなく犠牲を顧みず敵を殺傷する事だ。交渉ができるドミトリー、デナグと異なるミコトがいずれ共和国との宥和的な条件の講和を結んでおけばよかったと後悔することになるまで頑強に戦い続けることが肝要だよ」
さらに私は言葉を続ける。
ゾンガ
「私はすでに最終作戦として親衛軍に首都決戦の準備を命じている。人民平等党本部前の広場でパレードを行い演説を終えた後そのまま共に戦うために指揮を執る。」
そんな戦争目的を告げる中、人民平等党副書記長のワイツマンが私の部屋を訪れる。
ワイツマン
「ゾンガ将軍、時間です。」
ゾンガ
「話をしているとあっという間だな。」
スマホで時間を確認する。パレード開始20分前である。私は簡潔にヤロスラフに指令を伝える。
ゾンガ
「ヤロスラフ君には抗戦力を維持するためヴイツピド地下帝国から支援物資を得るため地下世界へ行ってもらいたい。万が一の事があったら分かるね?」
そう私が言うとヤロスラフは私とワイツマンに視線を送り静かに答える。
ヤロスラフ
「わかりました。我々三人、人民平等党の結党初期から共に歩んできた同志として必ず生き残りましょう。」
ワイツマンは私にヤロスラフが伝えた戦況を悟り、沈黙ののち短く言葉を口にした。
ワイツマン
「お互いに最善を尽くしましょう。」
ヤロスラフと別れ、私はワイツマンと共に人民平等党本部のバルコニーに立ち、整列した親衛軍を見下ろしながら演説を始める。
ゾンガ
「共和国にいるすべての人民よ!耳を傾けてほしい! 南部の反革命戦争屋どもが行う戦争は決して国家のためではない。 彼らの戦争は特権階級の富を守るための戦争なのだ! しかし我々の戦争は違う。 我々は人民の未……」
ワイツマン
「ゾンガ将軍! 敵の先遣隊が前方に現れました! 直ちに演説を中止し迎撃命令を下しましょう!」
ワイツマンが慌ただしく指をさす。敵影がこちらに向かい徐々に迫ってくる。予想以上に速い敵の進撃により演説を中断する気なぞ毛頭ない。私は狼狽する彼に静かに告げる。
ゾンガ
「心配はいらないよ。ワイツマン君。私もドミトリーと同様に旧総裁政府に連なるS級の実力者だったのだ。忘れてしまったか?」
私は即座にスマホを操作し十式対物狙撃銃を構えバルコニーから目視できる先遣隊を狙撃し数度20mm口径の銃声がその場に轟き弾丸に貫かれた敵の身体から鮮血が弾け空へと散る。
私は対物狙撃銃を掲げ演説を続行する。
ゾンガ
「今、諸君の頭上で戦争が始まった! この戦争はまさに諸君に向けられた戦争なのだ! 労働者階級、農村出身の同志たちよ! 私と諸君の手に握る一つ一つの武器が革命を支える炎である! 工場では機械を守れ! 備蓄施設では物資を死守せよ! 略奪者たる反革命論者に、我々が生み出したものを一切渡してはならない! この我々の闘いは廃墟の中から立ち上がる未来のための闘いだ。その未来では労働者は絶対に搾取されることはない!平等と自由が根付く、社会主義共和国が築かれるのだ! 諸君、いま我々に求められているのは人民平等党への献身と勇気だ! 心に赤旗を掲げよ! 人民の力を示せ! 我々が勝利を掴んだその日、ハの国全土の人民はは社会主義の旗の下で新たな歴史を刻むことになるだろう!」
私の眼下の人民平等党赤軍が一斉に歓声をあげる。
人民平等党赤軍
「ゾンガ将軍と共に勝利を! 人民平等党の栄光は不滅! ゾンガ将軍と共に勝利を! 人民平等党の栄光は不滅! ゾンガ将軍と共に勝利を! 人民平等党の栄光は不滅!」
ゾンガ
「この全人民の胸に燃え上がるこの愛国心があれば、共和国は必ず勝利を掴み取ることができるだろうな。」
ワイツマン
「先ほどの射撃、お見事でした。しかしゾンガ将軍の戦死は絶対に避けなければなりません。首都に迫るミコト率いる部隊に対し遊撃戦を敢行する予定の人民平等党最強の〈七七部隊〉。その中でもポヴィラ、アルネイト、セラズだけでも至急呼び戻すべきではないでしょうか?」
その心配はもっともであるが私は言葉を発する。
ゾンガ
「ワイツマン君は旧総裁政府が制定した戦闘等級ではB-級だったね。三人はA+級つまりS級の一歩手前の実力者だ。南部政府でS級はミコト一人だけだろう、彼らは今次内戦において私と共に最前線で戦い抜いた同志だ。必ず任務を成功させるよ」
私はそうワイツマンに告げ次のやるべき仕事へ向かうためバルコニーを後にする。




