いくら何でも12660股は多すぎる
「12660股って、どういうことよ……?」
私、公爵令嬢リリカ・フォン・ルシアンは、王太子エルドラドが浮気をしていることを突き止めた。長い間感じていた不安がついに現実となり、エルドラドの隠し事を暴くことに成功したのだ。しかし、目の前に突きつけられた事実はあまりにも衝撃的だった。
「っていうかよくこれだけの人数数えたわね……」
思わず目を見開いて問い詰めると、彼は誇らしげに胸を張る。
「愛が深すぎて、つい数えてしまったんだ。君にはわからないだろうけど、僕の心は君にだけ注がれているから」
彼は恍惚とした表情でそう言い切る。全く悪びれる様子もなく、むしろ誇らしげな態度すら見せていた。
「そんなの許せるわけないでしょ!」
私は机を叩きながら叫んだ。
「12660人だよ!? っていうか気づけよ、私!」
自分の鈍感さにイライラさせられる。っていうか12660人とどうやってデートしたのか。
「だから、リリカ。君のことを一番大切に思っているんだよ」
エルドラドは真剣な眼差しで私を見つめた。
「君を失いたくない。僕は君だけを……」
「12660人と浮気しといてよくそんなこと言えんな。どの口が言ってんだ? あ?」
私の怒りはすでに頂点に達していた。彼の言葉すべてが私をイラつかせる。
「その数は異常よ!」
私の声が冷徹に響く。
「愛しているとか執着しているとか、そんな言葉じゃ何も解決しないわよ!」
エルドラドは静かに頷き、続けた。
「君の言う通りだ。12660人と付き合うなんて、確かに異常だ。でも、それを君に伝えたかった。僕がどれだけ君に執着しているのか知ってほしくて、君を失いたくないんだ」
私は言葉を失った。その瞳に宿る真摯さは疑いようもない。だが、それでも心の奥底では受け入れられなかった。これほど多くの女性と関係を持ちながら、彼の語る「愛」が本物だなんて、とても信じられなかったからだ。
「じゃあ、これからどうするの?」
私は冷静さを取り戻し、静かに問いかけた。
「君が許してくれるなら、過去を捨てて君だけを見つめる。君のためだけに生きるよ」
私は黙ってその言葉を受け止めた。心の中ではさまざまな感情が渦巻いていたが、最終的に一つの答えにたどり着く。
「いや、どう考えても無理でしょ。12660股は生理的に受け付けないわ」
エルドラドはその言葉に笑顔を浮かべ、「ありがとう、リリカ」と答えた。
「いやっ、意味わからんし。関係修復なんて無理だし。本気で謝る気ないの?」
エルドラドは肩をすくめ、余裕の表情を見せる。
「謝る? 君がどう思おうと、僕の心は変わらないよ」
「知らないわよ。いい加減謝りなさいよ!」
エルドラドはまた肩をすくめて、ちょっとだけ苦笑いを浮かべた。その表情に、ますます腹が立つ。彼は一体、何を考えているのだろうか。自分がどれだけひどいことをしたか全く理解していないのだろうか?
「謝りたい気持ちはあるよ、リリカ。でも、それは君が本当に僕のことを許してくれた時だ」
「許すわけないじゃない! だって12660股だよ!? 私の股は一つしかないのに、あなたの股が12660股もあるなんて信じられないわ!」
「本当に信じられない……」私は言葉を失いながら、エルドラドの顔をじっと見つめた。
彼は相変わらず冷静だった。まるで、私の怒りが全く効いていないかのように。何度も何度もその表情にイライラさせられ、私はその場から逃げ出したくなる。どうしてこんな男に心を捧げてしまったのか、後悔の念が胸に押し寄せる。
「じゃあ、リリカ。君がどうしても許せないなら、僕を捨ててくれて構わない。でも、僕のこの気持ちは変わらない」
エルドラドはそう言うと、静かに手を広げて見せた。
「あなたのその根拠のない自信が怖いわ……12660股もしたくせにまだ戻ってくると思ってるなんて……」
私の声は冷たく、心の中で彼への失望が大きく膨れ上がる。
エルドラドは私の言葉に動じることなく、少しだけ肩をすくめてから、苦笑いを浮かべた。
「それが僕だよ、リリカ。君を失いたくないから、僕はどうしても君を取り戻したいんだ――」
「そんなに愛してるなら12660回も浮気してんじゃないわよ!」
私はついに声を荒げ、目の前で彼を睨みつけた。
エルドラドは一瞬黙った。だが、すぐにその冷静な目が私に向けられる。
「その数の全てが愛だったわけじゃないよ。君に対する愛も、そうじゃない部分もあった。それでも僕が君に誠実でいたいと心から思っていることは、どうしても変わらないんだ」
「お願いだから【誠実】って言葉を辞書で調べてほしい……」
悲しくなって私は両手で顔を隠し泣いた。目の前の男が気の毒でならなかったからだ。
「リリカ、君を傷つけたことは本当に後悔している。でも、僕が今ここで言いたいのは、君に対する気持ちが変わらないということだけだ」
「軽い、軽いわ。12660回も心変わりした男の言葉がこんなに軽いなんて思わなかったわ!」
エルドラドは一歩近づき、無言で私を見つめていた。その目は依然として真摯で、冷静な表情に少しも動揺が見られない。まるで自分の行いに対して後悔していないようだ。
「君がどうしても許せないなら、僕は立ち去るよ」
エルドラドはようやく口を開いたが、その言葉の奥にあるのは、強い決意だった。
「立ち去る? まだ謝ってもないのに?」
信じられない。この男、謝罪もせずに立ち去ろうとしている。正直顔も見たくないが、せめて謝るくらいはしてほしいものだ。
エルドラドは冷静な表情で私を見つめ、微かに肩をすくめた。その態度にますます苛立ちが湧いてくる。まるで私が怒っていることさえ、あまり重要ではないような顔をしているのだ。
「謝る? じゃあ、リリカ。君が本当に許してくれる日が来るまで待つよ。でも、その時が来ても、僕は君を待ち続ける。君のことを」
「12660人と浮気しておいて、よく待つとか言えるよね!? いいからさっさと謝れよ! 許さないから!」
私は叫びながら、机を叩いた。けれども、エルドラドはそんな私をじっと見つめ、冷静に口を開く。
「リリカ、君が怒っているのはわかる。だが、僕は君を心から愛している。12660人のことは、もう過去だ。今の僕に必要なのは君だけだ」
その言葉は、相変わらず真摯で力強い。
「過去だって!?」
私は大きく息を吸い、吐いた。
「12660人が過去になるわけねえだろ!!!」
エルドラドは再び一歩踏み込んだが、私は後ろに一歩引いた。
「近寄らないで! 今は謝罪以外何も聞きたくない!」
その時、私の目の前でエルドラドの顔が僅かに崩れた。しかし、すぐにそれを隠し、また冷静さを取り戻して言った。
「僕を許せる日は、きっと来る。その時を信じて待つよ」
「どの口が言ってるの!? ねぇ、その自信は何なの!?」
私はその言葉に呆れ、さらに怒りが湧いてきた。こんなにも心が乱れているのに、彼は一向に謝る様子がない。それがまた私を苛立たせた。
「本当に謝らないの!? 謝っても意味がないから謝らないの!? そこに誠意はないの!?」
私は声を震わせて言った。けれども、エルドラドは黙って私を見つめ、少しの間をおいてからこう言った。
「謝るというのは、君が本当に僕を許してくれた時に初めてできることだと思う。君にとって、その瞬間が来るまで、僕はここにいるよ」
エルドラドはまっすぐに私を見つめながら、静かにそう答えた。その瞳には迷いがなく、まるで揺るぎない決意のようなものが宿っているように見えた。
私には理解できない。どうして彼は、これほどまでに確信を持って言い切れるのだろう。
「どうして、あなたはそんなに強く言えるの?」
私は顔を隠すようにして、もう一度エルドラドを見た。彼は一度深呼吸をしてから、私に歩み寄る。
「君が許してくれるまで、何度でも謝るよ。僕の気持ちは変わらない。ただ、今は待ってほしい」
そう言って、エルドラドは私の目の前で止まった。まだ、謝罪の言葉を口にしないが、その目には確かな誠意を感じる――
「――わけねえだろ! 今謝れよ! 今! ナウ! セイ! アンダースタン!?」
私は思わず叫んだ。怒りと呆れが交錯して、まるで火花が散るような気がした。エルドラドは一瞬、目を見開いたものの、すぐにその冷静な表情に戻る。
「リリカ、君が求める謝罪は、僕がただ口先で言って終わるものじゃない」
エルドラドは静かに私を見つめながらそう口にした。その瞳には揺るぎない誠実さが宿っていて、まるで彼自身の存在すべてをもって贖罪しようとしているかのようだ。
「だからって、謝らないなんて許さない!」
私は頭が真っ白になり、怒りが完全に制御できなくなっていた。
「謝ることが、君を本当に傷つけてしまった過去を消すわけじゃないから」
エルドラドは少しだけ悲しげに目を伏せた。それでも、彼の声には確固たる意志が感じられる。
「僕は今、君にとって本当に価値のある謝罪をするために、待っているんだ」
「だから待たなくていいよ! もう気持ち籠ってなっくてもいいから、ご・め・ん・な・さ・いって謝って、ほら謝って!」
私は激しく詰め寄った。
彼は一歩も引かず、じっと私を見つめている。その目には、決して揺らがない覚悟が感じられた。
「わかってるよ、リリカ。僕がやったことは、言葉では決して説明できないほどの酷いことだった。ただ、今すぐに言葉を並べることが本当の謝罪だと思ってないんだ」
エルドラドの声は穏やかでありながらも、その底には強い意志が込められていた。
「だから、僕は君に許してもらえる日が来ることを信じている。たとえそれが今じゃなくても、いつか必ず」
その言葉に私は一瞬、黙り込んだ。
「あなた、まさか本気で待ってるつもり?」
私はつい、呆れ返ったように尋ねた。
エルドラドは微かに頷き、答える。
「君を失いたくないから、待つよ。それが僕の誠実さだ」
「だったら謝ってよ! 少しでも失いたくないって気持ちがあったらさぁ、謝ってよ!」
私は再び叫んだ。もうこの男とまともな会話が成立する気がしない。こっちは怒りで燃え上がっているのに、彼は涼しい顔で「待つ」とか言ってのける。どこまでも自分に都合のいい男だ。
「リリカ、君が納得する謝罪をしたいんだ。ただ形式的に謝っても意味がないだろう?」
「いや、意味あるよ! 私が求めてるのは形式的な謝罪だよ! いいから今すぐごめんなさいって言え!!!」
「……そうか、リリカがそう望むなら」
ようやくエルドラドが観念したのか、口を開く。
私は腕を組み、じっと彼を睨みつける。ここまで時間がかかったこと自体が腹立たしいが、ようやく謝罪の言葉を聞けるなら、ひとまずはよしとしよう。
「リリカ、本当に……」
私は息を飲んだ。ようやく、この男が心から反省する瞬間が――
「……愛してる」
「違う違う違う!!! 求めてるのはそれじゃない!!!!」
私は思わず机をバンッと叩いた。エルドラドは微笑みを浮かべ、まるで自分が正解を言ったかのような顔をしている。その表情がまた私の怒りに油を注ぐ。
「何なの!? 何なのそのポジティブシンキング!? 普通ここまで責められたら『申し訳ない』とか言うでしょ!? 何で『愛してる』なの!? どの口が言ってるの!? どの脳がそう判断したの!?」
「だって、本当に愛しているから」
「いや12660股してる時点で愛してるとか言う資格ないのよ!!!」
私は頭を抱えた。もうこれは駄目だ。この男は根本的にズレている。何をどう言っても、自分が悪いと思っていないのだ。自分は悪くない、ただ愛が溢れすぎていただけだと本気で信じている。これが王太子とか、国の未来が不安でしかない。
「わかったわ。もういい。私が馬鹿だった。こんな男と婚約していたなんて」
私は大きく息を吐き、冷静に言い放った。
「婚約解消よ!」
その瞬間、エルドラドの表情がわずかに曇る。しかし、すぐにまた穏やかな笑みを浮かべ、言葉を紡いだ。
「リリカ、君がそう決めたなら、それも仕方ない……でも、僕の気持ちは変わらない。君がいつか僕を受け入れてくれる日を、僕はずっと待っている」
「待たなくていいから!!!」
もう駄目だ。この男と話していたら、私の理性が持たない。
私は怒りを胸に秘めたまま、その場を後にした。
――そして後日。
正式に婚約解消が発表された王宮では、「12660股の王太子」という伝説が語り継がれることになるのだった。
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