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第2話『スキャンダルもあり得るわね』

新曲の練習が終わり、私はレッスン場でクールダウンしながら携帯で好き放題書かれているネットの掲示板に目を通していた。


根も葉もないような噂から、どこから知ったんだろうという様な業界の内情まであること無い事書かれているそこは、まるで無法地帯である。


しかし匿名で、相手の顔を見ないまま、自分の顔を晒さないまま語られる言葉は、限りなくその人の本音に近い声だ。


まぁとは言っても殆どは私の人気には繋がらない誹謗中傷ばかりで、人は悪口を言うのが好きだなとつくづく思う。


私はと言えば、正直悪口はそんなに好きじゃない。


言えば言うほど自分の品格は下がるし、陰でコソコソと人の悪口を言っている人間は、逆に言われるようにもなるのだ。


とは言っても、世の中は大概理不尽だから、悪口なんて言わなくても言われるのだが、その辺りは絶対数を減らすという事で。


「あれぇー? 美月ちゃん。何見てるのぉー?」


「ん? ネットの掲示板」


「やだ。美月。そんなの見てるの? 私一回見たけど、すぐ嫌になっちゃった」


「まぁ殆ど誹謗中傷しかないからね。そりゃ嫌になるでしょ」


「えぇー。誹謗中傷って、悪口って事でしょぉー? もしかして、みんなの悪口も書いてあるのぉ?」


「そりゃあるよ。アイドルなんて目立つからね。その中でもスターレインはトップアイドルだし。かなり多いよ。てかアンタも多いよ。ひかり」


「私はどうでもいいよぉー。ねぇ、ねぇ。美月ちゃん。みんなの悪口消してぇ」


「いや、私管理人じゃないから。消せないって。てか消せるなら私への文句を全部賛美に変えてやるわ」


「あっはっは! 美月ならやりそう」


「どういう意味じゃー! 由香里!」


「きゃー! 怒ったー!」


「こら、二人とも。あんまり騒がないの。迷惑でしょ」


「おっと。ごめんなさい! リーダー!」


「ごめん! 沙也加!」


「ごめんねぇ。沙也加ちゃん」


携帯から伸びているイヤホンを外しながら、私たちを叱る加藤沙也加は私たちほど疲れてはおらず、汗をかきながらも凛としていた。


こういう所なんだろうなぁ。と思いながら、私はこの小さいながらも大きな壁を感じて思わず溜息を吐いた。


何かこう、少しでも近づくヒントでもあれば良いのになぁと思いながらも、加藤沙也加を見ていると手に持っている携帯から何か映像が流れているのが見えた。


もしかして、ダンスの秘訣とかだろうか。


そう思い、私がそれを聞こうとしたが、それよりも早く加藤沙也加ガチ勢の古宮ひかりが声を掛ける。


「ねぇ、沙也加ちゃん。何見てるのぉ?」


「ん? あぁ、これ? 甲子園の地区大会の切り抜き。今ちょうど準決勝なんだ」


「甲子園? って野球? リーダー。野球好きなの?」


「いや、野球が好きっていうか……その、立花君……いや立花選手が好きなんだよね」


立花選手。知らない名前が出てきたな。


私は手元にある端末で立花選手なる人を調べるべくリーダーに動画をさっと見せてもらう。


そして確認した立花光佑という名前を入れていった。


とは言っても、私たちみたいなアイドルじゃないし、詳しい事は分からないかな。なんて思っていたのだが……。


「うわっ、やば」


「なになに? どうしたの?」


「その立花さん? って人を調べてたんだけど、やばいくらい情報出てきた。てか個人情報とかどうなってるの? 下手すると私らより詳しいアレコレが書いてあるんだけど? 何者なの? この人」


「そう! そう! 立花選手は、凄い選手なんだ! それはもう、本当に凄いの! 野球は小学生の時に始めたらしいんだけどね。初めから凄い選手だったみたいでね! 大野選手とも、仲良くて! あ、大野選手は知ってるかな? 立花選手の幼馴染なんだけどね! 今全国で注目されている投手の一人でもあるんだ。立花選手も同じくらい。いや、それ以上に注目されているんだけどね! 特に凄いのはそのバッティングでさ。中学時代も二人は最強のバッテリーって、呼ばれてたみたいなんだ! それにね。立花君が凄いのはそれだけじゃないんだよ。やっぱりその人柄が凄いんだ。優しくて、困っている人が居ると見逃せなくてさ。そういう人を見つけるとすぐに駆け寄って、助けようとするんだ。でも、でもね、それだけじゃないんだよ。立花君は甘いだけじゃなくて、ちゃんと自分で立って歩けるようにって考えてるんだよ。だから全部やろうとはしないんだよ。少しだけ手を貸すだけなの。だからかな。野球に対しても同じ様に全部をやろうとはしてないんだよね。あくまでチームで勝とうって頑張ってるんだ。凄いよね。あれだけ凄い選手なら、いっそ全部自分だけで戦った方が強いとか思ってもおかしくないのに、立花君は、そういう風には思わないんだ。だからきっとみんな立花君の事を好きになるんだろうなって、よく思うんだ。でもさ、立花君の良いところはそこだけじゃないんだ……。そう。立花君って妹さんが居るんだけどね。とっても可愛い妹さんでさ。その妹さんにも立花君は凄く優しいんだ。でも、あれはちょっと甘いかな。うん。甘々だね。まぁ、そんな所も立花君の良いところなんだけど、でね、その立花君がね?」


「ちょいちょい。リーダー! リーダー!!」


「ん? どうしたの?」


「長い。話が、長い! 殆ど覚えられないから。何か凄い人なんだな。程度しか分からないから」


「いや、だって立花君……いや、立花選手の事が知りたいっていうから」


「知りたいって言ったか、もう正直覚えてないけど、ここまで話せとは誰も言ってないんだよ」


「そっか。なら何を話せば良いかな。立花選手の家族構成とか誕生日とか、血液型とか?」


「要らない。要らない。そんな情報要らない。ってか、リーダーなんでそんな事知ってるの!?」


「ファンなら常識だよね」


「そんな常識あってたまるか」


「でも私たちのファンも私たちの事知っているじゃない。同じことだよ」


「……それを言われると困るんだけど。困るんだけど!」


「てか沙也加はこの立花選手の事が好きなん?」


「うん。好きだよ。大好き。すっごく尊敬してる。私の目標なんだ。夢かもしれない」


「これは……」


「どうでしょうか。美月博士」


「ガチの匂いがするわね」


「それは、どうなん? ヤバない?」


「スキャンダルもあり得るわね」


「うわーお。え? マジ? てか、沙也加ってば、好きなタイプいませんって雑誌で答えてたじゃん」


「あぁ、それ。実は立花選手の事を言っていたんだけど、なんか駄目だって、没になっちゃったんだ」


「ナイス。プロデューサー」


「流石にここまで熱狂的だとまずいもんねぇ」


「ねぇねぇ。もしかして、沙也加ちゃんはこの立花選手? と結婚するの? したいの?」


「いや、それは、その、それは流石に難しいかなって、だって私はアイドルだし。立花君は凄いスター選手になるだろうし。その」


「うわっ、ガチだこれ」


「だー。あの真面目くさったリーダーのこんな姿見たくなかった―!」


「えっと、その、駄目かな」


「駄目って事は無いけどさ」


「いや、そこはまぁ、分かってはいたけど、なんか複雑だわ」


真っ赤になって恥ずかしそうに指を絡めるリーダーは珍しく格好いいではなく、可愛く見えた。


立花選手も写真で見る限り、とんでもないイケメンで。


まぁ、正直結構お似合いに見えた。


何かいつも格好いいリーダーと立花選手だと、イケない空気に見えなくも無いけど。


それはそれで良いのかもしれない。


「まぁ、良いんじゃない?」


「美月!?」


「だって、リーダーが卒業するなら私の順位上がるし。次のリーダーは任せてよ」


「いや、アンタひかりより順位下でしょ」


「そこまでには逆転するからダイジョーブ! という訳でさ。私は応援するよ。リーダー。こんなに毎日頑張ってるんだからさ。少しくらいご褒美があっても良いんじゃない? プロ野球選手とアイドル。そんなに珍しい組み合わせでも無いでしょ」


「美月……」


「お前、実は良い奴だったんだな。美月」


「いやっ、私の事なんだと思ってたのよ!」


「他人を蹴落としてでも人気投票に魂を売る女」


「……ぐっ、間違いではない所がムカつく」


「アハハハ。ありがとう。美月。不器用だけど、励ましてくれて嬉しいよ」


「不器用は余計だよ。リーダー」


「まぁまぁ。そこが美月チャンの持ち味って訳で」


「なんだと由香里!」


私たちはじゃれあいながら、笑う。


こんな当たり前で特別で騒がしくて、笑えるような日々がとても楽しかった。


「ね、ねぇ。沙也加ちゃんが立花選手と結婚するなら、私も立花選手と仲良くしなきゃ駄目だよね?」


「なんでやー!」


「ひかり。この人は別にスターレインに入る訳じゃないよ?」


「分かってるよぅ。そうじゃなくて、だって、その人と沙也加ちゃんが結婚しちゃったら、私たち離れ離れになっちゃう」


「ひかり。別に結婚したって、友達をやめるって訳じゃないから。それに私たちの絆は変わらないでしょ?」


「絆とかくっさい言葉を吐いても許されるのが流石リーダーって感じよね」


「茶化さないでよ。美月」


「はぁーい」


「ねぇ、ひかり。別に私がどこの誰と結婚したって、友情は消えない。そうでしょ?」


「そうだけど。そうだけど! 私、離れたくないもん」


「ないもんって言ってもなぁ」


「何か名案はないのかね。美月隊員」


「そうねぇ。立花選手にお願いして同居でも許して貰えば良いんじゃないの?」


「ワハハ。アイドルを二人両手に華ってか。それは愉快」


「それ! それだよ! 美月ちゃん!」


「は……?」


「えっと、何? 何が起きてるの?」


「私にはさっぱり」


「ねぇ、沙也加ちゃん! 私も一緒に暮らしたい。良いでしょ?」


「いや、そういう訳にはいかないよ」


「でも、でもでも! アイドルで稼いだお金、いっぱいあるから、全部沙也加ちゃんにあげるし、お料理だって出来るよ? お洗濯も出来るし、お掃除だって出来る。だからさ、私も一緒がいい!」


「ちょっと、落ち着いて、ひかり!」


「ねぇ、沙也加ちゃん。駄目かな。私、大切な物が遠くへ行っちゃうのは嫌なの。何でもするよ? 私、出来ない事もいっぱいあるけど、言ってくれれば何でもするよ?」


「ナニとか?」


「こら! 美月! 黙ってなさい!」


「いや、ひかり。そう言われても困るっていうか。その、女の子同士ってどうすれば良いか分からないし」


「なんか生々しい話になってきたな」


「ひかりファンが見たら発狂するぞ。こんな話」


「いや、百合営業の成果を考えると、ファン的には喜ぶかも……? 二人が卒業すれば私の天下……アリ、か?」


「おいおい。闇に飲まれるな美月ー! 落ち着け! そんなスキャンダル出たらグループごと消し飛ぶ!」


「ハッ! 人気投票の闇に飲まれていた」


「しっかりして! この状況をなんとか出来るのは次期リーダーのアンタしか居ないのよ!」


「な、なるほどな? しょうがない。私が何とかしようじゃないか! さ、落ち着け! 二人ともー!」


私は何とか混沌とした場を収め、とりあえず落ち着かせた。


そもそも結婚どころか付き合ってすらいない男女の話だ。先に進めた所で意味がない。


そんな言葉にひかりはとりあえずの落ち着きをみせた。


しかし、こんなにもみんな好きな物があるんだなぁ。と思いながら私はクールダウンも終わり、家に帰るのだった。


そして、こんな話をしていたせいか、私は少し立花選手について調べる様になり。


この二日後……。彼が病院へ運ばれた事を知るのだった。

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