咲良君のために私がした事
クラスで孤立すると休み時間が異常に長くなる。机に突っ伏して寝ているふりをしたり、窓を見て時間を潰したり、何も無いのに教室を出てフラフラしたり……と頑張って時間を潰している。だがこんな暇つぶしなんて、すぐに飽きてしまう。だったらスマホで時間を潰せばいいと思うけど、あまり使いたくない。
学校では授業中に出さなければ、持ってきてもいいと言う決まりだから休み時間の友達はスマホで動画の投稿などして楽しんでいる。
そして時折、私を見ている気がする。いや、視線は感じない。でも私の事をすべて知っているような気がして恐ろしい気がする。
考えるのはやめよう。思い詰めるとどんどんと不安になっていき、頭がいっぱいになる。違う事を考えようっと。
そう思って窓を見ると学校の校門の所に男性がいた。遠いので分からないけど、校舎や校門を見ているようだ。
この学校に知り合いがいるのかな? そう思っていると「柏原さん」と声をかけられて、振り向いた。同じクラスの子で、ちょっと恥ずかしそうな感じで話し始めた。
「柏原さんのお兄さんにお願いしたいことが……」
「私、兄と仲が悪いから無理」
せっかくお話ししてくれたけど、取り付く島もなく食い気味で言った。
この子に申し訳ないけど、私はこの進学校の三年生で成績優秀で人徳があって誰にでも優しいお兄ちゃんとは関わりたくないのだ。性格も能力も何もかも正反対だから一緒に居て辛いのだ。
バッサリ言ったおかげで話しかけた子は「あ、そうなんだ」と気まずそうに去っていった。
喋ってくれたのに申し訳ないなと思いつつ、私はもう一度、校門にいる男性を見た。だけど、誰もいなかった。
担任が「不審者には気をつけろ」と小学生に言うような注意を言って、ホームルームは終了になった。
学校で孤立しているけど家にもあまり帰りたくない。でも帰る場所はそこしかないから、重い足取りで私は家に帰る。
みんなは充実したような顔で友達と遊んだり、バイトでお金を稼いだり、部活で汗を流したりしている。そんな人たちの中に混じる私は、真っ白い羊の群れにいる仲間外れの黒い羊になった気分だ。
校庭を出るとお兄ちゃんの姿が見え、私に気づかれないように隠れた。多分今日も小学校へ行くんだろうなって思い、受験生なのによくやるよなって思う。
お兄ちゃんは小学校の学童保育で勉強を教えるボランティア活動に行っている。勉強を教えるのもうまいし、騒がしい子や気難しい子達と仲良くなったって話しも聞いた。先生ですら言う事を聞かないのに、お兄ちゃんの言葉にはちゃんと聞くようだ。昔からそうなんだよね、お兄ちゃんはみんなを惹きつけるんだ。天性な物なのかもしれない。
一方、私は昔から可愛くない性格をしている。あまり笑わないし、喋らない。気の利いた事を言わないし、やらない。ただ静かに過ごしていたいから人の輪の中に入るのもしんどい。
それに成績も平均並みしかないから本当に妹かって思われる。小学校から中学校でもそうだったから高校は別の所って思っていたのに、お母さんとお父さんが「この進学校に行かない人間はうちの子じゃない」みたいな事を言うので、結局頑張って勉強して入学できた。
でも進学校の授業は難しいから、ついて行くのが大変だ。本当に別の高校へ行けばよかった。
そんな事を考えながら兄が見えなくなったので私は歩きだした。その時だった。
「六花ちゃん!」
私の名前を知らない声で呼んでいる。知らない声よりも、久しぶりに名前を呼ばれてちょっと驚いた。反射的に振り向くと、やっぱり知らない青年だった。
多分、年齢は私と同い年かそれ以上か。染めていない真っ黒な髪と水色のポロシャツと紺色のデニムを着ていて、垢抜けていないけど清潔感があるイケメンである。だがそれよりも青年の目が印象的だ。愛らしい大きなたれ目で瞳はキラキラしている。飼い主や親犬を見つけた子犬のような感じだ。
こんなイケメン、知らない……って思っているとイケメンはもう一度、「六花ちゃん」と呼び、話し出した。
「僕だよ。花城咲良だよ」
「あ、咲良君?」
私が言うとイケメンの咲良君は嬉しそうに笑って大きく頷いた。
驚いてぼーっとしていたが放課後の校門前って事を思い出し、急いで咲良君に「別の所で話そうか」と誘った。
小学一年の時に優秀過ぎるお兄ちゃんと一緒に毎週土曜日、公民館で絵画教室をやっていた。その時に花城咲良君と出会ったのだ。お兄ちゃんと同い年だったけど、私の事をよく気にかけてくれて一緒に絵を描いてくれた。母は私が描いた絵を全然褒めなかったけど、咲良君は褒めてくれた。本当に優しくて、咲良君が兄だった良かったのにと思ったくらいだ。
でも絵画教室にお兄ちゃんが飽きてしまって、辞めたいって言うので私も一緒にやめてしまった。
私は続けたかったのに……。咲良君は私と違う小学校に通っていたので絵画教室を辞めて以来、会っていなかった。
だから十年ぶりの再会だ。
「久しぶりだね、咲良君」
おずおずと話し出す私に咲良君は「うん!」と嬉しそうに笑う。何だろう、笑顔も十年経っても変わらないなと思う。
私達は近隣住民ですら使っていない公民館のロビーにあるソファに座った。小学生の時は真新しい感じがあったけど、今はちょっとくたびれた雰囲気がある。それでもそろばんやお料理教室などもやっている。
私が話そうとする前に、咲良君が「六花ちゃん、大丈夫?」と話しかけてきた。
「あのね、久しぶりに会っていきなりだけど、僕ね、六花ちゃんが心配で来たんだ」
「え? 心配?」
「ネットにね、六花ちゃんのことが書かれてあったのを見て心配になったんだ」
そう言って咲良君はタブレット端末にスクショした画像を出した。
見た瞬間、めまいが起きた。
そこには私の隠し撮りした写真と名前、そして私がやっていない中学校時代のイジメをしていた内容が書かれてあった。
この書き込みは私が進学校に入学した決まった頃に匿名掲示板で書かれたもので、誰が載せたのか全く分からない。
見つけたのは学校の先生で、私が入学して一か月くらい経った頃だった。すぐに消してもらう手続きをしてもらったのだが、他の掲示板でも私の情報が流れているので、消えていないサイトとかもあるようだ。
やった事が無いイジメの内容がある上に私の個人情報と盗撮された写真が掲載されている時点でキモかった。私は誰かに恨まれる事をしたのか? これを見て変な奴が変な事をされるんじゃないか? って心配になった。と言うか誰がやったのか、はっきりと知りたかった。
私の個人情報まで出されたんだから、掲載した人間を特定してほしかった。でもそのためには弁護士に相談したり、色々と時間もお金もかかる。お父さんとお母さんは私にそんな無駄な事をしたくないのだ。しかもどんなに否定しても掲示されたイジメの事をやったんでしょって決めつける。それに長い間、掲載されていたのに気づかなかったし何もされなかったんだから、別にいいでしょ、お前の事なんて誰も気にしないんだって言われた。
悪い事にこの事がクラスにバレてイジメをしていたって思われる。でも面と向かって声をかける事をしないで、遠巻きで私を観察しているだけだ。
だから私は半年も経っているのに、クラスの一匹狼となっているのだ。
嫌な事を思い出して、何も答えないでいると咲良君はもう一度「大丈夫?」って話してきたので、私は頷いた。でもぎこちなかったと思う。
「これを見た時、凄くショックだった」
「私がイジメをしていたって事?」
「ううん。六花ちゃんはいい子だから嘘じゃないかって思った。でももしイジメをしていたのなら何かあるかもって。それよりもネットに書かれちゃって六花ちゃん、辛いんじゃないかなって思った」
咲良君は言いづらそうに「やっていない?」と聞いてきたので、はっきりした声で「やっていない」と答えた。
「イジメなんてしていない。でもお母さんとか信じてくれなくて……」
「そうなんだ」
「それに本当は、大丈夫じゃない。怖くて仕方が無いの」
本当なら学校なんて行きたくない! 家で引きこもっていたい! でも親にそう言っても追い出される。お父さんまで「引きこもるなら、家を追い出す」って脅されて、行くしかないのだ。私は家でも学校でも孤立無援状況なのだ。
思い出すとポロポロと涙が出てくる。こんなに怖いのに誰もわかってくれないから、ものすごく辛い。
咲良君はそっと泣いている私を抱きしめてくれた。
「怖かったんだね、六花ちゃん。僕が守ってあげるからね」
咲良君の言葉がものすごく優しくて、嬉しくて、本当は私の情報を流した奴を調べてもらうよりも、この言葉が欲しかったんだって思った。
私はあっという間に咲良君のことが好きになった。
しばらく私は公民館で抱きしめてくれる咲良君の胸で泣いた。ようやく泣き止むと外は真っ暗になっていた。
スンスンと鼻をすすっている私にハンカチを渡してくれた咲良君。マジで王子様だ。これでぐちゃぐちゃに丸まって小学生が持ってそうな仮面ライダーのハンカチでは無かったら、完璧な少女漫画のヒーローだ。私は少女漫画の主人公じゃないので、別に構わないけど。
「ありがとう。洗って返すね」
「ううん、あげるよ。そのハンカチ。それよりも連絡先を教えてほしいな」
「あー……、スマホを今持っていないんだ。あれ以来、スマホを持つのが怖くて」
スマホには位置情報システムがある。私の情報を出した奴がハッキングをして私の位置を知ったりしたら……と思ってしまって怖くなってしまったのだ。陰謀論並みに馬鹿な発想だと思うけど。
「じゃあ、僕のスマホの電話番号とメルアドを教えてあげる」
「ありがとう」
私は咲良君のスマホの電話番号とメルアドをメモ帳に書いた。そしてまた明日、会う約束をして咲良君と別れた。
*
昔から兄が一番だった。学校もそうだけど、家の方がその傾向が強い。お母さんがなんでも出来るお兄ちゃんにものすごく褒めたり、期待したりしている。私はどんなに頑張っても平均並みの成績しか取れないし、今の進学校だって勉強について行くのに必死なのでお母さんは私に失望している。
お父さんだって自分の利益にならない事はしないから、何にも出来ない私には期待もしていない。関心が無いって感じだ。だけどお兄ちゃんは何でも出来るから、かなり気にかけている。
そんな家族に小さい頃から私はずっと失望している。そして更新し続けている。
「ただいま」
「あら、今、帰ってきたの? もう帰っていたと思ったわ」
そう言いながら台所でお母さんは夕飯の準備をせっせとしている。私が鼻声で泣いていたのに気づかない。と言うか泣いていたって分かっているけど、私を心配する時間がもったいないんだと思う。
昔は家事手伝いをして気を引こうとしたけど、私がうまく出来ないのでお母さんから直々に「イライラするから、もうやるな」って言われた。だから、もうやらない。
今日はシューマイだなって思いながら、私は自分の部屋に入る。
自分の部屋にカバンを置いて、制服から私服に着替える。そしてクローゼットの奥から、可愛いお菓子の空き缶に入れておいたキッズスマホを出した。
このスマホは小学一年生の時に無くしたものだ。当時、このスマホが無くなって両親にボロクソ怒られて、中学になるまでスマホを買ってもらえなかった。でもつい最近、このキッズスマホをある所から見つけた。でもそれを家族にはまだ言っていない。
そのキッズスマホの充電器を付けて、アドレス帳のアプリを出す。そこに咲良君の連絡先を乗せた。なんとなくすぐに今のスマホに彼の連絡先を乗せたくなかったのだ。とは言え、このスマホから電話する無理だけど。
その後、キッズスマホの画像アプリを眺める。買ってから間もなく無くなってしまったから、その時に撮った画像は少ない。でも見つけた後に私が入れたいくつかの画像があるので、それを眺める。
この画像を見るとちょっと優越感に浸れる。学校で孤立している事や家族の事、そして私のネット事情の事も、みんな忘れる事が出来る。これを世界中にばらまいたら、きっとパニックになるだろうなって思うとちょっと笑ってしまう。でも流したら、ものすごくヤバい事になるって事は理解しているので何にも出来ない。つまり勇気が無いのだ。
私はキッズスマホをお菓子の空き缶に入れて、ついでに咲良君にもらったハンカチと連絡先がかかれたメモを入れる。そしてまたクローゼットの奥に隠した。
静かだった家が一気に賑やかになった。お兄ちゃんが帰ってきたのだ。ボランティア活動が終わって、早めの夕飯を食べ終わったらお兄ちゃんは塾に行く。相変わらず忙しいなと思う。
そう思いながら、私は夕飯を食べに向かった。
夕食時では相変わらずお兄ちゃんとお母さんがずっと喋っていた。ボランティア活動で一緒に遊んだ活発すぎる男の子が出来なかった掛け算が出来るようになった事とか。
そんな時、お兄ちゃんのスマホにラインの着信音が聞こえてきた。
「あ、ゴメン。生徒から問題が分からないってラインが来たから……」
そう言ってお兄ちゃんはパタパタと二階に行った。ラインのメールなら、ここでやればいいのに。なんで二階に行くんだろう?
私はそう思っているとお母さんは「お兄ちゃんは本当に優しいな」と言う。優しい人間なら、個人情報を流された私の事をもっと心配してくれるって思う。はっきり言ってお兄ちゃんは、有益な人間なら優しいのだ。何も持っていない人間だったら、赤の他人並みの無関心なのだ。
そんな事を思っているとお母さんから「あんたさ」と話しかけられた。
「お兄ちゃんを見て、なんとも思わないの?」
「え? お兄ちゃん」
「だから、もっと努力しようとか、もっと積極的に人と関わるとか」
「特に」
「もっとさ、向上心を持ちなさいよ。帰宅部で何にもしていないのに、成績は悪い癖に」
何かやるとお母さんやお兄ちゃんに上から目線でダメ出しをするから、やる気が無いんだ。
でも今の所、お兄ちゃんに何にもないからお母さんはそれくらいしか言わない。もしお兄ちゃんに問題があったり、悪い事が起こるとお母さんはなぜか私に攻撃がする。
だからお兄ちゃんの心身に問題が無ければ家の中は平和なのだ。
ご飯も食べ終わって部屋に戻ると、なぜが引き出しに入っていた自分のスマホがベッドに置いてあった。そしてカバンに入っていたメモ帳も一緒に出されていた。
それについて何にも思わずスマホを引き出しに入れて、メモ帳もカバンに入れた。自分の部屋に鍵をかけたいけど、つけたらお母さんたちがうるさいだろうなって思った。
ボケーッとしながらベッドで寝ていると、「なあ」とお兄ちゃんが勝手に入ってきた。珍しいな、お兄ちゃんが私に話しかけるなんて。
「お前さ、放課後に学校の校門の前で男と喋っていただろ。誰?」
「花城咲良君。小学生の時に絵画教室に通っていた時に仲良くなった男の子」
私は正直に言った。と言うか、なんでお兄ちゃんが知っているんだろう? お兄ちゃんが学校を出た後に私と咲良君は会っていたのに。でもお兄ちゃんの友達に教えてもらったのかもしれない。
「ねえ、お兄ちゃん。なんで私のスマホとメモ帳を出したの?」
「意味分からない」
素っ気なくそう言って部屋を出て塾に向かった。
*
次の日、学校へ行く際にスマホを持ってきた。昨日みたいに咲良君が校門にウロウロしているのは気の毒だ。先生が「不審者に気をつけろ」って昨日言っていたけど、その不審者って咲良君の事だろうな。
昼休みにラインで【学校が終わったら公民館で待ち合わせしよう】とメッセージを送ると【うん、いいよ】というメッセージと仮面ライダーのスタンプがついていて、ちょっと頬が緩んでしまった。
ようやく放課後になって公民館に向かう。するとすでに咲良君は待っていた。
「お待たせ! ごめんね、結構、待っていたでしょ?」
「ううん。大丈夫だよ」
紳士的だな、咲良君。でも咲良君って今まで何していたんだろう? お兄ちゃんと同い年だから受験生だよな。と言うか、高校って何処に通っているんだろう?
「そう言えば、咲良君って高校は?」
「あ、えーっと……」
ちょっと言いづらそうにしていたが、聞いたことない高校の名前を出した。なんか、あまり深く話さない方がいいと思って高校の話しはやめておこうと思った。
そう思っていると咲良君のスマホを取り出した。
「あ、そうだ! 六花ちゃんって、犬が好きだよね」
「うん、昔から大好き」
「あのね、実家で飼っているコーギーの画像見る?」
「うん! 見たい! ……うわあ、可愛い!」
ピンと立ったお耳と愛らしい短い手足、そして食パンみたいなお尻。可愛いコーギーの画像が咲良君のスマホにいっぱいあって見せてもらった。
可愛いコーギーの画像に癒されていると、ぬいぐるみをくわえたコーギーと女の子の画像があった。顔は見えないけど、服装や体格的には私より年下の女の子だろう。
「あれ? 妹さんがいるの?」
「ん、うーん……。うん」
なんかちょっと含みがある頷き方だ。そう言えば咲良君は【実家】で飼っているコーギーって言っていた。普通、自分の家を実家って言わないよな。なんか咲良君の家って複雑なのかな? でもこうしてコーギーの画像はいっぱいあるのだから、【実家】とは仲いいのかもしれない。
そんな事を考えていると、コーギーの画像から仮面ライダーの画像が出てきて咲良君は「うわあ!」と焦って消した。
「子供っぽいよね、仮面ライダーって」
「え、そう? 私は見ていないけど、好きな大人って結構いるよ」
「そうだよね!」
そう言って咲良君は仮面ライダーの話しをしてくれた。
その話しを聞きながら、私は咲良君にある違和感の正体がわかった。ものすごくイケメンだけど、語る言葉や持っている物が子供っぽいのだ。
それでも私は恋する乙女なのか、そんな咲良君の話しをニコニコしながら聞いていた。
そんな時に「あ! いた!」と言う声が響いた。最初は私と咲良君に向かって言ったのではないと思った。また別の誰かが待ち合わせをしているんだと思った。
けどパタパタと足音を響かせて、私達の方に向かってきたので何だろうと咲良君と私は顔をあげて向かってくる人を見た。
私と同じ進学校の子だった。恐らく二年生で、なんだか髪の色も明るいし遊んでいる雰囲気がある。
「やっぱり! 花城咲良君だ! 柏原先輩の言った通りだ!」
あれ? 咲良君の知り合いなのかな? と思って咲良君を見ると真っ青な顔になっていた。
「私、ファンだったの! ネットで色々と出していたでしょう、動画とか画像とか」
「人違いです」
「ちょっと待って、保存していた動画とかあるから。なんで消去したの? もう見れなくなってびっくりしちゃった。ほら、ものすごく笑顔で仮面ライダーの話しをしていた動画とか子供っぽい服を着ていたとか……」
咲良君は女の子と話し途中なのに立ち上がって、走って公民館を出て行ってしまった。私も慌てて、追いかけた。
「待って! 咲良君! 待って!」
私の運動神経も平均以下なので遅いが、咲良君も結構遅い。すぐに追いついて咲良君の腕を取ると立ち止まって振り向いた。
「六花ちゃん」
私を呼ぶ咲良君の声がものすごくか細くて、泣き出しそうだった。
近くの公園に行き、私と咲良君はボロボロになったベンチに座った。座った瞬間、ギチチチっと古びた音がした。そもそもここの公園には遊具が無く、遊ぶ子供なんていないし空き地って言った方がいいかもしれない。
しばらく咲良君は何にも話さず、俯いて時折鼻をすすっていた。私は隣でずっと座って、手を握っていた。そうして夕焼けから夜空になって一番星が見えた頃、咲良君が「あのね……」と話し出した。
*
咲良君は私が絵画教室をやめた頃、咲良君は事故に遭ってしまった。事故の後遺症で歩くのは特に問題ないようだけど、うまく走れないらしい。
でも一番辛いのは事故から八年間も眠り続けたのだ。
目が覚めて家族は喜んだけど、咲良君は一気に世界が変わって怖かったようだ。
でも頑張ってリハビリをして自分の家に帰れたけど、みんな小学校の頃の友達は高校生になってしまって一人ぼっちだった。そして今行っている高校は通信制で小学校や中学校の問題を教えてくれるようだけど、あまり友達と接点はなく孤独なのだ。
ある時、中学生の妹に仮面ライダーの話しをしていると面白がって動画とか撮ってくれたり、親が嫌う子供っぽい服も着せて撮ってくれた。咲良君は妹が面白がっているならって思って、ノリノリでやっていたらしい。
でもそれがネットに掲載されて、しかも自分の事故で八年間も寝ていた事もバラされてしまったようだ。妹には悪意はなかった。でも自分は普通じゃないから面白がられているって思い、悲しかった。
咲良君の両親はすぐに咲良君の情報を全部消した。
でもなぜか咲良君は一人暮らしをする事になってしまった。妹と一緒にいるのはマズイと思ってと両親は言っていたけど、自分は追い出された気持ちになってしまった。
世界で一人ぼっちになってしまった気分の咲良君は前に友達だった私を思い出してネットで検索した。すると私のイジメをしている情報を目にした。
「六花ちゃんは知らなかった? 僕の画像」
「うん。高校受験の時からほとんどネットとか見ていないんだ。それに個人情報を流されてから、ネットに触れるのも嫌になったし」
私がそういうと咲良君はちょっとほほ笑んで「そうなんだ」と言った。私が見ていない事に安心したような表情だった。
「本当はね、僕は、寂しくて、六花ちゃんに声をかけたんだ。心配だったけど、それよりも、寂しくて……」
小さな子供みたいにポロポロと泣いて拙くてつっかえながら言う咲良君に私は抱きしめる。抱きしめたら、咲良君はもっと泣いてしまった。
咲良君は王子様って思っていた私が恥ずかしくなった。一番、辛くて守らないといけないのは咲良君の方だった。そう思い私もポロポロと泣いた。
しばらく二人で泣いて、落ち着いた頃にはすでに夜も遅くなってしまった。
「もう六花ちゃんに会えないね」
大泣きして濡れた子犬のような表情で咲良君は言い、私は驚いて「なんで?」と聞いた。
「だって、六花ちゃんの学校に僕のことがバレたでしょ。僕の動画や画像ってネットでバズったんだって。それで妹の同級生とか先輩とか、あと通信制の生徒とか、いろんな人から会いたいって言われて、かなり大変だったんだ……。多分、六花ちゃんの学校もバレて、僕に会いたい人とかいるんじゃないかな。そしたら六花ちゃんが大変な思いをするかも」
被害妄想だよって言う人はいるかもしれないけど、現に会いに来た子はいた。物珍しさに見る子はいるかもしれない。でも咲良君は見世物になりたくないし、私も嫌だ。
その時、私はある決意をした。そして咲良君をもう一度、抱きしめて口を開いた。
「大丈夫。うちの学校のみんなが咲良君の事を忘れさせる方法を思いついたから」
咲良君を抱きしめていると勇気が湧いてきた。
*
咲良君と別れて自分の家に帰る。こんなに遅くに帰ってきて、怒られるかなって思っていると賑やかな声が聞こえてきた。
「お帰り」
「ただいま」
二日連続で泣いて目と鼻を真っ赤にした私を見ても、お母さんは全く心配しない。お兄ちゃんに何にも無ければ、特に問題は無いんだろうな。
「夕飯が出来ているから、早く来て」
ダイニングテーブルを見るとお父さんとお兄ちゃんが座ってお鍋を食べている。お兄ちゃんは塾が無いし、お父さんも早く帰る日だったんだ。
そう考えながら自分の部屋に行き、クローゼットからお菓子の空き缶を開ける。私のキッズスマホを出した。
するとお母さんから「早くして!」と急かされた。すぐに空き缶をクローゼットの奥に戻しておく。
私服に着替えて、私は家族と一緒に夕飯を食べた。話題はいつだってお兄ちゃんの話しだ。
「今日はクラスの子に勉強を教えていたよ」
「偉いわねー。そう言えば塾のテストの結果は言った? お兄ちゃん」
「全国五位だった。志望校判定もAだったよ」
「ほう、すごいじゃないか」
「ね、凄いでしょ」
お兄ちゃんは自分の活躍を話して、お母さんは太鼓持ちをして、お父さんは珍しく褒めていた。穏やかで一家団欒って感じだ。
私は思い切ってお兄ちゃんに話しかけた。
「あのさ、お兄ちゃん。花城咲良君の話しを誰かにした?」
「意味が分からない」
何言ってんだ? って顔されて私は「分かった」と言った。
お兄ちゃんは昔から私に嘘をつく時は「意味が分からない」と言う。レベルが低い人間の話しは意味が分からないって言わんばかりに。小さい頃はそれで怒って説明するけど、理解できないって顔されてきた。
兄の嘘を暴くのは無理なので嘘をついているって分かれば別にいいのだ。それに咲良君に声をかけてきた女の子は「柏原先輩」って言っていたからお兄ちゃんに間違いない。
私の無意味な質問のせいで、楽しい家族団らんに水を差された感じになってしまった。お父さんはくだらないって顔するし、お母さんは黙っていなさいって睨まれる。
再びお母さんがお兄ちゃんの自慢話をする。お父さんが満足そうな顔をして、お兄ちゃんはちょっと照れ臭そうな顔をする。それを眺める私は平和だなって思う。
そうして穏やかな夕飯は過ぎていった。
咲良君と一緒に泣いた次の日、やっぱり友達から「花城咲良君と知り合いなの?」と言う質問をいっぱい受けた。更に悪い事に学校内では咲良君の動画や画像が出回ってしまった。
「本当はイジメなんてやっていないのに、やったってネットで言われて可哀そうだったね」
「私達、柏原さんはやっていないって思っていたよ」
……絶対に嘘でしょ、それ。
クラスのみんなの変わりっぷりに呆れながら色々と計画を考えた。
そしてこの学校の生徒、そしてお兄ちゃんも見世物にしてやろうって思った。
お兄ちゃんは有益な人間じゃないと優しくない。と言う事はボランティア活動でお兄ちゃんに勉強を教えてもらっている小学生は有益な人間って事になるのだ。特に活発すぎる小学生は。
その子は注意散漫で活発すぎるので集中力を上げる薬を飲んでいたのだ。その子と仲良くなったお兄ちゃんは、その薬をもらったのだ。その子の親に分からないように、一個とか二個とかだけど。
でもお兄ちゃん自身、薬を飲んでいなかった。飲まなくても勉強は出来るからね。だから、その薬をいろんな友達にあげて、お金をもらっていたり、色々な頼みごとをお願いしていたようだ。
だから私はお兄ちゃんにボランティア活動している学童保育をしている学校に匿名の電話をしたのだ。「学童保育をしている子がボランティア活動している高校生の子に薬を渡しているみたいなんですよ」って。
次に警察に証拠の写真を送り、最後に匿名掲示板に『この学校に麻薬の密売人がいる』『この学校は麻薬で侵されている』と書き込んだ。そして証拠の画像を載せた。
普通の人だったら両親に言っているだろう。
でもどんなに証拠を突きつけて言ってもお母さんやお父さんは、お兄ちゃんの味方になるから信じてくれないだろうって思った。もし信じてもお兄ちゃんに問題が起こるから家族全員で隠ぺいして、証拠を見つけた私を攻撃するだろう。そう考えると無気力になってしまった。
だから証拠の写真を見て、優越感に浸ってクズのような事をしていたのだ。
でも咲良君のためならって思えば勇気が出て、警察やネットに流したのだ。
お兄ちゃんも薬を飲んだ生徒たちも警察に事情聴取されたし、学校は前代未聞の事件なのにネットに漏れちゃって隠ぺいする事も出来なくなってしまった。
今の所、テレビには報道されていないけど、ネットニュースになったり有名なユーチューバーがこの事件の紹介などをした。
何でこんなに大事になっているかと言うと小学生からもらっていた薬って、依存性があって麻薬のような効果もあるらしい。だから譲渡すると警察沙汰になるし、健常者なのに飲んでしまった子はしばらく通院をしないといけない。
*
お兄ちゃんの事件について全校集会が行われた日の放課後、私は真っ直ぐ家に帰った。玄関を見るとお母さんとお兄ちゃんの靴があった。
私は「ただいま」と言わないで、静かに自分の部屋に行く。
リビングではお母さんがソファで寝ていたのが見えた。お兄ちゃんがあんなことになったからストレスで心身共に疲れているのだろう。
そして壁には穴が開いている。お父さんがイライラして物を投げて穴が開いたのだ。他にもコップを投げつけて割ってしまったので片付けるのが大変だった。
そして私の姿を見たらお父さんもお母さんも八つ当たりするかのように怒る。だから私は家にいる時はひっそりと隠れて過ごしている。もし告発したのが私って分かったら殺されるな。
そうして私が自分の部屋に入るとなぜかお兄ちゃんがいた。
「何してんの?」
「意味が分からない」
……お兄ちゃんの方が意味分からないよ。お兄ちゃんが停学処分を受けて家にいるのは分かるけど、私の部屋にいるのが分からない。
呆れながら、私は机に自分のカバンを置いて部屋の現状をみた。机の引き出しの物やクローゼットの物が部屋いっぱいに出されて汚い。全部、お兄ちゃんが出したのだろう。
「あのさ、お前が俺の事を警察に言ったのか?」
「知らない」
「嘘つけ!」
「じゃあお兄ちゃん、なんで私の個人情報を流したの?」
「意味が分からない!」
お兄ちゃんは怒った口調で言って部屋を出た。
多分、私が撮ったお兄ちゃんの証拠を探していたんだろう。ちなみに証拠の画像があるキッズスマホなどは咲良君が持っている。
昔からお兄ちゃんは私には優しくなかった。進学校に入学できた私の個人情報などをネットに流したり、私が仲良くしている咲良君の事を知りたくて私のメモやスマホを勝手に見たり、スマホで私の位置を確認して咲良君の場所を後輩に教えていたり。
そもそも小さい頃からお兄ちゃんが私の大切な物を盗んでいるって分かっていた。だからお兄ちゃんがいない日とかに盗まれた物を探していて、ようやくキッズスマホを見つけた。勉強を教えていた小学生にもらった玩具と一緒に。
その玩具は箱のように開けられるようになっていたがお兄ちゃんは気づかなくて、そのままだったのだ。私が開けると手紙とお薬がいくつか入っていた。手紙には【いつも遊んでくれてありがとう】と【いつものお薬、いっぱいあげる】とあった。
思わずそれをキッズスマホで写真を撮って、薬とお手紙と玩具に入れて元に戻しておいたのだ。そうして私はお兄ちゃんの小学生の絆を証拠として、警察とネットに流したのだ。最低だね、私。
お兄ちゃんが出したクローゼットの物を片して、お泊りの用意をする。
そう! 今日から咲良君の家に同棲をするのだ! お家の現状を話すと「一緒に住もう!」と咲良君が言ってくれたのだ。めちゃくちゃ嬉しいし、楽しみ!
ただ大人な関係にはならないと思う。八年間も寝ていた咲良君の精神的な年齢は優しくて素直で邪気が無いお子様なのだ。でもそんな優しさに私は救われたのだ。
再び、静かに家を出て咲良君の元へと急ぐ。あ、親に同棲の話しをするの忘れた。まあいいか。
いつもの公民館に咲良君はいた。私を見つけると咲良君はニコニコ笑って手を振った。
「あ、六花ちゃん!」
「お待たせ、咲良君」
「大きな荷物、持ってあげるね」
そう言って咲良君は私が持っているお泊りセットが入った大きなカバンを持ってくれた。マジで紳士! そして一緒に並んで手を繋いで歩いて行く。
学校もお兄ちゃんの妹だから白い目で見られるし、ネットも進学校を叩いていて大学受験に影響があるかもって言われている。
家ではお母さんはヒステリックになるし、お父さんはイライラして荒れている。問題のお兄ちゃんは警察にご厄介になって、書類送検になるかもしれないし。
大災害みたいに大炎上して荒れているのに、私は咲良君の隣で浮かれている。まるで生贄の女の子を助けて世界を崩壊させた主人公のようだ。
でも大好きな気持ちを勇気に変えて、生贄の女の子を助けて世界を崩壊させた主人公もこんな清々しい気持ちだったのかもしれない。
「ねえ、咲良君」
「何? 六花ちゃん」
「大好きだよ」
「ありがとう。僕も六花ちゃんの事、大好きだよ」
嬉しそうな笑みを浮かべて、そんな事を言いあう私と咲良君。
私達は幸せだ、とても。




