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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

俺の偽物が世界中にいる?ただの田舎教師のこの俺の??~田舎の道場で教えていたせいでかつての教え子が世界で活躍していることを知りませんでした~

作者: 南 京中

「いいか!!俺こそが本物の剣の達人クロードだ!!今から俺の名を騙るこのクソジジイをぶった切ってそれを証明してやろう!!」

「「「いええええい!!!!」」」


 俺の名前を叫ぶ男が、俺の頭を叩き割ろうと大剣を振り下ろした。

 身の丈は2メートルを超えている。体重は150キロ以上、か。


「「「いつもの殺戮ショーだ!!クロード!!そんな痩せたジジイの偽物なんて自慢の剣術で潰しちまえ!!」」」


 いつもやってんのかこんなこと。

 目のまえの大男が額に血管を浮き上がらせながら剣を振りかぶる。

だがその実、太った豚が棒きれを振り回しているに過ぎない。

 膨らんだ二の腕、はち切れんばかりの大胸筋。丸太みたいな脚。

 それらすべてが見せかけの筋肉で、剣を扱うためのものではない。


 振り下ろされる鉄の棒を最低限の動きで躱す。シャツのすそにぎりぎり当たらないくらいの距離感。もうこの年になると派手に動くのがつらいだけなのだが。


「しゅっ」


 軽く握った木の棒をがら空きになった男の顎に当てると、カクンと頭が揺れる。

 まだ自分が剣を空振りしたことにすら気づいていない男の顎はとても脆かった。

 

 男はそのまま顔面から地面に激突して、立ち上がることはなかった。


「これを剣術と呼ぶのはなあ…誰か気づけよ」


――――――


「このように今この国には先生の偽物があふれかえり」

「実際闘って、寒気がするよ」

「そしてアルミナ先生はそのことに怒り心頭であります」


 アルミナというのは俺のかつての教え子だ。

 彼女の弟子、つまり俺の孫弟子に説明を受けながら俺はコーヒーをすする。


 窓から見えるのはクアドラー地方一番の街、テオド。

 俺の村にはないくらい高い建物が林立してその間を広い街道が縦横に走っている。

 これでもアウレウス王国の5地方の中では一番人口の少ない地方府所在地なんだっていうから驚きだ。


 おっと。田舎者みたいなよそ事を考えてしまった。

 だってしょうがないだろ。いきなりこんな飛行船に乗せられて、俺は今から王都ラテラノまで行くっていうんだから。

 王立騎士団の採用試験を受けに行って以来、30年ぶりじゃないか?


「そもそも、なんで俺なんだ?道場生が少なくなりすぎて規模を縮小して田舎に移って久しい俺の偽物?弟子たちが大成しているのは、みんなの才能と努力のおかげだ」

「…聞いていた通り、世間と自分のことに疎い」


 孫弟子に呆れられてしまった。

 どうやら俺が田舎で半分リタイアしている間に世間は大きく変わっていたらしい。

 

 まずは状況を整理しよう。


 俺はクロード。この国の片隅で田舎教師をしていた。

 いや、正確には一昨日までしていた。

 昔は町のはずれで細々と子どもたちに様々な武術を教えていたが、徐々に受講生は減少。それに伴い賃料も払えなくなり規模縮小して田舎に移転したのが去年。

 健康体操と護身術をメインで講座を開いたりもしてみたが効果はなく、ついに一昨日道場をたたんだのだった。


 それくらいの人物だ。王国騎士団の団長を勤め上げたわけでも、冒険者として世界を股にかけて活躍していたわけでもない。

 そりゃ憧れてはいたさ。だが入団試験にも受からなかったし、冒険者ライセンスは持っているだけ。資格更新していないからとっくの昔に失効している。

 食い扶持として始めた道場の先生を続けるうちに、気づけば中年にさしかかっていた。自分の人生の限界を見定めて、この先どうするかのあてもないまま、稽古終わりに道場の後片付けをしていた時だった。


「しっ!」


 口の隙間から息を吐く音とともに俺の真上の天井が砕け散って、人が降ってきた。


 鳥や熊の類ではないと思っていた。気配を消して天井を歩いていたから。足音の軽さから予想していた通り、少女だった。


「俺が勝ったら、弁償だからな」


 天井から道場やぶりを仕掛けてきたのは、メガネをかけた細身の少女だ。

 休日の委員長みたいな恰好をしているが、両手にはめられたオープンフィンガーグローブが物騒だ。


「その盾、昔の教え子のに似てるな」


 何より目を引くのが、少女の武器である盾。上半身が隠れるくらいの丸い盾だ。

 これと同じ型の盾を使うのが得意な女の子が昔道場にいたっけな。大人しい子だからと安易に持たせてみたらベストマッチだったのが昨日のことのように思い出せる。


 それがさっきいた場所に突き立てられている。床が砕かれ木の板がめくれあがってしまっている。

 道具の扱いと力加減が絶妙だな。


「!!!」


 少女が盾を構えてそのまま突進してきた。

 余計なおしゃべりはしない。ビジネスライクな女の子だ。

 それに、いいスピードだ。正面衝突すれば全身の骨が砕けるだろう。 


 だから俺は真正面から走った。

 少女の目の奥に驚きが少しだけ見えた。


 衝突する寸前、俺はわずかに身体をずらしてぎりぎりで躱す。

 その瞬間、少女の脚を払う。


 あっぶねえ。少しでもタイミングがずれてたらこっちの脚が折れるとこだった。

 それくらい力強い踏み込みだった

 

 少女は横向きの力にあっけなくバランスを崩して転倒。

 すぐさま立ち上がったが、俺は背後で秘密壁を構えている。

 床を拭くために持って来ていたバケツだ。


 ポニーテールの頭にバケツをかぶせる。中の水が少女にぶちまけられ、彼女の身体は反射的に縮こまる。

 上手く行った。耳のあるあたりをバケツの上から両方同時にぶっ叩く。


「に“っっっっ!!!」


 奇妙な悲鳴を上げる少女。慌ててバケツを取ろうとするから、盾を握っている方の手から意識が離れてしまった。

 その好機を逃さず、手から盾を奪い取って、少女の首もとに突き立てた。


「降参します。やはり、ここのクロード先生こそ本物」

「……はぁ?」


 キリっと真剣な顔をしてそう呟く少女。

 この子、下手したらまだ学生じゃないか?


「申し遅れました。わたしは王立学院盾クラス代表、コニア。このたびアルミナ先生の推薦により、クロード大師匠が我が学院の特別臨時講師として任用されることをお知らせしにきました」

「……は?」


 いきなり現れた少女が口にした先生の名は、かつて俺が教えてた子の名前だった。


「急で申し訳ありませんが、飛行船に乗ってください。学院まで同行願います」

「いやいきなりそんなこと……」

「こちら、学院より発行された通知書になります」


 孫弟子が掲げるのは、国王と学院長が承認のサイン済みの依頼書。

 なんか俺に学院まで来いって書いてある…!


「ってことは、依頼じゃなくて実質命令じゃねえか」


 もっともだから行くってわけじゃない。

 推薦者の欄に書かれたアルミナのサインに見覚えがあった。初めてあいつが街の大会に出場した時、寝ずに考えたとかいって自慢げに披露してきたサインと同じだった。


―――

 そして今に至る。

 改めて、俺は目の前にいる孫弟子、コニアを見つめる。

 一見、どこかの由緒正しいお嬢様といった感じだが、その実力の高さはさっき体感した。


「しかし、アルミナが王立学院で教師とは。あの頃から優秀だったもんな」

「先生の指導を受けた生徒たちは今や世界中で活躍しています。それによって奇妙なうわさも生まれました。曰く、伝説の英雄たちを育て上げた伝説の教師がいる。このうわさを利用して一儲けをたくらむ輩も世界中に出現した、というわけです」

「ふーん……一儲けねえ……」


 教え子たちが伝説の英雄になっているのはわかる。だが俺まで伝説の教師扱いされるのは理解できない。

 俺はしがない田舎教師だ。教えていたのなんて子どもの頃の数年くらいだし、英雄になったのはその子たちの才能のおかげだ。

 だから。


「ほっときゃそのうちぼろが出て消えてくんじゃないか?」

「最初はアルミナ先生たちもそう考え、放置しておりました。ですが、偽物たちは嘘を隠すためにさらなる噓を塗り固め、強引な手段を取るようになりました。人体実験や洗脳、テロ行為など、もはや無視できない危険さに達しており、学院も国も頭を抱えております。ちなみに先ほど先生が倒した剣の偽物は、剣さえ強ければよいという思想の持ち主でしたので、製鉄所を違法に独占し、そして自分たち以外に剣を売る武器屋や職人の排除を秘密裏に行っておりました。あのまま放置していればクアドラー地方が無政府状態になっていたでしょうね」


 思った以上に深刻だ。


「偽物ってのは何人いる?」

「現在各地方に8人。それぞれがそれぞれの達人を育てたと自称しています」

「それぞれの?」

「先生の教えていた武術を極めた弟子に対応しています。剣、槍、銃、盾、魔法、体術、忍術。それぞれにそれぞれの偽物がいます。もちろん、史上最年少で王立学院の教壇に立ったアルミナ先生を育てたと自称する盾の達人も」


 コニアが武術を指折り数えているのを見ると、脳裏に教え子たちの顔が浮かぶ。アルミナが盾の達人ということは、あの子とあの子とあの人もそうなるか…。


「他の子たちのことも教えてほしいんだが……」

「それはアルミナ先生から説明していただきましょう」


 気づけば、飛行船が着陸態勢を取っていた。

 窓から景色を見下ろしてみると、眼下には歴史を感じる重厚な建物が広がっていた。


「え、もしかして屋上に着陸するの?」

「そうですよ。ようこそ、王立学院武術棟へ」


 飛行船は学院の一画の建物の真上で停止すると、徐々に高度を下げ始めた。

 ここが、アルミナが代表を務める武術棟というわけか。


 飛行船を下りると、すでに先生らしき人が俺たちを待っていた。

 ん?


「先生久しぶり~。やー、お元気そうで」


 そういって親しげに話しかけてきたのは、細身の中世的な女性だった。

 まるで歌劇団にいそうなイケメンで、フォーマルな仕事着をカッコよく着こなしている。


「あ、アルミナ?」

「覚えててくれてるんですか~。嬉しい限りやな~」

「いや、見違えたぞ。だって昔はもっとこう」


 みんなの輪にも入れない大人しい物静かな子だったのに。

 そう思わず言いかけたら、アルミナがグイっと顔を近づけてきた。


「昔の話はシークレットで。だって恥ずかしいやん」


 まつ毛の長い流し目でそう言われたら、反論のしようがない。


「アルミナ先生。大師匠の来校だというのに、先生しか出迎えがないというのはどういことでしょう」

「……ん~、さすがアルミナは気がつくなあ」

「確かに、言われてみれば変か」


 アルミナは苦笑いを浮かべて頬をポリポリ掻く。

 そもそも、飛行船が着陸したここは、いってみれば裏口じゃないか?本来なら、正門から入るのではないか。


「先生をだますかたちになったのは本当に申し訳ない。けれど、これは私ら英雄が決めたことで……」


 アルミナが事情を説明し始めた時、ここの屋上へと続く階段を駆け上がる音が聞こえて、誰かが上ってきた。


「ほぉーう、そちらがうわさに聞く大師匠とやらですかな。その評判に見合わず、凡庸な格好をしてらっしゃる」


 そいつは階段を上りきるなり俺に嫌味を飛ばしてきた。

 赤いローブを羽織ったおっさんだった。ローブにはけばけばしい勲章がいくつもつけられていて、腰には柄に宝玉が所狭しとはめ込まれた剣を携えている。


「グッドナイフ……」

「ん~?コニアくん、君はアルミナさんから言葉遣いを教えてもらっていないのかな?」

「……先生」


 大体わかった。

 世界中に偽物がいる俺を学院がおいそれと受け入れるはずがない。

 たとえ世界中で活躍している弟子たちが推薦したとしてもだ。

 そのうえで、アルミナと対立する派閥、例えば剣を担当する教師陣ならなおさらだ。


「……あいにく、動きづらい恰好はあまり好きじゃないもので」

「それにしては、田舎で暮らすのがお好きなようで。どうでしょう、私がこの学院を案内して差し上げるというのは?紹介したい優秀な生徒もおりますし、かつての教え子に担ぎ上げられてばかりも辛いでしょう」

「グッドナイフ先生。師匠は長旅でお疲れです。そういったことは私を通してからにして……」

「ふん!去年採用された新入りのくせに私に意見するのかね?ただでさえ、素性のしれない大師匠とやらを無理やりこの学院にねじ込んだんだ。お前の首はすでに切れているも同然だ」

「こちらのクロード先生こそ本物です!私たち英雄がそれを証明します!」

「いいよ。アルミナ」


 俺の前にすっと立ちふさがって肩を怒らせているアルミナをそっと脇にどかす。改めてグッドナイフと対峙する。


「その優秀な生徒とやらはどこで待ってる?」

「……なんのことです?」

「お前のお墨付きを俺がぶっ倒せばいいんだろう。シンプルなことを回りくどくするな」

「……弟子も弟子なら、師匠も師匠ですね……!守るしか能のない盾の分際で、いいでしょう!ついてきなさい!!」


 グッドナイフが案内したのは、学院のコロッセオだった。

 授業で模擬戦なんかをするときに使うそうだ。

 観客席はすでに生徒や先生で満席。


「みなさん、本日は貧しき盾クラスに新たな特別臨時講師がやってきましたよ。私たち貴族のコネクションがめあてでしょうから、みなで盛大に歓迎して差し上げましょう!!!」


 VIP席に座ったグッドナイフがわざわざ拡声器でそう演説すると、観衆たちが大いに沸いた。


 そのほとんど全員が俺に対して好意的な視線をしていない。

 そして最も俺に殺意を向けているのが対戦相手として待ち構えている剣士だった。


「先生、本当に申し訳ございません。ですが、もはや世間の先生に対する評価というのは、これが大多数で」

「要するに、俺が本当にお前らの先生だってことを証明すりゃいいんだろ。それくらいならやってやるさ」


 相手の有利なリングに上がるのは好きじゃないんだが、闘う場所を選んでちゃ師匠とは呼べないな。


「お前が盾のやつらに崇められている大師匠とやらだな。こんな貧相な身なりのやつだとは、予想を下回る体たらくだ」


 威勢のいい声でそう煽る男の身体は、よく鍛えられていた。日焼けして白目は真っ白、髪の毛は短くまとめて制服は派手に装飾されている。

 いかにも女好きそうな男だな。


「最近は、人を外見で判断する剣士が増えてるのか?」

「お前とお前の偽物が世界中にいるおかげで、アルミナが俺になびきやしねえ」


 なんか本音っぽい言葉が聞こえたが、観衆たちの大声にかき消される。


「「「やっちまえ!!レキ!!師匠だか何だか知らねえが、盾使いごときひねりつぶせ!!」」」


 観客席に座る輩をよく見てみれば、血気盛んな男が多いことに気づいた。


「なあ、剣科と盾科は仲が悪いのか?」

「はい。この学院では伝統的に剣クラスに貴族の男子が入門し、盾クラスに庶民の女子が入門することが多く、この学院では盾を持っていると見下されるのです」

「お前が全員ぶっ倒せばいいのに」

「そうしたいのはやまやまですが、あいにくあのグッドナイフも貴族の生まれで、この学院に多額の寄付をしているのです。それは生徒の親も同じこと。経営陣は彼らの顔色ばかり窺っている始末なのです」


 はあ…、と俺はため息をつく。

 なんというか、久しぶりにこういう世間のどろどろした流れの中に来てしまった。

 だが後悔はしていない。可愛い弟子たちのためだからな。


「おい!!てめえなに喋ってやがる!!さっさと闘いの準備をしねえか!!盾の一つも持たねえで!!!」

「ああ、出来てるよ」


 ポケットに手を突っ込みながら答えたのが良くなかったのか、俺の返事にコロシアム中が笑いに包まれた。


「そ、それで、準備が出来てるだあ!?ふざけてんじゃねえのかあいつ」

「今まで見てきた偽物の中で一番ひでえぜ」

「やっぱり大師匠だなんて呼ばれてるジジイにロクなやつはいねえな!!」


 笑っていないのは、アルミナとコニアと、コロッセオの隅で小さくなっている盾クラスの生徒たちだけだ。


「…これがこの学院のレベルです。どうか気分を害されないように」

「ん~、正確に言うと、先生のレベルが、だな」


 もうこれ以上ここにいるとコニアやアルミナの生徒たちが泣いてしまうだろうし、とっとと終わらせてくるか。


「……あの、アルミナ先生。正直、私もさっきの大師匠の発言がよくわかりません。武器も何も持たないで、準備が出来ているとは」

「一つには、先生の哲学として、よーいどんで始まる試合は試合。本当の闘いじゃないっていう考えがあって、達人たるもの寝ている時に敵に襲われても勝てなきゃいけない、そう考えて特訓をしてきた人だから、わざわざ試合の準備が出来ているかなんて聞かれるまでもない」

「なるほど……それであらゆる武芸をマスターされたというわけですね」

「最初はそうだったらしいんだけど、私たちを指導する頃にはその先を目指していた」


「ちょうどいいことに、ポケットに入れっぱなしにしていた。これで闘わせてもらう。反抗的な生徒の指導にはちょうどいいだろ」

「はぁ!!?」


 俺がポケットから取り出したのは、バンデージだ。

 稽古終わりにそのままポケットに入れっぱなしにしていた。

 誰かの


「てめえ……!ふざけんのもたいがいにしろ!!!」


 顔を真っ赤にして青筋立てたレキがロングソードを振りかぶり突進してきた。

 パワーと剣の質はいいが、いかんせん力任せだな。


「ほい」


 きいん

 っという金属音がコロッセオ中に響き渡って壁や天井に染み入った。


 一気に静かになったな。

 観客席もコニアも目の前の光景が信じられないらしい。

 視界の端に見えるグッドナイフも口をあんぐりと開けている。


「び、びくともしねえ……だと!?」


 レキが全力で振り下ろしたロングソードの一撃は、俺に当たることなく中空で止められていた。


「うそ……レキといえば学院一の剛剣の使い手。それをあんなもう捨てる寸前みたいなバンデージで止めるなんて」

「先生はなお一層進化しておられる。あの人にとっては身の回りすべてのものが武器だ」


 俺の魔力で強化されたバンデージがレキの剣を受け止めている。

 布の弾力を残してあるから正確には包み込むようにだ。

 だからどれだけ力を込めようと、その太刀筋は全部受け流される。


 レキが若い力に任せて何度も振るう剣を全てバンデージでいなしていく。

 両手で引っ張って伸ばしたバンデージで受けとめて、たまに鞭みたいにしてレキの目や耳を叩く。

 そのたびにレキはうんざりした嫌そうな顔をする。


 数分間ぐらいか。

 ついにレキの体力がなくなった。


「ぜぇ……はぁ……」

「降参するか?」

「誰が……盾野郎なんかに……!!」


 俺は自分を盾使いだなんて言った覚えないが、それはさておき、レキは最後に大技で賭けに出るようだ。

 俺から距離を取って脚に力を込める。

 なるほど。ダッシュジャンプして剣を両腕で振り下ろす。

 シンプルだが、お前の筋力でやれば一撃必殺だな。


 だが、隙が大きすぎる。

 なによりスピードが遅い。


「ほい」


 すれ違い様一閃。

 ジャンプして剣を振り上げる瞬間、レキの意識は目の前の敵からそれる。

 そこを狙った。


 空振りしたレキは首をとっさに押さえた。


「頸動脈……」

「動脈までは切らないように調節した。この試合で一番難しかったよ」

「…………なんだよ、それ」


 レキは襟が赤く染まっていくのも構わず、地面に膝をついた。

 

「最後の…一体何をしたのか見えませんでした……」


 アルミナたちのもとに戻った俺に、コニアが戸惑った声をあげる。


「どれが見えなかった?」

「……レキのダッシュ斬りは、あいつの脚力で生み出された凄まじいスピードが一番厄介。私たちの中では避けるなんて選択肢はなく、盾で受け止めるのが精いっぱい」

「レキはこの学年で一番強い子なんですよ。上下1学年ずつ合わせても5本の指には入るかな」

「ほぇ~……」


 あれが?と思わず言いそうになったのをこらえる。

 それいったらコニアが傷つきそうだし。


「す、すげえ……」「あのレキがまるで手も足も出なかった」

「「「も、もしかして本物の大師匠!!?」」」


 手のひらくるくるだな。

 今じゃコロッセオ中が俺のことを支持している。

 やれ「クロード先生」だの「レキを看護しろ」だの「私たちの立場が……」だのの声が響きあい、観衆たちは観客席を乗り越えてただただ騒ぎ出すわで収集がつかなくなってきた。


 そんな中グッドナイフが居心地悪そうにすごすご退散しようとしているが、素行の悪そうな生徒に捕まってしまった。


「おい!てめえもクロード先生と闘えよ!!」

「いつも俺たちにえらそうな口きいてたんだからできるよな!!」

「や、やめろ!お前たち!先生に何をする!!」

「お前なんか先生じゃねえよ!!俺はクロード先生のクラスに移るからな!」

「俺も!!」「私も!」


 もみくちゃ…というよりボコボコだなあれは。

 なんて眺めていたら俺の脇をコインがすさまじいスピードで飛んでいき、グッドナイフの後頭部に直撃。

 グッドナイフは気絶した。


「先生が騒ぎに加担してどうする」

「しーっ。一回あいつに一撃食らわしたかったですよ」

「アルミナ先生。アステミス地方の盾の偽物が動き出したようです」


 人ごみをかき分けて近づいてきた生徒がアルミナにそう囁く。

 そっち忘れてた。


 一昨日まで田舎の誰もいない道場で稽古していた俺だったのに、人生何が起こるかわからないな。

 俺は今日から王立学院の先生になった。

 そして王国中にいる俺の偽物を倒すこともしなくちゃならない。きっとアルミナみたいにかつての教え子たちが困っているんだろう。

 世の中、偽物が多いからな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 是非、連載版をお願いします。 他の弟子達や偽物達が気になります!!
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