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ある日覚醒した聖女の力、殺すしか能が無い!  作者: 村右衛門
第一章 夢を切り裂いた先の景色
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飛剣溶戦

 


切裂の権能を我が手に(詠唱完了)―――勇猛切裂!」


 起動言語は空気に置き去りにされる。


 言葉の響きが空気中に霧散するより先に、その響きごと大剣が空気を切った。


 風切り音がビョオと鼓膜を揺らす。大剣の切っ先はシリルたちに向かった。




「―――炎壁」




 お父様の詠唱短縮。


 瞬く間に振られた大剣が殺到するより更に早く、お父様の構築した炎の壁が顕現した。


 それは、大剣の柄の部分を残してすべてを溶かしてしまう。

 ダモニア王子の表情が驚きに歪んだのがよく分かった。


 大剣の柄が地面へと落ちる前に、魔力となって空気中に霧散する。

 その様子をダモニア王子とシリルたち使用人がポカンとした表情で見つめている。


 お父様だけがその顔に笑みを湛えていた。



「先程はその歪んだ魔力に警戒して大層な魔術結界を張りましたが……金属なのだから溶かしてしまえばいい。簡単なものです」

 そう言いながら、お父様は腕の一振りで先程の炎の壁を消した。


 その笑みに、余裕さを見せる笑みに、ダモニア王子が背筋を震わせた。



「何だというんだ……王国最強とは言っても、そんな………」



 そんなことを呟くダモニア王子に、私は思わず溜息を溢してしまいそうになる。


 王族だというのに、王国最強と謳われるお父様の実力を殆ど知らなかったのだろうか。

 お父様は、本物の王国最強の魔術師だ。その実力は疑いようのないものだ。


 それなのに、そのお父様の――スーディア・クラディエルの実力を疑うなど。



「それでは、交渉決裂ということですし、魔術戦ですか……」

 如何にも憂いている、という様子でお父様がはぁ、とため息をつく。しかし、その表情は喜びを示していた。研究結果が試せるかもしれない、と思っているのだろう。


 ほぼ、お父様が勝つことが決定しているというのに、戦う理由は全くない。

 ダモニア王子としても、意味なく消耗することは望んでいないだろう。



 ―――だというのに。



「大気よ燃えよ、魔素よ集え―――錬金魔方陣()


 ダモニア王子が魔方陣を構築する。足元から溢れ出ていた魔力の色はいつの間にやら紫から蒼へと変化していた。


 明らかな実力差を見せつけられたというのに、これほど真正面から向かって行こうとするとは、最早無謀だ。

 しかし、お父様がそのような心意気を持ってやってくるものを嫌うことがない、ということも私は知っていた。



「稲妻よ豪来し、来たるべき刻を宣言せよ―――」



「―――炎斧」



 魔術詠唱の最中だったダモニア王子をお父様の炎の斧が圧し潰し、斬った。


 基本的に、魔術には詠唱が必要で、そのためには少しの時間が必要だ。


 魔術師という職業について、これまでその非効率性が指摘されたことはなかった。詠唱という存在をいかに美化するか、という美学もまた、魔術師の一つの嗜みであるからだ。


 また、戦う相手もそのことを理解し、相手の美学を尊重することが、魔術戦における暗黙のルールであり、マナーだった。



 しかし、お父様はそれを完全に無視する。



 お父様は、マナーを学んでこなかったわけではない。クラディエル公爵である以上、これまでには王族と並ぶような英才教育を施され、そのすべてが脳内に収まっているだろう。


 しかし、お父様はそのマナーを意図的に無視した。


 先にマナーを違反し、急襲を仕掛けてきたのは、そっちだろう、と威圧するようにお父様はぎろりと視線を王子に向ける。


 決して、その眼差しは王族相手に向けるものであったとはいえないだろう。

 しかし、お父様はそれでこそだと思う。



「危なかった……、水属性の魔術を付与したこのローブを着ていたのが幸いしたか」


 ダモニア王子が、顔についた煤を払いながら立ち上がった。

 完全な無傷というわけではないのだろう。彼の足は少し震えている。手にも力が入らないのか、少し曲がった形のまま宙吊りになっていた。


 炎の熱を無効化するローブだったとしても、お父様の魔術は魔力の密度を受け止めることは出来ない。そもそも、お父様の魔術の密度をダモニア王子は知らないのだろう。


 お父様の魔術に込められる魔力の量は、常人の比にならない。その密度は、詠唱短縮の魔術でも大岩を砕くほどだ。私相手に今まで手加減されてきた威力など、お父様の指先程度の力でしかない。



 王国最強の魔術師の実力は、測ることに易くないのだ。



「少し実力を測り間違えていたようだ」

 ダモニア王子はどうにか立ち上がり、筋肉との神経が途切れていないことを手を閉じ開きしながら確かめる。


 虚勢を張るその姿はいとも滑稽だ。しかし、ダモニア王子はそれを自覚しているであろうに、未だ立ち上がる。


 王族なだけあって、精神力はかなりのものだ。

 お父様に挑んできている時点でかなりの度胸というか、無謀さは持っているとわかっていたが、お父様の魔術を受けてもまだ戦う意思があるというのは凄いものだ。



「まだやるおつもりですか……。まあ、終わりが来るまでお相手しましょう」

 お父様はそう言うと、魔力を構築し出す。



「燃え盛る炎よ、気を、空を焦がし、水にも屈さぬ強さを持て」



 ダモニア王子の表情が分かりやすく変わった。


 お父様の十八番、代名詞、神の力を奪いし御業。


 神をも従わせたその魔術は、お父様の実力を圧倒的なものに押し上げている要因である。


 お父様の実力を正しく理解していなかったダモニア王子も、この魔術のことは知っていたようだ。


 マルティアル王国における魔術戦で無敗を誇る魔術師が、相手に敗北を宣す時に行使する魔術。



 ダモニア王子はその荘厳さに防御結界を張ろうともしない。


 お父様の前に敗北を悟ってしまったのだろう。


 確かに、彼の気持ちもわからなくはない。


 お父様の背後には神々しい輝きを携える炎の斧と、それを両手に握り自分を見据える神がいるのだから。



 お父様は、ろくに防御結界を張ろうともせず、ただ諦念を表情に乗せただけのダモニア王子に目線を飛ばし、一瞥。



炎の権能を我が手に(詠唱完了)―――炎神揮斧」



 斧が一層に炎の勢いを増してダモニア王子に殺到する。


 烈火の炎は眩い光を伴い、振り下ろされるとともに、ダモニア王子の身体を蜃気楼で拉げさせた。


 炎の中で、ダモニア王子の断末魔が聞こえた気がしたが、あまりその内情は想像したくないので聞かなかった振りをする。



 お父様とて、王子を殺すつもりではない。

 魔術の練度は調整し、あの程度ならば丁度王子が気絶するほどだろうか。



 ――強きは弱きの為に(ノブレスオブリージュ)――



 お父様はその力の強大さゆえに、弱きに対する扱い方を心得て強制されるという立場にある。


 貴族はその力を領民の平和のために、強き者は弱き者への救済のためにその力を用いる。


 それが、強き者の独裁を防ぎ、秩序を保つための枷となっているのだ。



 加えて、貴族は()()()()()()()()

 貴族の中には殺傷性の高い魔術――私を筆頭とする――を扱う者も少なからずいる。


 それらの力を横暴のために貴族が使用することのないよう――これも秩序の為に――枷を掛ける必要があるのだ。


 であるから、貴族は人の命を奪うことを禁じられている。

 実際、私の件もその掟に抵触するところだった。



 それらの掟、秩序を守るための枷があるから、お父様は絶対に魔術で人を殺さない。


 王国を上げて催される魔術戦においても、国王自ら結界を張り、両者とギャラリーのいずれも無傷のまま事を終えられるよう工夫されている。


 そのような掟や枷によって自分が最終的に死なないまま帰されるという確証を得られているから、ダモニア王子はお父様の魔術に抵抗をしなかったのだろう。

 何にせよ痛いものは痛いというのに………。




「よし、全員拘束して一旦勾留室へ」

 お父様の号令で衛兵たちが動き出す。


 王子の権能によって幾らかの外傷を負ったはずだが、各々が治癒魔術によってほぼ完治している。

 人質として交渉材料にする必要があったからか、王子も手加減していたのだろう。



 はらりと辺りを見回してみる。


 中々なものだ。


 庭師が毎日手入れしている庭も、水やら雷やら炎やらでボロボロになっている。


 屋敷の内側から見ているだけが被害の本質ではない、と考えると恐ろしいものだ。



 しかし、これで一件落着だろう。



ご読了、ありがとうございます。

是非、面白かったところ、ネタバレに配慮しながら展開の考察など、感想欄にて送っていただけると力になります。

宣伝などしていただけると広報苦手な作者が泣いて喜びます。

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