急襲緊戦(後編)
ローブたちは一斉に包囲された。
蒼の光を足元に輝かせる使用人たち、槍の鋭い切っ先をギラリと見せる衛兵たち。
ローブたちが一歩、二歩と小さく後退るのが窓からも見えた。
「「「風よ、嵐となり四八方より迫り来て、水の在り方を変えよ」」」
使用人たちが一斉に詠唱を始めた。
クラディエル家ではこのような襲撃の際、どのように迎撃するかという手段がある程度決められている。包囲した時に最も効率的な殲滅を可能とする魔術についても、お父様が研究済みだ。
その魔術が、これだ。
「「「風の権能を我が手に―――風濫水撃」」」
その詠唱が終わると同時、幾つもの竜巻めいたものが顕現した。
ゴウンゴウンと水を巻き込んだ竜巻が突風を伴って勢いよくローブたちに迫る。
その勢いに目を剝き、咄嗟に簡易結界を張ろうと魔力を掻き集めるローブたちだが、遅い。
数の利もあって、風魔術は結界を破壊しながら突き進み続けた。
一つの勢いが削がれても、残り多くの魔術の勢いは落ちない。まさに、大嵐に押されて波の上がる高潮の如くだ。
「「「雷よ稲妻を轟かせよ」」」
続けざまに紡がれる詠唱を聞いて、私は苦笑を漏らす。
流石はお父様、というところだが、本当に容赦のない戦術構築だ。
しかし、効率の面で言えばこれほど素晴らしい連撃もない。
これまでの魔法史において魔術を掛け合わせて一つの魔術にすることはあっても、二つの魔術を連続して行使することによって何らかの効果を得る、と言った戦術は考案されてこなかった。
それも、魔術師が基本的に一人で戦う者、という固定概念があったからだろう。一人の魔力量では連撃するよりも一つの魔術に幾つかの効果を付与する方が効率的だからだ。
しかし、クラディエル家はそのお抱えの使用人全員が上級の魔術師だ。当主がスーディア・クラディエルという王国最強の魔術師ということも有り、全員の水準が圧倒的に高い。
そんなクラディエル家だからこそ行える魔法戦術。それが、お父様の戦術だった。
「「「雷の権能を我が手に―――轟雷」」」
実際、簡単な魔術だ。補助詠唱も付与していない、単純詠唱。しかし、それが複数人から同時に行使されれば、それだけ強大なものともなる。
加えて、自然の理として、水は電気を通しやすい。純粋な水は電気を通しにくいらしいが、今、ローブを覆う水の竜巻は風でかき混ぜられ、空気も混ざって純粋ではない。電気を非常に良く通すわけだ。
雷が轟いた。
稲妻がピカリと光り、数瞬遅れてゴガァァン、という雷轟音が響き渡る。
魔力が電流と化して水の竜巻のあちこちを駆け巡っているのが良く見えた。
想像したくもないが、今頃水泡と雷光で隠されている竜巻の中では、ローブたちが悶え苦しんでいるのだろう。
外部からの異常な量の電気信号に体中の筋肉が過剰に反応して、制御が聞かなくなっている頃だろうと考えると、お父様が敵でなくて本当に良かった、と心から思う。
「これで、粗方終わっただろう」
残忍とも形容できる戦術を考案した当の本人はこの、満面の笑みである。
お父様が戦術を考案しても、至って平和なクラディエル家ではお父様が出る幕はない。
そこで、お父様は研究と称して襲撃の時に使用人たちがどのように迎撃するのが効率的であるかについて考え、戦術を考案したわけだが、研究の成果を見ることが出来ていなかった。
やっと実験が成功したのを自らの目で見ることが出来て、ご満悦のようだ。
「……?」
途端に、お父様の表情が変わった。何かに気付いたが、それが何なのか分かりかねている、という感じだろうか。
「……っ! 炎よ、我が身を守る大壁となり、全てを焼き尽くせ」
お父様が突然詠唱を始めて、空気が変わった。
実験の成功を喜んでいた研究者の笑みは既に表情の下に隠れ、今は魔術師としての真剣な表情が表に出ている。
しかし、私はその表情の変化など、気にも留めていなかった。
―――お父様が、詠唱で結界魔術を張ろうとしている
お父様の詠唱短縮は、非常に高度で、上級魔術師が二属性の多属性詠唱で結界を張った時のものと差異のないレベルだと言われる。
だから、お父様が詠唱短縮を用いずに結界魔術を張ることは非常に稀有な例である。
それこそ、相手が極大魔術を放つときのような、緊急事態。
「空にその紅色輝かせ、風吹き荒らして広がれ」
空属性、風属性の補助詠唱も組み合わせて、お父様が詠唱を紡ぐ。
何かが迫っていることを察知しているのか、お父様の唇が真剣に早口で詠唱を紡いでいった。
その緊張感が、私にも伝わってくるようで、足が竦む。しかし、どうにか足全体の筋肉に力を入れて、その場に踏みとどまった。
「炎の権能を我が手に―――炎空嵐壁」
お父様の結界が張られるのが早いか、突然に目の前の窓が割れた。
破片がお父様の炎の結界に触れて一気に溶け、焼け焦げる。
ボトリ、と無感情に落ちたガラスの燃え残りを、お父様が自身の革靴で周りに燃え広がらないうちに潰して火消しをした。
―――あれは、ナイフ……?
ガラスが割れた瞬間、何かが見えたように感じた。
すぐにお父様の結界によって燃え尽きてしまったけれど、何かが飛んできたのは確かだった。
そして、お父様がその〝何か〟に明らかな危機感を感じていたことも。
「今のは何……だったんでしょう」
炎が近くにあるせいで、声が上手く出ない。
少々掠れている声でお父様に問い掛けるが、お父様からの返答はない。
お父様は、何かが飛んできた方向を見据えていた。次の攻撃に備えているのかもしれない。
「チトリス、ここは危険だ。屋根裏に避難しなさい。エミアールもそちらにいる」
お父様の表情が見たことのないものになっているのを見て、私はこれが非常事態であることを改めて認識した。
私はお父様が結界を解除した瞬間に部屋を出て、屋根裏部屋に急ぐ。
廊下の途中の窓から、外の様子が視界に入ってきた。
先ほどまで視界を遮っていた水泡と電撃の障壁は消え去っていた。
ローブたちが六人、地べたに転がっている。
電撃によって気絶したのだろう。
しかし、一人だけは依然としてその場に仁王立ちを続けていた。
そして、私は信じられないものを目にする。
―――足元に、濃紫の魔方陣……――!
体格からして男だろうか。ローブを纏ったその男の足元には、錬金魔方陣が構築されていた。
しかし、その色はどの魔方陣にも属さないはずの濃紫。
あの色を、あの錬金魔方陣を、私は覚えている。
〝絶死〟の権能の暴走時、私の記憶も曖昧で朧気だが、見た記憶がある。あの濃紫の魔方陣は魔属性の権能によるものだ。
私の記憶や知識だけがそう言っているのではない。本能が、感覚が彼と私は同類だ、と叫んでいる。
仲間意識とはまた違う。彼と私は何らかの形で邪な引力を感じている。
そして、同時に彼に対して私の脳が警鐘を鳴らしていた。
これは、危ない、と。
「魔よ、全てを裂き散らし―――」
彼の詠唱が始まった時、私はぞくりと背筋に冷たいものがあてられたように感じた。
背筋から首筋まで、剣がその切っ先を当てられたまま伝わってきているようだ。
彼の口が開く瞬間、獣が口を開けたときのように、牙が見えた気さえした。
「代償として其の剣を万物に振るい給え」
激しい憎悪、というよりは相手に打ち勝ちたい、という激情を感じる。
相手に対する劣等感とそれを否定したい、という自分の気持ちが鬩ぎ合っているような詠唱だ。
「絶えず悪の蔓延る世界に、潔い死を齎す斬撃を揮い給え」
感覚的なところで、そんなことを感じながら、私はただただ彼の詠唱を眺め続けている。
本当ならばすぐに窓から離れなければ危険だというのに。
屋根裏部屋へと急がなければならないのに。
それでも私の足が歩みを止めてしまっている。足の筋肉に指示を送っても、神経が途切れてしまったかのように一切動こうとしない。
「切裂の権能を我が手に―――勇猛切裂!」
その魔術は、一瞬にして使用人たち、衛兵たちの身体を切り裂いた―――。
Devil, slash all courage, and slash the sord to all as compensation.
Give to attack to always be bad world.
Give me ability of "rozsa" ---courage slash!
(ネットの力を借りた作者の拙い英語脳より引用「勇猛切裂の魔術構文」)