急襲緊戦(前編)
――魔属性の権能
そのように総称されるのは七つの権能で、どれも強大な魔術だということが分かった。
しかし、どうしても情報源が少なすぎる。
情報として信憑性が低いものであれば童話や伝説に幾らでも出てくるが、実際に研究文献などの本格的な書物にその名が出てくることは少なかった。
お父様によると、この王国において魔属性の権能については禁忌として避けられ、それについて書かれた文書についても禁書とされたそうだ。
それらの魔術が強大すぎるが故に、王国を危険にさらしかねない、と判断されたのだろう。
しかし、本当に情報が少ない。あの後も何度かお父様にクラディエル公爵家に伝わる本を見せてもらえないかと打診したが、答えが否から変わることはなかった。
「……せめて、〝絶死の聖女〟が何者か分かれば……」
無意識のうちに呟きが零れる。
私ははっとして周りを見回した。
侍女たちは夕食前の時間ということも有って、今は部屋から出払っている。
部屋の扉の外にクラディエル公爵家で雇っている衛兵がいるくらいだった。
私はほっ、と胸を撫で下ろす。魔属性の権能については、その凶悪性から王国の管理下に置かれている。自分がその権能の覚醒者だと露呈する、それだけで、私は自由を奪われる。
加えて、私の能力は残虐性と殺戮特化性の高さが魔属性の権能の中でも特に高いらしい。それならば、国の管理下に置かれるどころか処刑されることも有り得る、というのがお父様の考えだった。
そこで、私はお父様との話し合いによって現時点では誰にも魔属性のことについては口外せず、様子を見るということを決めた。
勿論、ただ身を潜めているつもりはない。この魔属性の権能の行き着く先を、私は見ないといけないのだから。
それが、〝絶死の聖女〟の願いなのだから。
絶死の権能に覚醒してから、幾度か〝絶死の聖女〟からの囁きを聞いてきた。
それは、私を揺り動かし、私の在り方を定めた。
そして、それは時に何も考えていないような無意識領域で囁き掛けてくるのだ。
その囁きはどこか無感情で、それでいて感情を捻りだそうとしているようにも取れるような、複雑な響きを纏っていた。
その囁きが、「私の、行く先を見ていて」と語りかけてくるのだ。
私、とは言っているものの、私にはそれが魔属性の権能全体を表しているように感じられた。だから、〝絶死の聖女〟の願いをかなえるために、私は魔属性の行く先、どのような結末を辿るのか、見届ける義務がある。
ただ、そのように覚悟を決めたはいいが、どうすればいいかは分からないのが現状だ。
高位の貴族の血を引く私も、未だ魔術学園にも通っていない令嬢である。
得られる情報源にも限りがあるし、そも、魔術について調べたい、となった時にどうすることが最優先かなども知らない。
何か、きっかけがあれば………。
―――ふとした時に、きっかけは現れる
ドガァァン!!
―――と、突然の爆轟に私は咄嗟に耳を塞ぐ。
そのまま、揺れるソファから放り落され、床に尻餅をついた。
痛がっている暇などなかった。
突然の爆音とこの揺れ。それに、爆発音に紛れてパラパラと瓦礫が零れ落ちるような音も聞こえる。
この邸宅が、一部だけでも、破壊されている―――!!
クラディエル公爵家とは、マルティアル王国でも有数の公爵家であり、王家に次ぐ強大な権力を持つ家柄である。その宿命か、様々な怨恨や羨望、嫉妬を一身に浴しているのも事実だ。
だからこそ、突然の襲撃に備え、本邸には結界が張られていた。
各代当主が施すもの、つまりは王国最強の魔術師であるスーディア・クラディエルお手製の代物である。
勿論、制御と維持のために最大練度の結界ではないだろうが、基本的な魔術は通さないはずだ。
それが、破られたのだろうか。いや、邸宅が破壊されているのだろうし、結界が突破されたと考えるのが妥当だ。
―――果たして一体、誰が……
お父様の結界を破壊できるとすれば、もう一つの公爵家の人間か、または王家の人間を筆頭とする一級魔術師くらいのものだ。
それか、魔属性の権能覚醒者―――。
揺れが収まってきたころを見計らって、私は窓に近付いた。
突然の爆風や攻撃にも注意しながら外の様子を覗う。明らかに不審な七人の影があった。
黒のローブを身に纏っている。ローブが風で翻る刹那に見える服には金色の装飾が施され、高価なものだというのが見ただけで分かった。
明らかに、一般人ではない。
「チトリス、無事か?」
衛兵を連れて、お父様が部屋に入ってきた。
既に臨戦態勢のようで、足元には錬金魔方陣の金色の輝きがある。
「私は無事です。でも、あれは………」
明らかに只者ではありません、と続けようとする私をお父様は手で制す。
「分かっている。しかもあの人数だ。だが―――、我々クラディエル家だって、普通という範疇に収まらないということはチトリスだって承知だろう」
自信を持ち、他人にも自信を伝播させるようなお父様の物言いに、私も力強く頷いた。
権力を持つからには、それだけの覚悟と実力がなければならない。
クラディエル家も、様々な競争相手がいた中で、その抜きん出ていた実力で伸し上がってきた。
「丁度良い機会だ。少し見学しようじゃないか」
お父様はそう言うと私の肩に手を添え―――、
「炎界―――」
詠唱無しで簡易魔術による結界を張った。
その中でお父様は肩の力を抜き、本当に見学の態勢に移る。
窓の外では丁度、クラディエル家の侍女長・シリルが接敵したところだった。
「申し訳ありませんが、訪問の際はアポイントメントをお取りください」
堂々と敵との間合いを詰めつつ、彼女はそのような台詞を飛ばす。
挑発と受け取ったのか、相対する黒のローブの足元に錬金魔方陣が構築された。小声で宣言を終わらせたのだろう。
魔素を一気に集めたことで、黒のローブが空気を叩く音を鳴らしながら翻った。
その様子を静淡とした表情で眺めつつも、彼女はまだ間合いを詰め続ける。
歩みを止めない彼女の足元に蒼の錬金魔方陣が顕現した。ローブたちとその練度は大きな差異の無いように感じられる。
「土よ爆ぜ、雷鳴の如く轟を響かせよ」
シリルの唇から、詠唱が紡がれる。
周りの土が、砂が、彼女の詠唱に呼応するようにして大きく揺れた。
「土の権能を我が手に―――土爆雷砲」
彼女とローブたちに挟まれていた土が一度に弾けた。
両者の間を取り持っていたものが崩れ去るようにして、大穴が出来上がる。
土が爆ぜたことで舞った砂煙が風に踊らされてこちらにまで飛んできた。土煙が私の眼の前で焦げた。
しかし、相手に傷がついたようには見えない。勿論、シリルにも傷はないが、今の衝撃に一切の無傷で耐えたということは彼方も何かしら簡易結界を張ったのだろう。
まあ、先程のシリルの魔術は彼女の癖のようなものだ。彼女なりに開戦の合図だったのだろう。そのためもあって、威力は調整されている。
魔術を得意とする彼女だが、力には自信がないらしい。そこで、直接戦闘を避けるために相手との間に大穴という隔たりを作る、という戦法を頻用していた。
「水よ流れ踊り、荒れ狂い舞う炎を打ち消し進め」
こちらからは見えないシリルの表情が歪んだように見えた。
宣戦布告の言葉も、挑発もないままに紡がれたローブの一人の詠唱。
二属性のみを用いた簡単な多属性詠唱だが、対極に位置する炎と水の属性で構成された魔術構文だ。明らかに魔力消費が大きい。圧倒的な魔力量がある証拠だった。
シリルや私の至っていない領域だろう。
「水の権能を我が手に―――水舞流炎」
魔力が集まり、流れる水の如く空気中を舞った。
それは突然に一つの束となり、うねりをもってシリルに殺到する。
「……っ……! 土よ壁となれ! 土の権能を我が手に―――土壁!」
咄嗟のことに驚き、動揺しながらもシリルは簡易結界を張る。
水の束はシリルの周りに生成された土の壁を抉りながら突き進んだが、途中でその勢いが削がれた。土壁は自分の視界も塞いでしまうという欠点があるが、相手の用いる魔術の属性によっては圧倒的な防御力を見せる。
これはシリルの判断力による勝利だろう。
「しかし、このままではシリル一人では苦戦を強いられそうですね」
力量差としてはローブ一人を相手取るのも難しいか否か、というところだ。
しかも、相手は七人。シリル一人で戦うには難しいという判断が妥当だった。
「そうかもしれないな。まあ、ここまでは茶番だ。こちらとしてもシリル一人に戦わせるつもりはない。……だが、私もいつでも参戦できるように準備はしておかねばならないか」
少しばかりの憂いを帯びた表情がお父様の顔に浮かび上がる。しかし、すぐにそれは消え去って表情の裏へと沈み込んだ。
あれから―――お父様の涙を見てから―――、お父様の人間らしい所にも目が行くようになってきた。
お父様だって、人間で、私と同じ弱さを持っている、と思うと何とも親近感が湧いた。
「さて、ここからはクラディエル家の総力戦だ」
お父様が大振りの手振りで窓の下を指し示すと、シリル以外の衛兵、侍女たち、使用人長など、クラディエル家の人間が集まっていた。
侍女たちを含む使用人たちは足元に錬金魔方陣の蒼や翠の輝きを携え、少し離れたところからローブたちを包囲している。その内側で、衛兵たちが各々、槍や剣と言った武器を携え、威嚇姿勢を見せていた。
完全に、包囲できたわけである。
Soil, explode out.
Become thunder and beat all.
Give me ability of "Soil"--- soil explosion as thunder.
(翻訳の力を借りた作者の拙い英語脳より引用「〝土爆雷砲〟の魔術構文」)