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ある日覚醒した聖女の力、殺すしか能が無い!  作者: 村右衛門
第一章 夢を切り裂いた先の景色
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魔権説解

 


 朝だけで色んなことがあったが、午後から、私とお父様どちらにも予定があった。


 しかし、早朝ならば二人とも予定が入っていないということで、明日の早朝、私の身に起こっていることを説明していただくこととなった。



 ―――私は、不安だ



 自分の身に何が起こっているのか、現時点では何とも分からない。


 それに、またもう一度、あの時のように私の権能が暴走すれば、と思うと恐ろしい。


 模擬戦場の無壊の結界が破壊されたのだ。お父様相手だったから大丈夫だったものの、他の人にその矛先が向かえば、今度こそ人の命を奪ってしまいかねない。


 このことは勿論、お父様に相談した。しかし、それについては心配することはない、と言われ、お父様の言葉の謎の安心感に流されて諦めざるを得なかった。




 ◇




「チトリスお嬢様、ファニーテル子爵がいらっしゃいました。ご準備を」

 侍女の言葉で、私は応接間へと急ぐ。


 私が廊下を進めば、カーペットが小さく沈み、音を吸い込んだ。


 侍女たちが控え、私の通る道を開けてくれる。


 昔から、それが当たり前のような環境で育ってきた。


 お父様の厳しい教育があったおかげで捻くれた性格には育っていないが、少し環境が違えば、横暴で傲慢な性格に育っていてもおかしくないほど、整いすぎた環境だった。



「失礼します、ファニーテル子爵様、ようこそいらっしゃいました」


 応接間の扉をノックして中に入る。


 既に応接間で寛いでいたであろうファニーテル子爵とその御子息がソファから立ち上がって礼をしてきたので私からも礼を返す。


 未だ貴族令嬢である私よりも子爵である彼の方が身分は上だが、こちらはクラディエル公爵家、加えて私はその本家当主の愛娘である。機嫌も取りたくなるというものだろう。



「本日はお時間をとっていただき、ありがとうございます、チトリス嬢」


「いえ、こちらこそ、ご足労に感謝します」


 表面的・形式的な挨拶を終え、二人にソファを勧める。


 私もローテーブルを挟んで二人の真正面に位置するソファに腰かけ、話を始める。



 基本的には、ファニーテル子爵家とクラディエル公爵家との繋がりを作っていきたい、という内容の話だった。


 直接言及はしていないが、子息を連れてきている、当主であるお父様ではなく私をご指名であることからも、両家の跡継ぎの婚姻を目的にしてきたのだろう。


 しかし、現時点で私は結婚願望もないし、ファニーテル子爵家とではお父様も政略結婚を考えるまでもないだろう。



「以前提案していた、商人の交流についてはどうでしょう。お互いの特産品を交換するようにして商売するのはお互いの領地での利益にもつながります」


 私は事前にお父様に伝えられていたように話を進めた。


 間違っても婚姻を、などと口にされないよう、その手の話から話題を逸らし続ける。


 相手もこちらの意図を汲み取ったのか、途中からはそのような話題を出すことを控え始めた。


 この調子ならば、ファニーテル子爵家とは良い関係を築いていけそうだ。



 それから小一時間ほど、ファニーテル子爵との会話は続いた。


 そして、次に来る時には商人の選別を終えておく、という確約を得て、今日の会合は終わりを告げた。

 なかなかの成果だったのではないだろうか。

 これで、婚姻などという方法を使わずともファニーテル子爵家とは繋がりが増え、こちらとしてもあちらの領地でのみ出来る作物などを得ることが出来るようになった。かなりの収穫だ。



「では、御機嫌よう」


「ええ、失礼いたします」

 形式上の挨拶も終え、私はファニーテル子爵及びその子息を見送った。


 侍女たちが邸宅の中に戻ろうとする一瞬の隙を見て背中をのけ反らして伸びをする。


 やはり、何度も他の貴族との会合を重ねてきたが、それでも緊張はするし、疲れもするものだ。

 相手が取り繕っていることが嫌でもわかってしまうし、自分も取り繕わねばならないのだから。


「今日は他に何も予定なかったわよね?」

 侍女に確認すると、私の専属侍女が手帳を開いて今日にはもう予定がない、と教えてくれた。


 後は、明日の早朝、お父様から色々と話を聞けるのを楽しみにしながら今日を過ごすことにしよう。




 ◇




「おはようございます、お父様」


 昨日の約束通り、私とお父様は使用人も目覚めていないような早朝に模擬戦場に来ていた。


 本邸の使用人と言えど、これから話されることは他言無用ということだ。

 今の時間帯ならば他に起きている人もいないのだから、誰にも話を聞かれる心配はない。



「ああ、おはよう。体調は大丈夫か? 権能の暴走などはないと思うが」


 お父様が心配してくれる。私は大丈夫です、とだけ返した。


「見ている限り、今は魔力も安定している。暴走したのは権能に本能的な魔力制御装置の処理が追いつけなかったからだろう。だから、思考の介入を待たずに行使してしまった」


 何やら難しい言葉を並べてお父様が説明してくれる。

 しかし、私はその言葉から昨日の出来事を思い出して少し胸が苦しくなるのを感じた。



「昨日のことは忘れなさい。現時点で、チトリスは誰にも害を加えていない。あれは偶発的な事故だった、と割り切ればいい」


 お父様はそう言ってくれる。私もそれに頷くわけだが、実際にそうやって割り切れるのか、と問われると首を横に振らざるを得ないだろう。


 あれは衝撃的過ぎる。どうやったとしても忘れる、というのは不可能なほどに。

 お父様も、その事は承知なのだろう。今も複雑な表情を浮かべておられる。



「まあ、昨日のことを完全に忘れるのは難しいかもしれないが、今は前に進むことだ。何も失わずに前に進むためにも、今は状況を把握するべきだ」


 そう言って、お父様は懐から一つの書物を取り出した。

 かなり古い本のようで、表紙も裏表紙も、文字が書いてあったのか否か判断できないほどには摩擦で擦り減っている。


「これは、クラディエル家に受け継がれてきた魔属性の権能についての本だ」

 お父様が軽い調子で説明するが、私はその言葉に驚きの表情を浮かべずにはいられなかった。


「魔属性の権能……!? 伝説などではないのですか」


 それは、このマルティアル王国に古くから伝わる伝承だとされている魔術だ。


 人類を二分する強大な魔術だとか、世界を滅ぼす禁呪だとか、その説明は様々で、その存在は今や伝説か何かのように思われ、信じているものの方が少なかった。


 しかし、私が〝絶死の聖女〟の権能だ、と認識しているものも、一般に認知されている魔術の中にはもちろん存在しないものだ。感覚的にそれを認知していた私だが、それが魔属性の権能だというのなら納得できる気もする。それだけ、強力で残虐性の高いものだから。



「ここに、チトリスの持つ権能についても書いてあった。―――ここだ」


 そう言って、お父様はページが破れないように気を付けながら、一枚一枚丁寧に捲り、目的のページを探し当てた。


 お父様によって指さされた部分に目を通してみるが、何やら古代文字で書かれているようで、私には読めない。


「ここでは、絶死の聖女の権能のことが〝絶死〟の権能と呼称されている。死は暫定的に過ぎないな。何やら、世界に存在するすべてのものを問答無用で魔力に還元する魔術のようだ。魔属性の権能の中でも残虐性の特に高い物のようだな」


 そう言って、お父様は本を閉じた。何やら、その本はクラディエル公爵家の代々当主が受け継いできたもので、今回が特例なだけで、基本的には当主以外が見ることを禁じられているらしい。


 しかし、お父様の説明を受けてこの権能の恐ろしさが改めて分かった。これは、酷い能力だ。

 残忍で、圧倒的な権能。覚醒構文には「神を騙り」とあるが、この権能は神を騙るどころか、神そのものの御業のようだ。


 これほどに恐ろしい魔術は、今までに見たことがない。


 何故、これほどの能力を私が―――。



「まあ、安心しなさい。持つ訳なく持つことなど有り得ない。それより、チトリスがこの権能を授かったことを嬉しく思った方がいい。残虐的な嗜好の持ち主がこの権能を持てば、この国は地獄と化していただろうからな」


 お父様にそう言ってもらって、少しだけ気持ちが軽くなる。

 そうだ。この権能を持ったからと言って、人を殺したことにはならない。


 何故かは分からないが、私がこの権能に選ばれたのだ。ならば、何かしら私がこの権能を用いてするべきことがあるのかもしれない。それならば、クラディエル公爵家の令嬢として、何もしないまま呆けていることなどできない。



 これからは気持ちを切り替えねば。



 私がこの最凶の権能を、世界に害を及ぼさないように使って見せる―――!

ご読了、ありがとうございます。

是非、面白かったところ、ネタバレに配慮しながら展開の考察など、感想欄にて送っていただけると力になります。


評価やいいね、といった機能もありますので、もし良ければお願いします。


5月21日(日)の午後九時、次話を投稿します。

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