姿見せるは因縁の守護者
「――私は、『聖女を信奉する者』」
「それは、何度も聞きました」
「何度だって、申し上げましょう。何せ、忠誠は誓えば誓うほどに強くなるのですから」
チトリスとフルグルカが相対する校舎内の一角。お互いを見据えながら、警戒態勢を取っていた。と言っても、このまま戦い、順当に結果を出すならば、チトリスはフルグルカに勝つことが出来ない。
戦い方の相性が悪いのだ。それも、チトリスからフルグルカに対して、その一方向に相性が悪い。
フルグルカの扱う古代魔術に対して、チトリスは殆ど知識を持たない。いや、恐らくは現代の魔術師の多くが知識を持たないだろう。
しかし、フルグルカの方は現代魔術をある程度理解しているはずだ。
「――分が悪い」
「流石は『聖女』様。自己分析が出来ていらっしゃる」
「その、『聖女』様というのは不服ですね」
チトリスとしても望んで自分の中に『聖女』を入れているわけではないのだ。それどころか、一部の例外的な状況以外では、その存在は邪魔にしかならない。
その存在を、まるで自分の本質であるかのように語られるのは、当然ながらチトリスにとって不愉快だった。そして、それを述べるのが目の前の男である、と言う事実も不快感を助長する。一度しか見たことが無く、今回相対するのが二度目となるこの男だが、既にチトリスはこの男が苦手で、嫌いだった。
「――それが何故かは、考えずとも」
「『聖女の器』たればこそ、その頭脳が明晰であるのもまた、当然のこと。歴史を揺るがすのはいつでも、知略と暴力だ」
「せめて、後者は排除されてもらいたいものですが」
「何を――暴力、破壊、そして生命の簒奪、そう言った概念の頂点に立つのが、貴女であるというのに」
本当に、この男の言い分は腹が立つ。
チトリスの本質は、『絶死の聖女』などではない。当然、暴力や破壊、生命の簒奪だといった、そう言った概念とも、本質は重ならない。ではどこにあるのか、と言えばチトリスは即答できないが。
それでも、チトリスは目の前の男の言い分を真っ向から否定したくてたまらなかった。何が何でも認めてはならない。この男の言い分だけは。
「――制圧します、出来ないとしても」
「勝算は、そちらにない。『聖女』様の本懐を顕出されれば、分かりませんが」
「こんな、醜い力を私の本懐として扱いたいわけもない」
当然、そんな意地を張り続けるのは難しい。どこかでは、やはり絶死の権能を扱う必要が生じるのだろう、と言うのはチトリスも思うところだ。しかし、それは最終手段であるべきで、簡単に使いたいもので無いのもまた、事実。
可能ならば一般魔術のみで削り切りたいが、それは不可能に近いだろう。せめて、他に仲間がいれば、とは思うが、それも叶わない希望であるというのは分かる。明らかに、異常事態なのだ。どこにいるかも分からない味方との合流は、不可能に近い。
――思ったよりも、状況が悪い
改めて、自分を取り囲む状況を理解してみれば、その状況の悪さに辟易してしまう。
何が何でも、ここで負けるわけにはいかないというのに。
「――ちっ、だから嫌だったんだ、こんな契約」
ふと、チトリスの背後から声が聞こえた。
その声は、恐らくフルグルカにとっても予想外のものらしく、フルグルカの表情も違和感に塗りつぶされる。そして、その表情は怪訝なものに変わった。現れた人物が、まさか想像もしていない風貌をしていたかのような。
それが視線誘導などではない、ということを確認してからチトリスは背後を見やる。
「――その、ローブ」
そこにいたのは、予想もしていなかった人影。先程まで、その姿を追っていたはずのローブの男だ。
恐らくはチトリスを監視し、何らかの企てを抱いているであろうと予想していた彼が、そこにはいた。そしてそのまま、そのローブを取り外す。
その時現れたその顔――、チトリスにとっても見覚えのあるそれが場を睥睨する。
「――これも、全て奴の掌中であろうが、その娘は聞かされていなかったか」
「――ダモニア、王子殿下」
クラディエル公爵家を襲撃したローブ集団の首魁であり、同時にこの国における権力の中枢を担う王族の一員。
ダモニア・マルティアル第二王子が、その場でまたも、周囲に睥睨の瞳を向けた。
◇
「――分離されての、個々撃破ですかっ……」
突然の転移と不可解な状況。しかし、なんだかんだでこういう時に冷静な状況把握が出来るのはニーチィの長所だった。
と言っても、状況は把握しつつ、だからこそ彼女は危機に瀕している、と言える。自分が置かれた状況と、恐らく果たさなければならないことを正しく把握したニーチィは、同時に自分の状況が非常に危ういのだと気づいてしまった。
敵の策略としては、主戦力を分離させ、それぞれを実力者が相手する、と言うものだろうと推測できる。つまり、今でこそ一人だが、ニーチィが相対すべき敵が現れるのは、時間の問題だろう。
そうなった時、ニーチィが果たすべきことはその敵の単体撃破だ。
「……一人で、敵をっ」
ニーチィは、自分が主戦力である生徒会役員の中で最弱だと、認識している。
それは何の謙虚でもなく、事実なのだと。だからこそ、自分一人で敵を制圧しなければならないであろう状況を考えると、何とも不安にならざるを得なかった。
しかし、ならば後ろを向くのか、と言えばそうではない。ニーチィには、やるべきことがある。それは、残念ながら後ろを向いたままでは成し遂げられないのだ。だから、ニーチィは前を向く。前を向いて、戦うしかないのだ。だから――、
「――儂は『聖女を信奉する者』」
その老獪の声が聞こえた瞬間、ニーチィは錬金魔方陣を展開していた。
姿勢を低くし、こちらの動きを窺う老人に、ニーチィはいつでも魔術を発動できる状況で同じく相手の動きを窺う。会話が成立するか、と少し考えるが、その耳を見て、ふと諦めた。
一目見て、何か違和感がある。顔の輪郭に、凹凸がないのだ。綺麗な楕円形、それは人体の構成上あり得ない形だった。何故なら、耳が楕円の輪郭からはみ出すから。老人には、その凹凸の原因たる耳そのものが、無かった。
「――制圧、しますっ」
図らずも、チトリスと同じような宣言を以てニーチィが手をかざす。
老獪が、同じく構えた。しかし、その狙いはそれぞれ違う。
「――水よ流れ、滔々たる流れのもとに広大な海を形作れ」
「――破聖・臥撃」
お互いの声が混じって、周囲の空気が一瞬にして変化する。それは、暗黙の開戦宣言だった。
「水の権能を我が手に――碧流」
自分を弱い、とそう定義しながらも、ニーチィの実力は確かに生徒会役員として申し分ない程度である。それは、彼女本人以外の誰もが認めている事実であった。
二節詠唱とはいえ、そんな彼女の放つ魔術だ。そう、弱い出力であるはずもなく。敵の淘汰と言う一点にのみ出力を調整されたその魔術、水流は、老獪の不気味な笑みを真正面から打ち抜く、その筈だった。
低い姿勢から、更に体の重心を落とし、ほぼ地面に臥すようにして構えた老獪の足が、予備動作なしに振るわれる。骨と皮だけなのではないか、とそう思わせるような老骨の足が宙を掻き乱し、それは周囲に波及して、ニーチィの魔術によって生み出された水流を、悉く乱れさせる。
「――儂は『聖女を信奉する者』」
ニーチィの技を完全に無力化して、初めにしたのと同じ宣言を、笑みを浮かべて老獪が述べる。それは、老いて呆けたかと笑えない、不気味さを孕んでいた。
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