学年をも超越するは破滅の聖女
――勝ち筋は、見えた
純粋に圧倒的な魔力を操り、それらを完全に制御して魔術として戦われては、チトリスにだって勝ち目はなかっただろう。それは、そのまま父であるスーディアを相手するも同然なのだから。
しかし、ミティはスーディアと等価でない。
その魔力の制御に関してみれば、その習熟度は意外に低い。だからこそ、チトリスにだって勝機が見えてくる。
「み、水よ流れ、滔々たる流れの元に……広大な海を形作れ――」
ミティの詠唱が始まる中、チトリスは闘技場内を縦横無尽に駆け、ミティの射線を一定にしないようにしつつ、考えを巡らせていた。
折角見つけた勝機だ。そこを打ち崩すようにして勝たなければならない。
しかし、ミティの大きな欠点である魔力制御の未習熟も、ある程度は魔力量でカバーできる。だからこそミティは王立魔術学園の上位層である生徒会役員になれているのだ。
(どこを、どう突くか……)
考えている間にも、ミティの詠唱は終わる。
すぐにでも、圧倒的な魔力量を基盤とした魔術が襲ってくる。
「み、水の権能を我が手に……っ、碧流――」
「――――っ!?」
魔力量が多ければ、それだけ魔術の規模も大きくなる。
それは、チトリスも当然のように理解していた。そして、ミティの魔力量が圧倒的なのだからその規模だって――と予想もしていた。大体このくらいだろうか、と見積もりもして……
しかし、そんな考えは甘かった。ミティの魔力量は、圧倒的すぎる。
「っ――風よ壁となれ、風の権能を我が手に――風壁」
闘技場を埋め尽くすような――闘技場全体を海に沈めたかのような、水量。
闘技場を囲うように張られた結界に阻まれて、球形に切り取られたそれは、闘技場全体を一つの水槽にしてしまいかねないほどのものだった。
チトリスは咄嗟に一節の防御魔術を発動、風で水を押し返そうとする。しかし、海を前にして風だけでそれらを退けるなど、神の使いでやっとの神業だ。一瞬にしてチトリスの風が押し負ける。
「――――っ」
次の一手のために詠唱をしている時間もない。
チトリスは、ミティの魔術――それも、二節の並列詠唱に圧し負ける形で、水に呑み込まれた。
勝敗が、決した――――かのように思えた。
「風よ……嵐となり四八方より迫り来て、水の在り方を変えよ――――っ」
「風の権能を我が手に――風濫水撃」
海の中で泡が生じて、波が生じて――その波濤は段々と大きくなり、一つの空洞と共に風となって現出した。海に呑まれながらも、チトリスが無理に詠唱した風魔術の発動。
魔術の詠唱は、完全な口頭詠唱である必要はない。それは、魔素に対する指令であり、或いは懇願だ。魔素に届くのであれば、実際に発声していなくとも、その声が水に掻き消されても、問題はない。
だからこそ、チトリスの声は魔素へと届く。
(ミティ先輩の、魔力制御が卓越していたら……無理だった)
肺に入りかけた水を咳き込みながら吐きだし、チトリスは肩で息をする。
今ちょうど発動した魔術――そのために必要だった魔素は、本来存在しないはずだった。魔素というものは大気中に存在するのであって、ミティの魔術によって水で埋め尽くされたチトリスの周りに、大気も魔素もあるはずはなかった。
しかし、そこで本来ないはずの魔素を引き出すのがチトリスだ。
そう、チトリスは本来既に魔術として用いられているはずの魔素を使った。ミティの圧倒的な魔力量は、その制御力が少々欠如していることによって、完全に使いこなされていない。その殆どを魔力にしつつも、魔術が魔力と魔素を纏っているような状況なのだ。だからこそ、その魔素を使った。
――魔術師同士の戦いにおいて、行われたことのない作戦
魔術師は、魔術を行使する以上、魔素から魔力へ、魔力から魔術へ、というプロセスを理解している。そのプロセスが、基本的に一方的であることも、理解している。だからこそ、その真逆を征くチトリスの方策は、基本的な魔術師に思いつけるようなもので無い。
全ては、特異点であることの証左だ。いや、その因果は、どちらへと矢印を向けているのだろうか。
「ぅ……これで終わりだったら、せ、生徒会役員じゃ……ない、です」
「――ふぅ……そうですね」
無意識にも挑発の言葉を掛けてくるミティに、チトリスは柔らかい笑みで返した。返される言葉は間違いなく肯定。チトリスも、ミティの言葉に納得していたから。
そして、ミティの言葉を肯定するからこそ、チトリスはその出力を引き上げる。生徒会役員としての矜持など、まだ持っていない。まだまだ、自覚も何もない。だからこそ――今ここで、作り上げ、育てるのだ。
「参りましょう――仕切り直しです」
「は、はい……二節詠唱で倒れられると……こ、困ります」
お互いの姿を改めて見据えて、二人は同時に詠唱を開始した。
魔素がさらに膨れ上がる。お互いの体を中心として渦を巻き、戦いの続行に歓喜するようにして、その動きは激化した。
同時に――チトリスは自らの中で叫ぶ『聖女』を押さえつける。戦え、私を使え、と。そう叫んでくる〝絶死の聖女〟の声を、聞こえないふりをして押し返す。
「吹き荒ぶ風よ、彼方より炎を纏い来て、空を朱く染め上げよ――」
「み、水よ空より現出し……い、岩をも砕く、刃となり迫れ――」
――そこで、二人の詠唱は終わらない。
本来ならば『風槍撃』と『波濤戟』として詠唱が終わるはずだった。しかし、二人は時を同じくして咄嗟かつ即興の詠唱改変へと乗り出した。多大なるリスクを伴うその選択を下せる魔術師は、そう多くない。しかし、彼女ら二人は何のためらいもなく、その判断を下した。
「――大いなる嵐は、空をも潰す!」
「――か、雷すら包括し……そ、その流路は空へと変わる……っ」
詠唱改変が果たされる。
同時に、魔素が形を作り出した。お互いの詠唱による指示に従い、魔術を形成する。
「風の権能を我が手に――風槍破撃!」
―――
「み、水の権能を我が手に……波濤空戟――っ」
空気中に、水分は多量に含まれる。それらの水分に干渉したミティの魔術――つまりは、自然に干渉する大魔術――が発動し、空気中の水分がまとまり刃となって形成された。
全ての水刃がチトリスへと射線を定め、チトリスを完全に包囲するようにして配置される。逃げ場のない、圧倒的な広範囲水魔術。普通の学生相手であればその三割を捌き切るのすら難しいであろうそれを前にして、チトリスの魔術もまた、発動する。
「――槍を構え、討て……!!」
叫ぶチトリスの言葉を聞いて、観客の一部が気付く。
魔術詠唱が終わっていたはずのチトリスが、改めて起動の言葉を送る――その方式。魔術を現実へと顕現させたうえで、意のままに操らんとする、その魔術。それは伝説となった男の編み出した戦略的魔術の一方式だった。
錬金魔方陣の金を以て発動した魔術ではない以上、伝説となったスーディアほどに顕現した魔術に対する強制力は持てない。しかし、発動タイミングを意図的にずらすことだけは辛うじてできた。
全ては、ミティの魔術が完全に顕現したうえで、自らの魔術を発動させるためだ。
顕現した水の刃。自然に干渉することによって生まれたそれは、圧倒的な魔素によって成り立っている。あたりの空気中に存在する魔素は、殆どが動員されているだろう。
だから、それらすべてを魔素ごとに吹き飛ばす!!
空間全てを圧殺せんとするほどの風の猛迫。それは周囲の水の刃を蹴散らして進み――しかしミティに決定打を与えるまでには至らず。
しかし、その時には状況が出来上がってしまっていた。
あたりの空気中に存在する魔素を殆ど使いきったミティは、魔術を使うまでに短い時間ではあるがクールタイムを必要とする。対して、魔力の制御を得意とするチトリスは少ない魔素でも、ある程度までは魔術を扱える。
「風よ、迫れ。風の権能を我が手に――風迫」
そうして、勝負はついた。
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