強者の内で明白たるは貧窮
天才の降臨。
それは、明白だった。明白が過ぎた。
魔素の動き方からして違う。自分たちを操ろうとしている魔術師の格を証明するが如く流を成し、龍となる。チトリスの周りに纏わりつきながらも品位を保つそれを、神威と見ずになんと見る。
最早神々しささえも醸し出すチトリスの威容に、生徒たちは黙してその姿を見守る以外に出来ることが無い。
「大気よ燃えよ、魔素よ集え―――錬金魔方陣」
その詠唱とともに形作られる圧倒的な蒼の波濤。
普段ならば見られたとして翠が限界のそれは、その神威を清らかに、ただ清廉な存在として飾り付ける程度の品位を保っていた。
貴族たちの中で、錬金魔方陣の<蒼>を顕現させられるのは三割程度。しかもその殆どが貴族家の当主である。令嬢であり、王立魔術学園に入学したばかり、という少女が簡単に行使できるものではない。それでも、チトリスは出来て当然と言わんばかりの視線を飛ばしながらその権限を成し遂げてしまう。
「風よ、嵐となり四八方より迫り来て、水の在り方を変えよ」
それは、広範囲魔術の代表格の一角である風魔術の中でも特に広範囲に威力をもたらす魔術。自然で最も広範囲にその圧倒的な攻撃性を振りまくであろう嵐の顕現。
それは単なる風の集合体ではない。それは単なる空気の移動などではない。そこにあるのは無作為かつ無秩序な大気の反乱。ただ暴威を揮う凶悪な天災だ。
「風の権能を我が手に―――風濫水撃」
その魔術が行使されて、生徒たちとミスタ・ベネザルの視線はその行使された先に向かった。
そして、声が漏れる。
―――どこに?
ふと現れたそんな疑問を、口に出す者はいなかった。しかし、誰もが感じたであろう疑問。
チトリスはその圧倒的広範囲魔術で指し示された池を狙うことなく、ほかの学年の授業をしている方向とは真逆の少し開けた場所を狙ったのである。
まさかとは思うが、かの〝無傷の女傑〟が魔術のコントロールを失念したわけではないだろう。魔術を扱うものならば誰もが持っている魔術のコントロール。それをよりにもよってチトリスが失念するなど、考えられない。
おかしい魔術の射線を見て、疑問の声を上げた生徒たちの目は、すぐに見開かれることとなる。
明らかに間違った方向に飛んだはずの魔術。しかし、それはチトリスの威容を更なる高みへと連れていくための行動であったのだと、そう理解するには少々時間を要した。
「―――すみません、範囲の指定には疎いもので、他の方々の迷惑にならないようにと場所と方向は考えたのですが」
そう言って、チトリスは池を狙うようにと言っていたミスタ・ベネザルに謝罪の意を示して頭を下げる。しかし、それすらも謙遜にしか聞こえない。否、謙遜が過ぎる。
先程のチトリスの魔術の射線上に、池は無かった。しかし、全く持って的はずれなところへ飛んでいったはずの火種は、池を覆い尽くすような旋風を以てその威容を確かに示したのだ。
「いや、いい。そのような問題ではない。これは……」
心なしかミスタ・ベネザルの声も震えている。
確かに、ミスタ・ベネザルはチトリスのある程度の実力を知っている。チトリスのクラスの授業を受け持つのは今日が初めてとはいえ、これまで入学式での選抜試合やメイミダスとの決闘などでその実力はある程度目にしてきたはずだ。それ以外でも、公式の魔術戦についてもミスタ・ベネザルは特別な用事がない限り試合会場に足を運んでいる。そこでも、何度かチトリスの姿を見た。
その実力は知っていたはずだ。
しかし、それが全てではなかったのだと、ミスタ・ベネザルは理解する。
「合格だ。一年でこれだけの魔術を行使できたのは数える程度だろう」
その、『凄い』という一言を超越する評価に対して、生徒たちはそれが当然だ、と思いつつも信じられないような気持であった。やはりは、クラディエル家。一般的な常識から大きく離れたような結果を残して当然と言わんばかりの圧倒的な実力だ。
………………
「ふむ、これで全員だな。どうだっただろうか―――自分の実力と他の者の実力。その理解に繋がったのであれば授業をした甲斐というものがある。これから魔術師を志す者も多いだろう。最終的には正確な定義における広範囲魔術を行使できなければ魔術師となるのは難しい。それぞれ、自分の劣るところを補うことを意識しなさい」
授業の終わり。
ミスタ・ベネザルが全員の評価を終え、広範囲魔術に関する簡単な講義も終わった。
号令をしてから生徒たちは校舎へと帰っていく。チトリスやニーチィ、メイミダスもまた同様だった。しかし、彼らが向かう場所はほかの生徒たちとは違う。
今日の授業は先程の広範囲魔術に関する授業が最後だ。そして、王立魔術学園では日終わりのホームルームは存在しない。つまり、今から放課後である。
放課後には、生徒会役員役職決定のための決闘がある。
それは、王立魔術学園の中で一つの行事となり、見学も自由で毎年多くの観客が集まるのだ。
また、見学するのは生徒たちだけではなく、教員も同様だ。先程授業を終えたばかりのミスタ・ベネザルもまた、決闘を見学するつもりにしていた。
「―――生徒会室までは三人揃っていきましょう? そのあとは、三人敵同士だけれど」
「そうですね、選抜試合以上に頑張りますっ」
「ええ、私も全力を尽くしましょう」
◇
「これで、全員集まったかしら?」
生徒会長・ヴェニータが生徒会室に集まった面々を一瞥しつつ、全員の出席を確認する。
流石は王立魔術学園生徒会室、というものだ。飾られる調度品は貴族の本邸に飾られると同程度の豪華さがあり、吊るされるシャンデリア一つとっても一級品だ。
そして、そこに集うが王立魔術学園の精鋭たちであるというのならば、その空間の豪華さも際立つというものだ。
「ここに集ったは生徒会役員選抜試合を勝ち抜いた者たち。役職決定に先んじて前生徒会長として生徒会へようこそ、歓迎するわ」
そう言って腕を開くヴェニータは、ただそれだけの身振りでその場にいる人々を魅了する。それだけの魅力が、ヴェニータにはあった。そして、それは魔術の才能とは別に授かった、天性の才だ。
「どうする? 一度自己紹介を終えてから決闘に移る? それとも役職名も併せて自己紹介、というのでもいいわ。特に決まりはないから」
そう言ってヴェニータは集まる生徒会役員の一人一人と視線を交錯させる。しかし、彼らの瞳は既に答えを決めていた。実力主義のマルティアル王国。その実力主義の権化たる王立魔術学園生徒会。であれば、勝ち取った役職とともに自らの誇りである名を宣するが最たる誉であろう。
ヴェニータも、そのことを理解したうえで、ただ黙する生徒たちの意図を汲み取る。
「では、決闘のために模擬戦場へと移動するわよ、既に観客の皆さんが集まっているはずだから」
ヴェニータはそう言いつつ、窓の外をちらりと一瞥する。そこにはいつもよりも人通りの多い通路があった。役職決定のための決闘の観戦のために招かれたか自ら見学を希望したかの人々である。その中には有力な貴族の代表なども含まれている。それこそ、スーディアも招待されているはずである。
「楽しみましょう? 折角の決闘よ」
そう言って笑うヴェニータの視線が、心なしか自分に向いているように感じて、チトリスはびくりと肩を跳ねさせた。その視線の意味が、チトリスには分かってしまう。
何故なのかはわからないが、ヴェニータはチトリスが絶死の権能の覚醒者であるということを知っている。そして、スーディアはなぜ彼女がそのことを知っているのかについて覚るところがありそうな様子を見せていた。
いつかは、自分もそのあたりの事情にも通ずる知識を得られるのだろうか、とは思ってはいるが、今の自分ではそのようなことを知るには早いのだろう、とも思っていた。
ヴェニータの言葉に明確な返事は返さず、黙して頷くだけで返す生徒たち。
しかし、その反応に満足げに頷いて、ヴェニータは先導のために生徒会室を出る。それに前生徒会役員が続き、更にチトリスやメイミダス、ニーチィが続いて最後のニーチィが静かに扉を閉じた。
✻
王国魔術学園の模擬戦場は、数多だ。
その一角であり、『覇阻の場』という特別な名を冠する模擬戦場がある。
一年に一回、生徒会役員の役職決定のために行われる決闘か、生徒会役員の立場をかけて一般生徒が挑む決闘、そのどちらかのみを行う特異な場所だ。
その場に、覇者が集った―――。




