弱者の内で明白たるは傑物
「ついに今日ですねっ」
そう言ってチトリスの前に姿を出し、軽やかにその声を転がすは小動物感あふれるニーチィである。チトリスはその小柄なシルエットや親しげに接してくるその態度から、ニーチィをいないはずの妹と重ねることが多々ある。
「ええ、生徒会役員役職決定会……遂に来たわね」
片や神聖さ漂わす金髪の美少女。
片や小動物感溢れるまたもや美少女。
歩けば男女問わずに誰もが二度や三度振り返るような二人だが、その話題は決闘についてである。具体的には、本日行われる予定の生徒会役員の役職を決めるために開催される決闘のことであった。
「やっぱり、ヴェニータ様が会長なんでしょうか……」
「そうね……あの方の使う魔術には勝てる未来が見えないわ」
「チトリス様もですかっ? なんだか、絶対に越えられない壁みたいな……次元が違うというか……何かが違いますよね」
「そうなのよね……、どこか既視感があるような気もするのだけれど」
そんな会話をしながら、チトリスとニーチィは教科書を抱えて次の授業を受けるために校庭へと向かっていた。次の授業は魔術の実技訓練である。しかも広範囲魔術の授業。どうしても室内では行い難いのだろう、
広範囲魔術といえば、代表的なのは風と水である。
広範囲に効果を及ぼす嵐を顕現させることのできる風魔術と圧倒的な物量で敵を拉げさせる水魔術。どちらも、広範囲魔術の代表格であり自然干渉の極点が存在する魔術でもあった。
なんにせよ、広範囲魔術の代表格をそれぞれ得意とするチトリスとニーチィは次の授業こそ本領を発揮できる、と意気込んでいた。
◇
「では、授業を始める。―――号令」
整列し、一声に頭を下げながら、チトリスはちらりと視線を横に流した。
一年生だけが校庭で授業を行っているわけではないらしい。ある程度の距離が離れていることもあり、何年生なのかは分からないが、広い校庭だからか、ほかの学年の授業も同時並行で行われているのだ。
「そもそも、広範囲魔術とは『一区画まとめて効果範囲に入れて行使する魔術』というように定義づけられている。一区画には一般的な家屋が十軒は入る。ひとまず、その定義に足らずともこの池を覆う程度の魔術を行使できれば一年では合格だ」
広範囲魔術を重点的に研究している教員であるミスタ・ベネザルがそう言いながら自分の後ろに広がる小さめの池を指し示した。あまり大きくない池だ。半径10メートルあるか否かというところだ。生徒はその池の大きさを見ながら自分の実力と相談する。
一年生の初めのころ。教員からの評価を手に入れるには最初から優秀だという印象をつけておかなければならない。しかし、勢いづいたままに失敗してはかえって評価を下げる。実力と相談しながら、見栄を張らずに出せる実力のすべてを出さなければならない。
「ここにいるものは皆が貴族の出。広範囲魔術についても学んでいるだろう。詠唱数は問わない。可能な限りの広範囲魔術を行使してみなさい」
そう言いながら、ミスタ・ベネザルが一人の生徒を指名する。順番に魔術を行使していくのだろう。一番に選ばれた女生徒は困惑しながらも前に出た。
チトリスとしてはクラスの人くらいは名前と顔を覚えておきたいと考えている。しかし、一人目から見たことがあるという記憶さえなかった。幸先の不安な人間関係構築である。
「大気よ燃えよ、魔素よ集え―――錬金魔方陣」
魔素が蠢き始める。正直言って、チトリスほどの強者から見れば稚拙も甚だしいレベルである。それでも、貴族の中ではこれで一度は合格サインの出されるレベル。上級貴族でもないであろうクラスメイト相手に批評を垂れるほどチトリスは幼い精神を持っていなかった。
「えっと……広範囲だから―――炎よ燃え広がり、その威容を掲げよ」
そこで、生徒の言葉が切られる。
チトリスなどの魔術戦ばかりを見ていては分からないことだが、魔術の行使には『溜め』がいる。
魔素を魔力に変換し、魔量を練り上げ、更に魔術を構築し、実際に行使する。
ここまでの工程を行うのに、少しばかり時間がかかるのが基本である。チトリスは当然の如く一瞬にして魔術の構築を終えるが、他にも生徒会役員の選抜候補になっていた者たちならば客観的な余白を見せずに魔術構築をすることが出来るだろう。
「炎の権能を我が手に―――炎々華」
全員の前に立たされて怯えるような女生徒の様相とは打って変わってその魔術の威力はある程度のものである。池を完全に覆う、とまでは至らなかったが、そのほとんどを覆い、上澄みを蒸発させるだけの威力。その中心にいれば軽い火傷では済まないだろう。
池にかぶさる形で花開いた炎の華。
煌々とその光をふんだんに吐き出しながらその華はその存在を失っていった。
その消失までを見終わって、ミスタ・ベネザルがふむ、と頷く。
「現時点であれば及第点だ。この程度が基準だな」
易しい評価であるとも言えない。しかし、否定はされていないことにひとまず評価を受けた女生徒はほっ、と胸を撫でおろした。
「では、次―――」
誰を指名するか、とミスタ・ベネザルは生徒たちのほうへと視線を飛ばす。―――と、ふとニーチィと視線が合った。かなりの序盤に生徒会役員という優秀な生徒を出していいものか、と悩むミスタ・ベネザルだが、視線が合ったのにそれを故意に逸らすというのも一つ失礼な話だ。
「では、ニーチィ・モルドレット、前へ」
諦めたようにしてニーチィの名前を呼ぶ。
「っはい」
少し上擦った声でニーチィが返事をして前へと進んだ。
正直言って、彼女は不安はなかった。完全ランダム――何なら視線が合った程度で選ばれて全員の前に立たされる、というのは不安だったが、それも今自分が選ばれたことによってこれより先に前に立たされることもなくなった。そして、そもそも広範囲魔術についてはニーチィも一切懸念を感じていなかった。
繰り返そう。広範囲魔術の代表格は水と風である。
そして、ニーチィの得意とするは圧倒的な物量を操る『水』。であれば、不安などあるわけもない。いつもやってきたことをただやるだけだ。
「大気よ燃えよ、魔素よ集え―――錬金魔方陣」
深翠に煌めきつつ、魔素が魔方陣を形作る。
魔素の流れはあまり大きくない。それどころか、殆ど空気中の魔素は動いていないのではないか、と錯覚させるほどだ。それほどに流麗な魔力操作―――まさに水流の如しである。
「水よ流れ、滔々たる流れの元に広大な海を形作れ」
選抜試合で用いたのと同じ魔術。
広範囲魔術でもあり、純粋な単純攻撃魔術としても利用できる汎用性の高い魔術である。しかも用いる詠唱属性は一つのみ。魔力量をあまり消費せずに起こせる魔術ということで、水魔術を得意とする魔術師が一つ目に放つ技としては有名なものである。
「水の権能を我が手に―――碧流」
瞬間だった。
どこからとも知れずに溢れんばかりの水が流れ来る。
それは一瞬にして池を覆い、更に未だ流れ足りない、と言わんばかりに周りに生えている木々を押し倒さん勢いで荒れ狂う流れを作り出した。
自分たちのところに来ないとも言えないその水の流れに、生徒たちの足が本能的な退散を選択する。一歩か二歩、誰もが後ずさった。
「流石は生徒会役員―――十二分に合格だ」
惜しみなくその評価を下し、ミスタ・ベネザルは満面の笑みである。
序盤から生徒会役員を出してよいものか、という不安があったものだが、生徒たちを見ている限りでは実力差に打ちのめされている様子はない。それどころか、克己に燃え、心の焔を燃やしている様子だ。
「では次は――――――」
そう言いつつ、ミスタ・ベネザルが次の生徒を指名する。
一人、二人、と魔術を行使していった。そして、その半数程度が池を覆う程度の広範囲魔術を行使できていた。これは王立魔術学園としてもかなり高い水準である。
そして―――、残ったのはチトリスとメイミダスである。
序盤のほうに偶然視線が合ったことで魔術の見本を見せるために前に出されたニーチィと違い、二人は生徒会役員であるという理由もあって残されていた。
特にチトリスなどは新入生の中の特異点と呼ばれるほどの実力を誇る。本来なら最後まで置いておくどころか特別枠として持ってきたほうがいいのではないだろうか、と考えてしまうほどであった。
そして、メイミダスはそのチトリスとほぼ互角のような決闘を行ったことで大いに名を挙げた傑物だ。チトリスという圧倒的な強者に戦いを挑んだその心意気もさることながら、実際に実力で拮抗までは至らずとも持ちうる全てで喰らいつき、長く戦い続けた実力はミスタ・ベネザルも観客の一人として目にしていた。
その二人が、最後に残る。
全員の期待が二人の背中に重くのしかかった。しかし、二人ともがそんなことを気にしないようにどちらが先に魔術を行使するのか、と気にしていた。
「では、メイミダス・コーディアヌス、前へ」
「はい―――お先に失礼します」
チトリスに向き直り、小さく一礼してからメイミダスは前へと歩みを進める。
わざわざチトリスに向き直るあたり、律儀なものだ、と思う。しかし、メイミダスは純粋な律義さだけでは表現できないほどにチトリスに対しては明らかな敬意を示していた。
それは圧倒的な強者に向けられるべき敬意であり、戦うものであれば誰もが抱く憧憬と畏怖である。
「大気よ燃えよ、魔素よ集え―――錬金魔方陣」
短く詠唱を済ませたメイミダスの足元に、ニーチィのものと同じ翠の輝きがあった。
一年生の中でその錬金魔方陣を顕現できたのは三割に満たないほどの上澄み。そして、その錬金魔方陣でも実際の魔術の実力は一から十まで範囲広い。メイミダスは間違いなくその中の最高点であった。
「雷よ、空を駆け巡り、風に紛れて水に堕ちよ」
本来ならば一本の稲妻を走らすのが雷であり、雷属性はどうしても広範囲魔術には向かない。しかし、そんな中でメイミダスが選択したのはこの魔術である。
普段なら早撃ちを重視して詠唱数の短いものを選択するメイミダスだが、今自分に求められているものを理解したうえで、この魔術が最適だと判断した。
「雷の権能を我が手に―――雷空破風」
メイミダスの選択―――最良のそれが池へと大打撃を与えるべく、空を駆け巡った。
電気の迸る速度というのは測りえない。どれだけ長く電導物質を連ねても、電圧をかければ一瞬にしてその距離を走破してしまう。これは電導物質に含まれる原子単位の話になるのだが、メイミダスはそのことをすべて理解したうえで雷魔術を行使しているわけではない。
知らないから魔術に陰りが生まれる、ということはない。これは錬金魔方陣の特徴でもある。
「雷魔術でここまでの広範囲魔術は素晴らしい、流石だ」
雷の鳴り響く圧倒的な轟音。
それらに鼓膜を打たれながらその威容を見ていたミスタ・ベネザルだが、やっと雷雲が消え去り、鼓膜を打つ雷鳴も過ぎ去ってから評価を下す。
広範囲魔術には適さないはずの雷魔術での圧倒的な広範囲魔術。優しい評価を下すことは少ないミスタ・ベネザルではあったが、メイミダスに対してはかなりの高評価である。そして、メイミダスの魔術にはそれだけの価値があった。
流石の一言に尽きる。
「では最後、チトリス・クラディエル―――」
そう名を呼ばれて、チトリスがトリを務めるべく前へと出る。
クラスメイトからの羨望と憧憬の瞳を背負いつつ、しかし彼女自身はクラスメイトの名前と顔を一割も覚えられなかったという悔しさを抱えつつ。
〝無傷の女傑〟チトリス・クラディエル。
その二つ名を得た彼女が―――天才が、特異点が、降臨する。
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