――憧憬――
1000PV突破ということで、ニーチィの過去話になります。
ここまで読んでくださった皆さんには感謝しかありません。ぜひ、これより先も読んでいただければと思います。
目標を順番に叶えていく、ということで次は5000PVで特別話を書こうと思います。
◇
マルティアル王国の貴族の令嬢や令息は必ず一度は公式の魔術戦に出場する。
国王や有力な貴族、優秀な魔術師が集い、将来有望な若人に目をつけるために行われる公式の魔術戦。特に一年に一度行われ、優勝者に何らかの称号が与えられる〝御前試合〟を含むそれは成人していないすべての貴族に出場権がある。もっとも大規模なものでは、長くて三日続くそのイベントは、実力主義のマルティアル王国における重要なイベントの一つであった。
そこに、ニーチィ・モルドレッドもまた、モルドレッド侯爵家の代表として出場していた。
まだ7歳と幼いニーチィだが、この程度の年齢で出場する者も少なくはない。モルドレッド侯爵家はニーチィ以外の子供が生まれていないこともあり、魔術戦におけるモルドレッド侯爵家の名を知らしめるためにもニーチィが早々に出場する必要があったのだ。
「いけるかい、ニーチィ?」
「は、はい、お父様」
試合会場に向かう馬車の中、ニーチィとその父ミスティが会話している。
ニーチィはまだ幼い。それなのにも関わらずこのように魔術戦という公の立場に無理やり立たせるのはミスティ自身申し訳ない、という考えもある。しかし、普段から人を避けようとするニーチィの人見知りをどうにか直したい、という考えから一度は大勢の人の前に出してみてもいいのでは、という考え方もあった。
水魔術を一族相伝で極めてきたモルドレッド侯爵家は誰もが水魔術に長けている。魔術の属性との相性は遺伝によるものではない、という研究があるが、モルドレッド侯爵家は完全にその論理における異端であった。
モルドレッド侯爵家は、完全に水ばかりを極めている。だからこそその家紋には川の流れを表す文様を用い、公式の場で用いる正装は水色をベーシックカラーとしている。
このような一家に生まれて、ニーチィも同様に水魔術を極めた。
ニーチィはどうしても人見知りで、自分に自信が持てない。
しかし、その実力は確かなものだった。水魔術を的確かつ合理的に操り、弱冠七歳にして一般的な貴族の合格ラインである錬金魔方陣<紅>を超えた<翠>を発現させた。
初めて錬金魔方陣<翠>を発現させた時の両親の表情はよく覚えている。常に自信のないニーチィが少しは自分も認められた、と自覚できたほどである。
「頑張れ、ニーチィ。優勝出来れば今晩は御馳走だ。ちなみに、優勝でなくとも御馳走だ。だってそうだろう!? かわいい一人娘の初陣なのだからっ!!」
その空間にはニーチィしかいないというのに、誰かを説得するように、あるいは誰かに自慢するかのような口調でミスティは声を上げる。
ミスティだけではない。ニーチィの両親は『こんな感じ』であった。正直言って、二人は貴族らしい性格をしているわけではない。当たり前のように溢れんばかりの愛情をニーチィに注ぎ、かわいい一人娘だ、と言ってはしゃぐ。最早子供より元気な両親だ。
「おっ、到着したようだ。ニーチィ、寒くないか?」
「だ、大丈夫です……」
「けれど、声が震えているぞ? 体を冷やしてはいけない」
「い、いえ、緊張ですので……」
「成程―――安心しなさい、どんな結果であっても私たちは責めたりはしない。というより、ニーチィは自分で思っているより強く、可愛いしとても可愛いのだから、堂々としていればいいのだ」
可愛いことは魔術戦においては全く意味がないのではないか、とは思ったが、そんな不思議な論を展開する父親の様子がいつもと変わらないことに安心している自分がいることにもニーチィ自身気づいていた。
王国が建設したアリーナが見える。
自分はこれから、そこで魔術戦をしなければならないのだ、とニーチィは改めて感覚を切り替えた。魔術戦をするときのための思考。魔術戦をするときのための動き方。全てを吸い取って全てを打倒のために用いる。全てを搾り取るための魔術。
ミスティにとって、そして今は家で果報を待つ母キャスティにとって、ニーチィは天才だ。
―――その可愛さは天才的で、
―――その魔術の練度は天才的で、
―――やはりは可愛さが天才的で。
だからこそ、彼女の優勝を信じて疑わない、というわけでもないが、ニーチィを可愛がる準備だけは何時でも万端である両親だった。
「では、ここからはニーチィ一人だ。大丈夫、騎士の一人がついて案内と護衛をしてくれるからね」
「お父様、お父様の顔にだくだくと流れる涙が大丈夫ではありません」
「いやぁ、そりゃ可愛い娘との別れだもの……涙の一つや二つ流れるさ」
「いえ、一つや二つじゃありません……」
そんな会話を済ませ、騎士に案内されるニーチィは試合に参加する選手たちの控室へと向かった。
部屋に入れば、数人の選手がすでに準備を始めている。ニーチィもその中で準備をするべく、座るところを探した。適当な椅子を見つけて座るニーチィだが、ほぼ無意識のうちに人の少ない部分の椅子を選んでいることに我ながら辟易してしまう。
両親は自分がもう少し社交的になるよう願っている。そのことはニーチィも理解していた。だからこそ、求められるように自分を変えられたら、と思うこともあるのだが、どうしても社交的な性格に帰るというのばかりは難しかった。
「ニーチィ様、何かお手伝いいたしましょうか?」
ニーチィにつけられた騎士である青年が部屋に入って椅子に座ってから一切動こうとしないニーチィを気遣ってか、膝をついて目線を合わせながら声をかけた。
ニーチィは突然かけられた声に小さく悲鳴を上げそうになってどうにか口を噤んでそれを抑える。知らない人に声をかけられてすぐに悲鳴を上げているのでは社交力を上げるという目標も達成できるものではない。
「い、いえ、大丈夫です。お気遣いありがとう」
頑張って発言したとしてもこうして声が震え、拙く喉を過ぎる。
こういうところもやはり社交性を著しく下げている部分なのだろうと自覚しつつもどうしても改善できない。本当に仲良くなれる人でもできれば、少しは治るのかもしれないが、侯爵家という比較的高位に属する貴族の令嬢であるニーチィが安易に友人を選べないというのも事実だった。
愛娘であるニーチィの頼みならばほとんど断らない両親だが、それでも侯爵家の当主とその妻。人の打算的な一面を理解し、娘に危害を加えないという確証が得られないのであれば排除する、ということもしてきた。それは確かにニーチィを守る行動でありながら、ニーチィの社交性を押しとどめていた要因でもある。
「緊張しておられるのですか? いや、焦燥……不安と感情の二面性……いや、違うか?」
気遣いの言葉を紡ぎながら呟きへと落ちていく騎士の言葉に、ニーチィはどのように言葉を返せばよいのかと戸惑った。
社交性さえあれば自分もよい返答ができたのやもしれない、とは思いつつ、戸惑いの瞳で騎士を見る。ニーチィに対して話しかけてきた騎士自体が彼で初めてだが、ましてや独り言を交えてくるなんて予想すらできていなかった。
「え、えっと……?」
「あ、これは失礼しました。幼少の頃から正直者と言われて育ったもので」
「そ、そうなんです……ね?」
それはまさか皮肉だったりするのではなかろうかと思ったニーチィだが、そんな失礼なことは言うまい、と口を噤む。
「正直者の私―――騎士・アルシュが申しますに、何かに縛られた生活ほど苦しいものはないかと。どのような変化もふとした時、ただ感情の赴くままに事を行った時にこそ訪れるものです」
「そ、それはつまり……その時が来るまで待て、と?」
「いえ、そういうわけでもありません。私は口は正直だが顔は何も語らぬと言われますが、口が語らず、顔も語らぬ時、一切を思考から排しているわけではないのです。そして、感情は誰もが常に持つもの。であれば、〝その時〟などというのは常に人の傍にあるのです―――と、騎士・アルシュの稚拙なる考えにございました」
「――――――」
初めて会い、初めて会話した騎士・アルシュ。
しかし、それでいて彼の言葉はニーチィの思考に深く沈みこんだ。陳腐な言葉を借りるなら、その心に響いたのである。
両親が自分を縛っていたとは考えたくないニーチィだが、実際そうではないだろう、と確信していた。両親はどのような自分をも愛してくれるはずだし、実際に愛してくれている。それに甘えすぎるのもよくないとは思うが、逆に甘えなさすぎるせいで自分で自分を縛っていたのかもしれない。
社交的にならなければならない、と思うのではいけない。変化の時を待つのでもいけない。ただ、変化の時を自らの感情に赴いて作り出すのだ。
「―――何も、深く考えずいればよいのです。騎士・アルシュの言葉など、熟考熟慮に値するものではありません。ただ、思考の片隅、どこかに置いていただければ、人間の記憶はそう容易く捨てられるものではないのです」
謙遜しているのか、そのように言葉を紡ぐアルシュの瞳は優しげだった。
幼い子供に言い聞かせるかのような優しい声音。それだけでどこか安心している自分がいるのだと、ニーチィも理解している。
「―――そろそろであるようです。ご準備を」
礼を言うべきか、何たるか、と悩むニーチィだったが、先手を打たれるかのようにしてアルシュがそう言って準備を促す。ふと周りを見れば、選手の数が減っていた。既に試合は始まっているのだ。
「ええ、ありがとう―――アルシュ様」
「お止めください、わたくしは騎士・アルシュ。『アルシュ様』という名は持ち合わせておりません」
やっと礼を言えた、と思ったニーチィだが、アルシュは口元を緩めてそういうだけであった。
アルシュは特段社交性が高い人間である、というわけでもないと思う。しかし、この心を溶かす優しい声音は何なのだろう。
「―――では、行ってきます」
「ええ、微力ながら応援いたしております。ですが―――、」
そこでアルシュは言葉を切る。
これを言っていいのか、と戸惑っている。または、自分の述べようとしていることに確証がないかのようで躊躇している素振りだった。不信感は感じながらも、アルシュの言葉であれば受け止めよう、と思ってしまうニーチィの心は何なのだろうか。
「ですが、貴方は確かに強い。私も騎士として腕は立たずとも二つの腕は確かに持っております。そのわたくし、ただいま武者震えに震えておりますよ」
「――――――」
アルシュから言われた、予想外の言葉にニーチィの口が止まる。
どんな言葉が来ても受け入れよう、受け止めようと思っていたニーチィだが、ふと思考が停止したかのような硬直感に襲われる。
確かに、ニーチィは強い。しかし、アルシュは若く見積もったとして10は歳が離れていよう。騎士として鍛錬に身を投じてもいるアルシュが武者震いをするほどの強さがあるか、と問われれば明確な答えはしにくい。実際、二人で戦えばアルシュが勝利する未来が見える。
「そんなことは、ありませんよ……貴方は確かに強い。それだけは揺るぎません。ですから、どうか良い結果を期待する浅薄たる私をお許しいただきたい」
ニーチィの心をまるで読んだかのような言葉。
アルシュは、今何を見ているのだろうか。
マルティアル王国における騎士という存在は、一般的な概念とは一線を画す異端だ。
ただ単に剣の鍛錬に身を、そして人生を投じたものが騎士と呼ばれるのではない。
ただ単に何者かを護らんとする剣となれば騎士と呼ばれるのではない。
マルティアル王国における騎士は、何らかの不思議な力を持っている。
魔術が定型化されているこの国で、不思議な力といっても皮肉なものではあるが、実際そうとしか言いようがないのである。
騎士たちは、その『騎士』という役職を手に入れた時に摩訶不思議な力を手にするのだ。
それは騎士一人一人によって違い、人によっては世界を救う力であり、人によっては人を操る力であるという。その力に関連する噂は絶えず、騎士は特別視されてきた。
その騎士であるアルシュがまた、どのような力を持っているかはニーチィも知らない。しかし、それが心を読む力などであったとしてもニーチィは驚かないだろう。
それほどに、先程の言葉はニーチィの心を覗いたのか、と問いたくなる言葉かけであった。
「―――頑張ってくるわ」
子供らしく、年相応にそう言って笑って、その笑みに疑問を隠したニーチィは部屋を後にする。
騎士・アルシュはその姿を送り出すようにしながら気配を隠してその後に続いた。護衛はまだ終わっていない。
―――結果として。
ニーチィはアルシュの期待した通りに連戦連勝の快挙を見せた。
応援のための観客席には今にも周りに大声で自慢したい、とうずうずとした表情で示す自分の父親がいる。その父親をある意味誇らしげに感じながらも、ニーチィは順調に勝ち進んだ。
ある種のゾーンというやつなのだろう。
ニーチィはその場で何をするべきか、どの魔術を行使するべきか、その全てがわかった。
何もかもが目に見えてわかったし、感覚でも分かった。そうなれば、勝ち筋が見えて、その瞬間にニーチィの勝利は確定していた。
「連戦連勝、無謬無敗の快挙も止まるところ知らず―――、おっと、武者震いが止まらない」
ニーチィの活躍を、観客席の一角―――特別に用意されているそこでアルシュは見ていた。
そして、震えの止まらない膝を抑えながら、小さく呟きを零す。
しかし、試合の現状を見ながら、ニーチィの快進撃も残念なことにそろそろ終了するのだろう、と冷静に推測してもいた。次の試合の相手は、かの有名な〝最強の娘〟なのだから。
ニーチィと同年代であるはずの彼女――チトリスの強さは、常軌を逸していた。
ニーチィが幼いながらに連戦連勝を貫く中、彼女でさえいくつか魔術を受けつつのぎりぎりの戦いを繰り広げたというのに、チトリスはその全てを無傷のままに通過していたのである。
試合相手には年上も大勢いた。その中で勝ち進めたニーチィを称賛するのであれば、チトリスには賛美が与えられるべきであろう。圧倒的な二人。その激突は目前だった。
勿論、二人が勝ち進めたのにはいくつかの偶然が重なったという幸運があった。
一つに、本日の魔術戦にはヴェニータがいなかった。
ほかにも、年上の圧倒的な強者は参加していなかった。それが彼女らの勝ち進めた大きな要因であると言って過言ではないだろう。何があろうと、彼女らの強さは揺らがないが。
―――そして、七歳の幼い強者が激突する。
その差は歴然だった。
チトリスがニーチィを圧倒的な力量で叩き潰した。
それは、ニーチィにも全く理解できない速度で行われた蹂躙であり、過ぎ去った天災だった。
瞬く間に行われた勝利のための作業。それは、いつしかチトリスの勝利を確定させていたのである。
「――――――」
声が、出なかった。
社交性云々の話ではない。その七歳であるというのに美しささえも湛えるその姿に、言葉をかけること自体が無粋であった。
憧れた。憧憬の対象となった。敬愛の象徴だった。ただ、その姿に近づきたかった。
それでも、声は出てこなかった。
ニーチィは無言のまま、同じく言葉を話さずアリーナを去るチトリスの背中を見ていた。
どうすれば、彼女に近づけるのであろうか。
七歳という幼さでありながら、既に彼我の実力差を理解できてしまうニーチィは、そのように考えた。しかし、全く何も方策が見当たらなかった。
―――ただ、近づくことすら認められないのか
ニーチィの、悔しさにも似た感情が溢れる。
彼女もまた、静かにアリーナを去った。影の差す通路に入れば、そこには既にアルシュが待機していた。先程までは観客席にいたはずなのに、いつの間に移動していたのだろうか。
「―――あ」
「お待ちしておりましたよ、ニーチィ様。騎士・アルシュ、貴方の帰りを心待ちに」
おどけたような口調をするアルシュに、ニーチィは先程までの悔しさがどこかへと消えたような気すらした。
でも、その悔しさという碧い焔は消えたわけではない。
ニーチィは、その後積極的に魔術戦に参加するようになる。
その全てで連戦連勝するような快挙を成し遂げられたわけではない。しかし、彼女はただ、あの日見た美しい神聖な少女を探していたのだ。
こうして魔術戦を渡り歩けば、どこかで会えるかもしれない、と思っていた。
しかし、チトリスはその一回以外で魔術戦に参加することが殆どなかった。
結果として、ニーチィがその憧憬を向ける少女に合うのは七年後、王立魔術学園の入学式の日であった。その日、再会を果たしたニーチィは、初めて神聖な彼女に言葉をかけるという無粋を犯した。
そして、彼女はチトリスの信頼を勝ち取ったのである。
それは、ニーチィの瞳に打算の色なく、悔しさと挑戦の焔ばかりが燃えていたからに他ならない。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
知り合いなどに勧めていただけると、広報苦手な作者が泣いて喜びます。
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