――逃亡――
「さて、降参する気はないか?」
チトリスの魔術が正常に発動したことを確認し、スーディアがフルグルカに声を掛ける。
今現在、フルグルカに勝ち目はない。彼の絶生の術式は既に破壊された。そして、そんな状況でも攻撃態勢に移れるほど、フルグルカの頭のねじは外れていない。
フルグルカが、自らの絶対的な敗北を覚ったようでその場で膝をつく。
そのまま、押し黙って話さなくなった。負け惜しみの言葉さえも漏れてこない。ただ、俯いてその場に蹲るだけだ。
「師匠、空間が元に戻ります」
「―――!! 生徒会長、何が……」
ヴェニータによる空間破壊が、今修正された。
やっと空間が元に戻り、ヴェニータらの状況を目視できるようになったことで生徒会役員たちが驚きと困惑を露わにしながらヴェニータの元へと駆けよる。
そして、フルグルカに視線を飛ばした。
先程までスーディアと戦いを繰り広げ、趨勢も悪くスーディアに圧殺されかけていたフルグルカが、その場に蹲っていた。
自分たちが戦場から分断されていた間に、何が起こっていたか、熟練した生徒会役員たちと言えど知る由もない。しかも、新入生であるチトリスがフルグルカの打倒に一役買ったなど、予想することさえもできなかった。
「拘束具を用意しなさい、あの男を拘束します」
ヴェニータが生徒会役員たちに指示を飛ばす。
いつの間にやらフルグルカが敗北し無力化されていたことに対して疑問の逡巡を齎すことなく、生徒会役員たちは即座に行動を起こす。ヴェニータの指示通り、フルグルカの拘束の為に必要なものを準備し始めた。純粋に犯罪者や不審者を拘束するのではない。ある程度の魔術の使い手を拘束するのだ。通常拘束具ではいけない。
しかし、フルグルカの戦意が削がれていることを誰もが確認して―――、
フルグルカも倒され、短くも濃密な戦いが今終わったのだと、誰もが理解した。
「……ふむ、どう言う状況だ、これは?」
「―――国王陛下!!?」
フルグルカの古代魔術の効果が消えた。
動作停止のために割くリソースは、最早ないのだろう。
これまで戦闘不能だったヴァンハルト国王を筆頭とする主戦力がこの場に集結し始める。
「何とも、無様なところを見せてしまったようだな……スーディアはまだマシか?」
「いえ、私も同様ですよ、陛下。子供たちには少々重荷を背負わせてしまいました」
―――魔よ、その反転を以って循環し、
「それで、今の状況を説明してもらおうか」
「ええ、フルグルカと名乗る男一人による襲撃でした。既に鎮圧済みです。そして、厄介なことに彼が絶生の権能覚醒者かと」
「ふむぅ……面倒なことだ。しかし、鎮圧は既に済んだのだな、よくやった」
―――永劫の安寧を与え給え
「そして、もう一つ。フルグルカが古代魔術を使用することが可能であることも確認しました。『聖女を信奉する者』という言葉があったそうなので、そのあたりも関わりがあるかと」
「成程、厄介ごとは重なるものだな……まあいい。一度拘束して王城へ連行、処遇はのちに決める」
「承知いたしました、陛下の御心のままに……」
―――死をも恐れぬ世界に、更なる平和を築き給え
「「―――!!」」
スーディアとヴァンハルトの表情が一瞬にして変わった。
ここまで隠されていた、魔素の揺動―――、それが一度に顕出したのだ。
「これは……一般魔術では―――、」
有り得ない……そう続けようとした瞬間、先程まで蹲って言葉を発さなかったフルグルカがその場で立ち上がった。
ニィ、と口角が明確に上がる。
スーディアとヴァンハルトが、魔術を行使しようと口を開く。しかし、一瞬遅かった。
「絶生の権能を我が手に―――永流絶生」
「―――炎斧」「―――碧龍」
スーディアの炎魔術、ヴァンハルトの水魔術。
どちらも、圧倒的な魔術構築によって顕現した斧と龍だった。しかし、一瞬だけフルグルカが勝った。彼らの攻撃は、フルグルカに当たり、致命傷を負わせた。だからこそ―――、
再生が始まった。
うじゅる、うじゅる、と。
血肉が動いて元の形に戻って行く。
「はぁ……戦いの終わりを、誰が宣告したか」
フルグルカの体内を循環する、歪な魔力。
ヴァンハルトやスーディアでさえ、それが奇妙だ、恐ろしい、と感じる。文字通り、人間を相手取っているようには思えない。
「宣戦布告は果たした。幾らか手違いはあったが……問題ない」
「―――、改めて名乗ろう。私はフルグルカ・ミスティアルド、ただ『聖女』を信奉し、ここに居る全ての者の敵となる男……努々、お忘れなきよう」
「逃がすかッ!!」
スーディアが逃げの態勢をとるフルグルカに追い縋ろうとする。
しかし、フルグルカはスーディアの攻撃を防御するようなそぶりは見せない。
「―――炎神!!」
「即散風舞」
二人の起動言語は同時だ。
フルグルカは目の前から炎が迫っているというのに、気にしていないかのように冷静に詠唱を紡ぐ。そして、当然かのようにフルグルカの身体は形の残らないほどに焦げて灰となった。
スーディアはフルグルカの逃亡のための動作を一時的にでも止めるため、フルグルカの身体を欠損させるほどの魔術を行使した。その条件に一致し、かつ一瞬で行使できる魔術が、炎神だった。しかし、スーディアは同時に紡がれたフルグルカの魔術詠唱を聞いて自分の判断が間違いであったことを覚る。
―――想定内!!
フルグルカは灰となった体で内心ほくそ笑んだ。
スーディアは炎魔術を得意とする。一連の戦いの中ならば他の属性を使うこともある程度できるかもしれないが、咄嗟のことであれば炎魔術を使うほかないだろう。
そこまでを、フルグルカは予測していた。だから、風魔術を使った。
フルグルカの身体を構成していたはずの灰が、事前に発動していた風魔術によって天高く舞い上がる。それらは一瞬にしてスーディアらの視界から飛び去り、どこかへと消えた。
フルグルカが自らの絶生の権能を利用することによって可能とする、異次元の逃亡方法。それは天才であり、最強であるスーディアをも一度は出し抜くに至った。
―――次はないぞ
スーディアの視線は、明確にフルグルカの身体だった灰を見据えていた。
フルグルカは灰になったその体が無意識に震えたように感じた。灰なのだから、震えるわけもない。しかし、感覚ではその体は確かに震えたのだ。スーディアに対する恐怖が、フルグルカの心にははっきりと刻まれた。
「申し訳ありません、賊を逃がしてしまいました」
「スーディアにしては珍しい。だが、仕方もない。あれは誰も予想しておらんかっただろう」
灰となって消えたフルグルカを形式上追うこともできる。しかし、灰になって空気を混じりながら逃げていったフルグルカを追跡して発見することは現実的に考えて不可能だ。
ヴァンハルトは追跡の為に手を割かないと判断を下した。
今度こそ、フルグルカとの戦いが終結した。
しかし、戦った面々の表情は良くない。敵方・フルグルカを結果的に逃がしてしまったのだ。彼が制御なく暴れることになれば、最終的に収束する未来は見えるが、同時に多くの人が傷つく未来も見える。
フルグルカを逃がしたことが、スーディアでも防ぎきることの出来ないことであった、というのは誰もが理解している。しかし、誰もが己の不甲斐なさを呪った。
それは、スーディアも同様である。
負けたわけではない。勿論、勝ったわけでもなかったが、引き分けとも言いにくい。
何とも、後味の悪い戦いであった、と誰もが感じた。
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