――囁声――
明けましておめでとうございます。
去年はサンチェスシリーズで一年を迎えた記憶がありますが、今年は本作にて新年を迎えました。
ここまで小説執筆をつづけられているのもご愛読下さる皆様のおかげです。リアルが忙しくはなってきましたが、細々と続けていきますので、どうぞ今年もよろしくお願いいたします。
―――私を使いなさい
―――戦場で、私の力を……
―――使いなさい、チトリス
◇
チトリスは、選抜試合が終わって少しして、違和感に気づいた頃から聖女の声を聞いていた。
ずっと、聞こえてくる。
思えば、戦闘など始まっていなかったにも関わらず、外から爆轟音が聞こえていたのは、聖女による錯覚だったのだろう。
意図的に戦意を上げ、確実にチトリスを死地へと向かわせるための。
「お父様」
チトリスは父親からの呼び出しに対し、聖女からの声を無視したままでスーディアのところへと駆ける。
スーディアがヴェニータに二、三、言葉をかける。
チトリスにとっては理解できない会話内容。
しかし、彼女は父親が自分の知らないことを話していようと、最早気にすることは少なくなっていた。
王国最強と名高いスーディアが、自分程度の規模で物事を考えているわけがない。自分の知らないことを話していたって、それも当然のことなのだ、と―――チトリスは最近になって割り切って考えることが出来るようになっていた。
思えば、スーディアがヴェニータと師弟関係にあったということも知らない。
それどころか、ヴェニータとスーディアに面識がある異常の関わりがあるということも初めて知った。
ヴェニータは貴族の出である。つまりは当然ながら、スーディアとも面識はある。
しかし、面識があるという表現では言い切れない過去が、二人にはあった。
チトリスが、スーディアとヴェニータについて考えている間に、ヴェニータの詠唱は済んでいた。
起動言語が送られる。
魔術が発動し、空間が断絶された。
「私たちの空間と他の者を含む空間の間にある空間を破壊しました」
世界改変抗力によって、三分程度で元に戻るかと、と続けるヴェニータの言葉に、チトリスは相槌を打つことさえできない。
空間を破壊する。
そんな芸当が出来るのは、現在時点ではヴェニータくらいのものだろう。
本来ならできるはずがないのだ。
魔術は様々なことを可能にする。古代魔術がいい例だ。汎用性が非常に高く、本来ならばできないはずの芸当を成し遂げる。
しかし、世界に干渉する魔術は、研究さえもされてこなかった。
世界を改変することは、世界に対する冒涜だからだ。
しかし、ヴェニータは軽くやってのけた。
スーディアの一言で、世界への冒涜さえも躊躇わずに。
「―――何をした……これは」
フルグルカが、勝手に話を進めるスーディアとヴェニータを前にして困惑の表情を隠さずに呟く。
世界改変を、目の前で見たのだ。その規模こそ数メートル四方にしか作用していないとはいえ、れっきとした世界改変だ。
「世界改変が、可能だとは……残滓でなお、聖女の力は偉大なのだなァ!!」
フルグルカは、困惑顔から一変し、頬を紅潮させて高く笑いを上げる。
ヴェニータはその様子を、はっきりとした軽蔑の表情で見ていた。
「チトリス、絶死の権能について、少し教えよう」
「……っ!! お父様、今ですか!?」
チトリスの視線が、ヴェニータに向く。
ヴェニータの見ている、聞いているここで、その話をしてしまっていいのか、と焦り顔だ。
「問題ない。ヴェニータ君は、知っている」
「心配ないわ、チトリス公爵令嬢。私は王国に告げ口なんてしないから」
ヴェニータがスーディアの言葉に頷きを返しながら言う。そうは言うが、簡単に信用が出来る程、チトリスはヴェニータと知り合っていない。
スーディアが問題ない、と言うからまずは納得しただけだ。
「それで、お父様。絶死の権能について、というのは……?」
「ああ、それについてだが―――」
ふと、スーディアが魔力を感知した。
「私を放り置いて……話を進めるなッ!! 形型設定・破砕之矢!」
フルグルカが、激昂の声を上げて古代魔術を発動させる。
無数の矢が、魔力を纏って出現した。それら一つ一つが、地面を砕く程の威力を持っている。一つでも当たれば、重傷は避けられないだろう。
その攻撃を一瞥して―――、
ヴェニータはそれを手で払った。
ポトリと矢が地に落ち、魔力を失って消滅する。
魔素に還元されるそれらを呆然と見て、フルグルカは思わず立ち竦んだ。
よくよく見れば、ヴェニータの手には微力な魔力の反応があった。手だけを防御結界で守ったのだ。
フルグルカは詠唱を聞いていない。
古代魔術は脳に過負荷を掛けるその性質上、どうしても現実に割く脳のリソースが足りなくなってしまう。結果として、フルグルカは古代魔術の発動の為に集中している間にヴェニータが詠唱を済ませていることに気付けていないのだ。
「―――苦■」
ごぷっ、と嫌な音がした。
臓物が幾つか、破裂したような感覚だ。
フルグルカは口から血を吐いて、その場で倒れこんだ。しかし、体の再生は起こらない。既に、死なないための手札に対する対策は行われているのだ、とフルグルカは覚った。
「すみません、師匠。ハエがいたようで……お話を邪魔しました」
何事もなかったかのように、ヴェニータは小さく礼をする。
ヴェニータは、いわゆる実戦に向いた人材だった。
必要とあらば、圧倒的な冷酷さを以って相手を断罪することが出来る。そして、その為の魔術もあったし、技術もあった。
しかし、スーディアのお蔭か、その両手を血に浸すことはなかった。少しばかり、血に濡れることがあるだけだ。
「―――絶死の権能は、生命を奪うだけではない。それ以上の価値と、力がある」
「それは、つまりどういう……?」
そのままでは受け取り切れないスーディアの回りくどい表現に、チトリスは首を傾げる。
「あの男の手札を殺すことが出来る」
「……?!」
それが出来れば、問題は解決できる。
フルグルカに手札が無くなれば、全ての優越事項は無くなり、実力差だけがものを言う状況になる。そうなれば、スーディアが負けることは絶対にありえない。
「さて、その為にはタネを明かさねばならないな」
そう言って、スーディアはちらりと視線をフルグルカに飛ばした。
フルグルカは、先程ヴェニータに受けた魔術を何時の間にか無効化し、ヴェニータに攻撃を仕掛けては、軽くいなされていた。
純粋な戦闘力において、フルグルカはヴェニータに勝てないのだ。
「彼―――フルグルカと言ったか。あの男は、絶生の権能の覚醒者だ」
「―――? あっ!!」
スーディアの口から出てきた驚くには十分すぎるほど値する言葉に、チトリスの表情が変わる。
魔属性の権能は童話などでいくつか登場する。それらはほとんどが空想のものだと言われ、信じられていないが、その中の一つに絶生の権能という名があったことを、チトリスは覚えていた。
スーディアの言葉を受けて―――、
これまでフルグルカがヴェニータからの魔術を受けても体の欠損が再生し、かと思えばスーディアからの魔術では体の欠損が再生せず、はたまたヴェニータの魔術で体が欠損し、再生しなかったはずが何時の間にか回復している―――そんな不思議がどのような原理で起こっているのか、何となくだがチトリスは理解した。
フルグルカの権能である、絶生の権能は、死んだときの蘇りを魔法術式として体に組み込む、という効果を持つ。
つまり、ヴェニータの魔術によって死んだときには体が再生したが、スーディアによって致命傷ではない攻撃を受けたときには再生しなかったのだ。
そして、ヴェニータから魔術を受けても死にはしなかったために再生しなかったが、時間経過でやがて死に至り、再生したのだ。
絶生の権能は死をトリガーにする、権能である。
「絶生の権能はチトリスの絶死の権能とは対になる権能だ。実際にフルグルカの様子を見ていたチトリスなら大まかな効果程度は分かるだろう。その効果自体を、チトリスには壊してもらう」
そこで、スーディアの言っていることを、チトリスは理解した。
先程の、「生命を奪うだけではない」というスーディアの言葉がどういう意味だったのか。
自分が何をするべきなのか。
自分の持つ〝聖女〟の力を、どのように使えばいいのか。
「分かりました、やってみます」
チトリスが覚悟を決める。スーディアはその表情を見て満足そうに頷いた。
「詠唱中に関しては、私とヴェニータ君でチトリスを護ろう」
スーディアが一歩前に出て、チトリスは息を小さく吐き出す。
「師匠! あと二分ありません!!」
「大丈夫だ。もう終わる」
スーディアの言葉と、濃紫の魔素の揺動は、ほぼ同時だった。
「大気よ堕ちろ、魔素よ蠢動せよ―――錬金魔方陣」
濃紫の魔力が、チトリスを中心として渦を巻きだした。
ヴェニータでさえも、その禍々しい魔力に一瞬肩を震わせる。
幾何学的な文様が、チトリスの足元を中心に広がり始めた。
戦女神の紋様が中心に描かれ、その魔方陣は一つの拠り所としての役目を確立させる。
「嗚呼……!! 聖女が降臨される」
フルグルカが、そう呟く。
その通りだった。ここに、絶死の聖女が、降臨するのだ。
「魔よ、全てを闇に堕とし、―――」
フルグルカが、はっとしたように攻撃態勢をとる。
絶死の聖女は、確かに彼の信奉の対象だ。しかし、そうだとしてもこの場では打倒すべき敵だと判断せざるを得ない。
「祝福として死を、
其の権能に与え給え」
「一度口を、お締めいただきたい―――形型設定・破砕之矢!」
フルグルカが、チトリスの詠唱を阻害するべく攻撃を放つ。
そして、それらを全て、ヴェニータとスーディアが払いのけた。
フルグルカは理解した。
―――自分は、二人に勝てない
常に、理解してはいた。
だからこそ、スーディアの動きを止めるなどして、対策はした。
それでも、足りなかったのだ。
どうしても、スーディアには勝てない。
「絶えず悪の蝕む世界に、
権能剥奪の極光を指させ給え―――」
詠唱が終わってしまう。
もうすぐ、フルグルカの敗北が決定してしまう。
フルグルカは、必死に魔術を放つ。しかし、大いなる壁の前で、それらのあがきは何の意味も持たなかった。
「絶死の権能を我が手に―――極光絶死」
チトリスが初めて絶死の権能を行使した時のような光の奔流はなかった。ただ、静謐の内でフルグルカに刻まれていた術式が破壊されただけだ。
本来、チトリスの詠唱改変によってその魔術はフルグルカの権能自体を剥奪する効果を持っているはずだった。しかし、相手は絶生の権能である。その魔術構文的精密性はほぼ同等であった。故に、チトリスの魔術はフルグルカの術式を破壊するに留まる。
聖女の魔術が、発動したのだと、フルグルカはすぐに気づいた。
感覚から違うのである。
人間でなかったフルグルカは、今人間に戻されたのだ。
今、攻撃を受ければ死んでしまうかもしれない。
しかし、ヴェニータとスーディアの前では、それは可能性の話ではなくなる。
最早、彼らの前でその事実は、明確な死刑宣告となり得るのだ。
「さて、降参する気はないか?」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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