――死地――
チトリスとニーチィが、死地へと踏み込んだ―――、
その五分ほど前。
◇
「……っ! 防音結界が?」
スーディアは、誰よりも先に異変に気付いていた。
「―――スーディア・クラディエル公爵殿、ヴァンハルト国王陛下がお呼びです」
「……成程、すぐ行こう」
自らの外側に小さく防音結界を張り、いつの間にかスーディアの背後まで近づいていた従者が声を掛ける。スーディアは、国王の呼び出しの意図を汲み取ってすぐにその場を離れた。
―――外で何かが起こっている
最悪のパターンの想定もしつつ、スーディアは会場の外へと出た。
そして―――、
そこには、死地が広がっていた。
これまで、クラディエル公爵家は実戦的な実力主義をもとに鍛錬を行い、スーディア自身も戦術構築の研究に勤しんできた。
そのように、何者かと闘うために魔術を研究してきたからこそわかる、明らかな死地。
明確な殺気と、恐ろしいほどの静謐が、そこにはあった。
雨が降っていた。
大雨だ。先程雷が鳴っていたが、これは雷雨だった。
「―――陛下、これはどういうことでしょうか?」
既に外に出ていたヴァンハルトを見つけ、姿勢を低くしてスーディアは尋ねる。
「うむ、賊じゃろうな」
「では、排除対象ということで」
自分の問いに国王からの頷きが返ってきたことを確認し、スーディアはもう一度相手を見据える。軽く見積もって30人程度だろうか。
顔を隠すためか、何やら怪しげな仮面をつけている。剣などの武器は持っていない様子から、全員が魔術師だろうか、とスーディアはあたりをつけた。
「分が悪いな」
ヴァンハルトが小さく呟く。
数だけを考えれば、懸念が生じるような数ではない。
しかし、自分たちが防衛すべき未来の希望が、多すぎた。
ここで押し留めなければ、学生たちに被害が及ぶ。
誰もが、貴族としての英才教育を受けてきたものばかりだ。それでも、実戦でも戦えるのは数少ない一部だけだろう。それこそ、生徒会役員などだろうか―――、と考えて。
「国王陛下、我々はここに」
生徒会役員が、全員揃っていた。
チトリスやメイミダス、ニーチィと言った新入生以外の現生徒会役員だ。
「賊ですか……何かしらの制約は?」
「特にない。相手の生死は問わん。ただ、味方に関しては死ぬな、死なすな」
ヴェニータの問いに、ヴァンハルトは短く答える。
「了解いたしました。では、戦闘態勢に移りますので」
ヴェニータは一歩下がった。
「実戦想定パターン3、敵を排除する」
ヴェニータの声が、冷たく響いた。
敵の動きは、依然としてない。
結界が破壊されたことから、何かしらの魔術が行使されたのは間違いない―――が、結界を破壊できる魔術は少ない。特に、物理的な結界ならば物理魔術によって破壊できる可能性はあるが、防音結界のようなものは簡単には破壊できない。
「何やら、嫌な予感がするのぉ……」
ヴァンハルトは、生徒会役員やスーディアが戦闘態勢に入っていることを確認しながらも、呟いた。国王や王国最強と名高いスーディアがいるであろうことは容易に予想できる、この場所にたった30人程度で襲撃を行うなど、普通に考えればおかしいことだった。
普通に考えれば、何かしらの手札は持っているだろう。
それこそ、スーディアなどをも打倒できると言えるような手札が。
「―――、」
初めて、敵が口を開く。
はじめに何が出てくるか、魔術詠唱か、宣戦布告か、と考えながら、ヴァンハルトはまず次の言葉を待つ。
「条件設定・動作停止」
「は?」
その口から紡がれたのは、今ここで発せられるはずのない言葉だった。
確かに、その口から出てきたのは詠唱、しかし、詠唱は詠唱でもこれは古代魔術の詠唱だった。
古代魔術とは、ごく一部を残して殆どが失伝したと言われる、古代に使われていた魔術だ。
その汎用性は今とは比べようのないほど高く、様々な現象を起こすことが出来た。その例として、魔術戦で多く用いられる古代魔術がある。
先程の選抜試合でも用いられたものだが、魔素の流れを制限し、ある範囲内の魔術師が魔術を構築できないようにするものだ。
そして、詠唱一つで魔素の流れを元に戻すこともできる。
現在の魔術では絶対に再現できない、魔術における極地である。
その詠唱が紡がれた瞬間、国王やスーディアの動きが止まった。
殺されたのではない。拘束されたのでもない。意識を失って倒れたわけでもない。
ただ、その場で動けなくなった。
力が抜けて倒れるわけでもない。ただ、その位置に張り付けられるようにして動けなくなったのだ。
「陛下!! 何が……」
明らかに異常事態が起こっていることを覚り、ヴェニータがヴァンハルトに声を掛ける。
しかし、ヴァンハルトの視線が動くだけで、体は動かなかった。
「成程、何らかの条件で制限した人物の動きを止める魔術ですわね」
現在動きの止まっている人物から察するに、年齢による制限だろうか。
見ている限りでは、学生は魔術の影響を受けていない。
ヴェニータは歯噛みする。
これによって、ヴァンハルトやスーディアを筆頭とする、圧倒的な強者は全くの戦力外となったのだ。そして、見ている限り今戦えるのは生徒会役員のみ。
このままでは数で押し負ける。
何か、策はないか……
逡巡するヴェニータだが、明らかな異常が続きすぎている。
流石に、これは想定外だった。
「生徒会長!! 何が起こっているのか、教えていただけますか」
―――その時、二人の令嬢が死地へと踏み込んだ。
「っ!! チトリス公爵令嬢、ニーチィ侯爵令嬢まで!」
ヴェニータが驚きの声を上げた。
ここは、新入生がいていい場所ではない。
「中に入っておけ、ここは生徒会役員が押し留める!」
副会長である、屈強な男子生徒がチトリスとニーチィを中に戻そうとする。
ここは、新入生には不相応な、死地だからだ。
「私たちも、先程認められた生徒会役員です!!」
しかし、副会長もチトリスの抗弁に口を閉ざさざるを得なくなる。
確かにそうだ、とは思った。
生徒会役員が、と主語を設定してしまったことを今更ながら、副会長である彼は悔やむ。
「いいでしょう。メイミダスも連れてきなさい、生徒会役員で、この場を制圧します!!」
「会長!? 良いのですか、新入生ですよ!?」
「問題ないわ、彼女らは明確な、特異点よ」
ヴェニータが認めたことで、チトリスが戦闘態勢をとる。
ニーチィが背を向けて走り出し、メイミダスを呼びに行った。
「それで、改めて教えてください、生徒会長。今は、どのような状況ですか」
チトリスは周りを見回しながらヴェニータに問う。
ちらりと見つつ、スーディアやヴァンハルトがいるのは確認した。
「敵は約三十名。古代魔術を使うことが出来るみたいね……そして、」
「―――クラディエル公爵、ヴァンハルト国王陛下、及びその他教職員を含む格上の方々は全員戦闘不能状態よ」
「……っ!?」
あまりに状況が悪い、とチトリスは改めて認識する。
スーディアやヴァンハルトなどがいないとなれば、戦闘力は圧倒的に減少する。
古代魔術という特異点を考えれば、相手の方が優勢になるだろう。
「戦術構築は相手の手札が割れるまでは出来ない……その場で臨機応変に対応しなさい」
「はい、理解しています」
チトリスは、考えを入れ替える。
これは、魔術戦ではない。生き死にの関わる、本当の戦いだ。
「メイミダス・コーディアヌス、ここに」
生徒会役員が全員揃った。
「生徒会長、中では幾人かの貴族や教職員が動かなくなり、混乱状態です」
「ええ、状況は大方把握しているわ。そして、そちらには手を割けない。こちらも分が悪い……そちらに戦力を割くことは絶対にできない」
ヴェニータは生徒会長として覚悟を決める。
彼女が、現在対応可能な人員で、最強なのだから。
「敵を制圧します!! 戦術は様子を見つつ指示します。それぞれ、臨機応変に対応しなさい!!」
本当の魔術戦が、ここに幕を開けた。




