――奇妙――
生徒会役員の選抜試合も終了し、立食パーティーが再開された。
貴族たちはそれぞれで親交を深め、可能ならばある程度高位の貴族とも関係を持とうと考えて打算的な談笑に興じている。
その中で、チトリスもまたほかの貴族と歓談していた。
社交界にはまだ出たことのないチトリスだが、クラディエル公爵家に直接訪ねて来る貴族の応対は今までにも何度かは経験したことがある。
チトリスは公爵令嬢という立場である以上、ある程度貴族との交流を深めておくことも必要だった。クラディエル公爵家は圧倒的な権力を持ってはいるが、他の貴族をすべて敵に回して勝てるほどの戦力を持っているわけではない。他との関わりは大切だった。
「こんにちは、先程ぶりね」
「……っ!! チトリス様!!」
チトリスは、様々なところを歩きながら貴族との談笑に興じた。
しかし、それは無作為に貴族と語らっていたわけではない。
最終的にここに到着するように一筆書きの要領で語らう順番を構築していたのだ。
最終的に彼女と―――ニーチィ・モルドレットと語らうために。
「生徒会役員選抜おめでとうございますっ!!」
「ありがとう。でもそれはニーチィもでしょう? おめでとう」
チトリスの言葉に、ニーチィの頬がほんのりと赤くなる。
これまでも多くの貴族から称賛の言葉を受けてはきた。
しかし、正直言うとニーチィはチトリスからの称賛が最も欲しかった。
ニーチィは、今日初めてチトリスと会ったわけではない。
これまでに何度も行われてきた魔術戦において、チトリスは多くの実績を残してきている。そのような魔術戦において、チトリスが活躍する様子を、ニーチィは見たことがあった。
そして、家同士の繋がりで顔を合わせたことも有った。
貴族同士でパーティを行うことは多い。そのような場で、チトリスとニーチィはあったことがあるだろう。それでも、今日ほどの衝撃を受けたことはなかった。
雲の上の存在。
チトリスは、ニーチィを含む多くの貴族の中でそのような印象を持たれている。
クラディエル公爵家の令嬢であり、本来なら格上であろう相手と魔術戦を行って買ってきた、女傑。明らかに、自分達とは違う次元の存在なのだ、と。そう思われても仕方がない。
しかし、ニーチィは今日、初めて自分という存在をチトリスから認められたように感じた。
これまで、モルドレット侯爵家の令嬢としての認識は何度も受けてきたニーチィだったが、彼女自身―――ニーチィ・モルドレットとしての扱いを家族以外から受けたのは初めてだった。
「でも、なんで私なんでしょう……生徒会長様のお言葉を疑うわけではないですけど、私以外にだって候補者はたくさんいたのに……」
ニーチィの言葉は本当に疑問、というような響きを孕んでいた。
どうしても、彼女は自分の能力を評価できない。
上ばかりを見てきた彼女だからこそ、自分よりも下がいるなどとは考えたことがない。
ニーチィは候補者の中では最も実績が少なく、第一試合からチトリスに惨敗した最弱者だ、と。本人は考えている。
しかし、実際には候補者に選ばれているだけでも十分な実績だ。
自分を過小評価してしまう。それが、ニーチィの弱点だった。
「―――そんなことない。貴女だから、ニーチィだからこそ選ばれたのよ」
だからこそ、チトリスからそうやって認められることが、彼女の存在意義を形作った。
ところで、チトリスは、ニーチィを励ますために、この言葉をかけたわけではない。
チトリスは何となくだが、何故ニーチィが選ばれたのかについて理解している。
ヴェニータほどではないが、チトリスも稀代の天才であり、一級の魔術師だ。
だからこそ、分かる。本来なら有り得ないはずの現象が、ニーチィに起こっていたことが。
しかし、チトリスはそのことをニーチィには伝えなかった。いや、伝えてはいけないと考えた。今、その事を知ることでどのような影響があるかは分からない。
今は、一旦伏せておくのが得策だろう、とチトリスは判断したのだ。
「―――っ!! きゃぁっ」
突然、雷光が煌めいた。
数瞬ののちに雷の轟が空気を揺らす。
同時に、玉座に座していた国王・ヴァンハルトが席を立った。
チトリスは、その事を見逃さない。
「奇妙ね……」
チトリスの呟いた言葉に、ニーチィはえ?と言葉を漏らす。
チトリスは思案顔だった。
「本来なら、ここで雷が光ることも、雷が鳴ることも有り得ないのよ」
チトリスの言葉に、ニーチィは首を傾げる。
雷が光り、その轟きで空気を揺らすことは、自然現象だ。
本来ならそれが有り得ないなどと云われても困惑するだけだろう。
しかし、ニーチィはすぐにその言葉の意味を理解した。
「ここには、外部からの音を拒絶する防音結界が張られていたはず!!」
ニーチィが声を上げる。
その声を聞いた貴族たちが、順々にその意味を理解していった。会場に喧騒が広がる。
この会場には、音が入ってくることがない。
外部からの音は、一級魔術師たちが構築した結界術によって遮断され、内部の貴族が穏やかな時間を過ごせるように工夫されているはずだ。
その結界が、意味をなしていない。
「外で何かがあったのかもしれないわね……」
チトリスは呟きながら周りを見回して、幾人か、先程までいた人がいないことに気づいた。
先ほど玉座からたった国王もだが、他にもスーディアや生徒会長であるヴェニータ、他にも幾人かの生徒会役員や教職員がいなくなっていた。
それらの人たちは、何かに気づいてこの場を離れたのだろう。
チトリスは逡巡する。この場で、行動を起こすべきか否か、と。
実際、出て行った面々から考えるに、自分が動かなくとも事態は解決するだろうとは思える。加えて、ニーチィがここに居る。放り置いて外に出るのも良くない。
「チトリス様!! 少し、外の空気を吸いたいのですが、ご一緒にいかがですか?」
はっとしたような表情で、ニーチィが声を上げる。
チトリスの逡巡に気づいたのだろう。
「ええ、ありがとう。行きましょう」
チトリスは、ニーチィが自分に気を遣ってくれたのだ、と理解しながら、その気遣いに甘える。今は、外で何が起こっているのかを確認するのが重要だ。
貴族たちの隙間を上手くすり抜けながら、チトリスとニーチィは外を目指す。
外に近付けば、少しずつ外からの音も聞こえてきた。
爆轟音が聞こえる―――!!
外で何かが起こっているのは間違いなく事実だった。
そして、戦闘が始まっている。
国王やスーディアが出て行った、ということは、明らかな異常事態だろう。
彼らは圧倒的な強者だ。その彼らが対応せざるを得ないほどの。
会場の入り口まで到達する。
外では雨が降っているらしく、ザアァと音が響いている。
「―――ッ!! ここからは死地です」
「はい、分かっています!!」
濃密な殺気と、魔素の膨れ上がる気配。
明らかな異常事態であり、これより先はそのような殺気が飛び交う場所なのだ、と。
聡明な二人の令嬢は理解した。
「それでも、行きますか?」
「チトリス様が行かれるのなら」
「錬金魔方陣の準備を」
チトリスとニーチィの表情が緊張で強張る。
試合とは違う。
死ぬかもしれない、という予感が、常に背後に張り付く本当の死地だ。
それでも、チトリスとニーチィは進むことを決意した。
「「大気よ燃えろ、魔素よ集え―――」」
「錬金魔方陣」「錬金魔方陣」
令嬢は、二人揃って死地へと、足を踏み出した。




