決交結盟
―――ダモニア王子が目覚めた
その知らせを聞いて、怪蜜の森から帰ってきたお父様はすぐに勾留室へと向かった。
私も、興味半分でついて行こうと思ったが、使用人たちから止められた。
「今日は重要な用事がある、ということをお忘れですか?」
私の専属侍女であるメアリがにっこりと威圧感のある笑みを向けてくる。
はぁ、と嘆息し、私はとぼとぼとメアリのところへと歩く。
私の魔術学園入学が二週間後に迫っていた。
その準備のため、今日は予定がたっぷり詰まっているのだ。
助けを求めて腕を伸ばしても、侍女たちがその手を取ってメアリとともに進むだけだ。
私は諦めてメアリについて行った。
…… ……
「御機嫌はいかがですか、ダモニア王子殿下?」
スーディアが勾留室に入ってきた。
そこにはダモニア王子の為に特別に用意されたソファに腰かけて寛ぐ王子がいた。
クラディエル家に急襲を仕掛けた主犯だとしても、王子相手に枷をつけることは難しい。
その為、急遽環境が整えられたのだ。
「ああ、おかげでとても居心地がいい」
警戒心を隠そうともしていないスーディアの様子に、ダモニアは頭の横で手をひらひらと振り、自分は手を出さない、という意思を表示する。
「そも、私が手を出そうとも貴方なら制圧できるだろうに」
ダモニアは先刻のスーディアの蹂躙の様子を思い出す。あれは、争いだとか戦いだとかそんな言葉では言い表してはいけないものだった。
純粋なる、蹂躙でしかなかったのだ。
「まあ、王国最強の魔術師の肩書を頂いている以上、ある程度研鑽は積んでおりますゆえ」
いとも簡単なことのようにスーディアは言う。しかし、王国最強の名はそれほど易く手に入るものではない。そして、維持するのはさらに至難だ。
「さて、早速本題に入らせていただきますが………」
スーディアはそう言って居佇まいを正した。
ダモニアも、自分ばかりが寛いでいるのも居心地が悪くなったのか、背筋が少し伸びた。
スーディアは自らの懐から手のひらサイズの手帳を取り出すと、ページを捲りだす。少しして、目的のページを見つけた彼の指が止まった。
「ダモニア王子殿下、此度のこと、動機についてお教えいただけますか?」
スーディアはまず、最も気になっていたことを尋ねた。
王家に対して、スーディアを筆頭とするクラディエル公爵家が好戦的な態度をとっているのは張本人であるスーディア自身が最もよく理解している。
しかし、それだからと言って王子であるダモニア本人が手を出す理由にはならないだろう。どう足掻いたとして、公爵家が王家に権力で優ることは出来ないのだから。
ダモニア王子が直接的にクラディエル公爵家の力を奪おうとしてきた理由―――スーディアは如何にか問い質そうとその眼光を鋭くした。
「ああ―――何だろうな、あれは。強いて表現するというなら、承認欲求から来る衝動的な行動とでも言おうか……被害を生んでおいてこの言い様では不謹慎だとは思うが」
少なくとも、王家全体を巻き込むような理由はない、と付け足しながらダモニアは少々気まずそうに肩を竦めた。
事の重大性に反して曖昧な返事を返すダモニアに、スーディアは簡単に納得することが出来ない。
実際、ダモニアの表情の変化は常に観察しているが、何もおかしいところはないし、その言が嘘であるとも感じられない―――が、衝動的行動と称して公爵家を襲撃した賊がこれまでいただろうか。
応えは明々白々、存在するわけもない。
というより、存在してたまるか、というのがスーディアの本音であった。
「―――つまり、殿下は王家云々関わりなく、今回のことを起こされたと」
「ああ、そのような解釈で問題ない。だが、今回のことの贖罪の一つとして伝えておこう。王家がクラディエル公爵家を目の敵にしているのは確かだ」
確認するスーディアに対し、ダモニアは肯定と共に危険を宣する。
しかし、スーディアは顔色を変えることもなくにこりと笑みを浮かべて頷いた。
「ええ、それは存じておりますとも」
その表情が嫌に〝蹂躙〟の際の圧倒的な力量差を見せつけてきた王国最強の魔術師を彷彿とさせ、ダモニアは一瞬の間、息が止まった。
「流石は王国最強……か。王家、と言えば単純に父上や母上、兄上、そして私や弟妹のみではないことは重々承知の上であろうに、この余裕とは」
王国最強の名が真実であることを、短い間だったが、ダモニアは何度となく理解させられてきた。
だからこそ納得もできるものの、王家を相手取り、これほど余裕の笑みを浮かべられるのはスーディアの性格もあるのだろう、と考える。
「勿論、クラディエル公爵家というのも私のみの話ではなくて然り。こちらにも手札を切れる人間ならば多くいますので」
そこで、〝手札を切れる人間〟と表現するところがスーディアである。
自分の家の人間、娘や妻は当たり前として、使用人たちのことも一度として自らが切る手札だとは考えたことがない。
それら全て、それぞれの手札を持ち合わせた重要な人材だと認識しているからこそのスーディアならではの考え方と表現である。
「では、二つ目の質問に移らせていただきます」
スーディアは手帳に先程のダモニアの話したことを粗方書き留め終わり、次にページを捲った。
「件の魔術―――魔属性の権能について、どこまでご存じですか?」
〝魔属性の権能〟という単語に、ダモニアは繕う暇もなく明らかな反応を示した。
スーディアがその眼光をより一層鋭くさせる。
反応からしてダモニアが魔属性の権能について何らかの情報を持っていることは火を見るよりも明らか。スーディアはその立場上、その情報を聞き出す義務のようなものがあった。
「スーディア殿も、知っているのか……魔属性の権能を」
一度大きな反応を見せた後だ。ダモニアは全く取り繕う様子もなく、少々怯えも孕んだ表情で問い尋ねた。
スーディアは言葉は発さずとも、頷きで返答を返した。
スーディアの表情が暗くなる。
「魔属性の権能については……王国でも関連する書物は禁書だ。私も、第二王子という立場上、幾らかは情報を得たが、殆ど一般貴族と情報量は等しい程度だろう」
「では、殿下が使っておられた〝切裂〟の権能については?」
更に深く切り込んだスーディアに対し、ダモニアは明らかに反応を鈍らせた。
〝切裂〟の権能は、云わば棘を持つ紫薔薇だ。
流れるような斬撃、剣戟、その美しさに魅了されたものをその棘を映した刀身で両断する。
その残虐性は、ダモニアもスーディアもよく理解していた。
「―――返答を拒否する。少なくとも、酔いが回ってもいないのに自分語りをする気分にはならない」
ダモニアも数秒の間黙りこくっていたが、やっと帰ってきた反応は拒絶だ。
スーディアも内心がくりと肩を落とす。折角、情報を得られる好機だったというのに。
「では、また私が酒を酌みましょう」
今後の発展への道筋も残しつつ、スーディアはそれ以上の踏み込みを止めた。
ここで踏み込んでまた乱闘騒ぎになるのも避けるべきだし、そうならなかったとしてもこれからの話に情が入りすぎれば困る。
「まあ、王子殿下相手に尋問ばかりというのも無礼でしょう。ここからは、交渉です」
スーディアは元より、尋問が最終的な目的ではなかった。
クラディエル公爵家とダモニア王子の接点を作り、出来るならば圧倒的に強固な繋がりを構築する。それが、彼の考えだった。
王位継承権は第二位だとしても、国王陛下の血族である彼は、王子であるというだけで幾許かの権力を持っている。クラディエル公爵家がこれからも力をつけていくため、更に権力を持つ者の後ろ盾程重要なものはなかった。
「まず、状況を確認しましょうか―――。殿下は、クラディエル公爵家を言ってしまえば私情で攻撃し、よもや魔術に依り人の命を奪おうとするような行動に出た。ここまで、異論はありませんか?」
ダモニアからうなずきが帰ってきたことを確認し、スーディアは更に言葉を進めた。
前提条件の確認ではあるが、つまりはスーディアの持ち合わせている手札の確認だ。交渉材料を見せることで、交渉を有利に動かそうとしているわけである。
「王国の決りに反した――しかも、王族が――となれば世論は簡単に動くでしょうし、国王陛下としてもどのような対応をするべきか、考えざるを得ないでしょうね」
訳せば、ダモニアのクラディエル家急襲が世に知られれば、王族に対する批判が集まり、その批判を王族からダモニア一人に対してのみ集中させるため、ダモニアに何らかの罰が下されるだろう、というわけだ。
「成程―――。前提条件は把握した。それで、私が捺印すべき契秘書はどれだ?」
最早、交渉を既に承諾したようなダモニアの語り口に、スーディアは満足そうに笑みを浮かべた。
彼はすでに用意していた契秘書を懐から取り出し、ダモニアに見せる。
ダモニアは軽くないように目を通し、苦笑を浮かべたのちに捺印を行った。
「では、交渉成立ということで」
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