紫棘薔薇
今話はダモニア王子視点で進みます。
―――どうして、私は劣っているのだろうか
今まで、何度自分に対して問うてきたか分からない。
自分に、そして周りの環境に、そして、自分に、自分に。
憎しみをどれだけぶつけても、何かが変わることはなかった。
第二王子、という立場にあって、それはそれは豪華な生活を送ってきた。
しかし、その実最も貧しかったのは私だ、という自負もある。
この王子、という立場は私に豪華な食事と装飾物、居住まいを与え、私から純粋な愛情を奪うものだった。
―――愛情とは、実力をもって受けるものである
幼いころから、実力を兄弟と比較され、歴代の王子の記録と比較され、常に比較されてきた自分の中にはそのような考えが形成されていた。
兄の方が優れているから、そして弟が生まれれば私よりも優れるようになったから、私より二人が優先され、国王やその妃である父上、母上からの愛情を受けた。
王子という立場故、城の者たちからは常日頃から賞賛の言葉を受けたが、それも兄弟の仲で私が一番劣っているということが分かればいつしか消えていった。
兄に負けているのは仕方がない。実際、歳の差もある。
しかし、弟に負けている、という事実は城の者たちにとって大きかった。
元々第二王子で、王位継承権が約束されているわけでもなく、弟より劣る男に、何が残るというのだろうか。
最終的には兄と弟に養われている要らない男の姿を、皆は予見したのだろう。
だから、私から離れて行った。
―――何にも勝って、私は打ち克ちたい
だから、毎日のように欲した。
兄や弟に負けないような何か、唯一の特異点を。
…… ……
あれは、ある夜、寝ているときだった。
――闇に紛れて剣を振るう者よ
いつだって、願っていた。
打ち勝つための力が欲しい、と――。
――神を陥れ、その斬撃で地を斬る者よ
どうしても、越えたい奴がいた。
本来ならば越えられていて当然の壁であるそいつ――。
――その権能を揮い誇れ
成長すればするほど、その差を実感し、欲望ともいえる激情は増大していた。
――劣った光に克己の闇を、勝利に無敗の冠を
俺が眠っている間、無意識領域で覚醒しようとするそれ。
王族なら、伝説やらなんやらでその名は聞いていて当然だ。
――〝切裂〟の権能をこの手に
長らく封印され、その時間に比例して強大さを増していた最凶の魔術。
――目覚めよ、切裂の騎士
その日のことは、ぼんやりとしか覚えていない。
しかし、何だか不気味な実感があった。
自分は、とんでもないものを手に入れてしまったのだ、という実感が。
実感が事実として観測できたのは、少ししてからのことで、魔術の練習をしていた時のことだった。
その時の記憶も、少し曖昧で、靄がかかっていたような変な感じだ。
それでも、その時に自覚することが出来た。
自分が手に入れた力は、〝切裂〟の権能なのだ、と。
王族として、それに関する伝説の本はいくつか読んだことがあった。
大昔、強大な魔術を作った賢者がいて、その賢者によって魔術は後世に残された。
世界を文字通りに変えるほどの力を持つであろうとされるそれらの力は、云わば終焉への片道切符であった、という話だ。
確かに、自らの力の使い方を自覚してから何度か実際に使ってみたが、本当に強力な魔術だった。そして、何よりその残虐性は恐ろしいものだった。
その魔術を自分が行使しているのを自らの目で見て、はじめに脳裏に現れたのはある一文だ。
――王侯貴族は魔術に依って、また其れに依らずとも命魂を奪うべからず――
あれは、六歳の時分、王族として魔術の授業が始まった時のことだった。
教師から何よりも早く言われたのはそのことだった。
王族は、昔から魔術に長けている人材が生まれやすい。
弟より劣っている俺でさえ、しっかりと魔術について学べば、王国でも重要な魔術師になれると言われたほどだ。
だから、王族を縛るための規則が必要だった。
この規則は、マルティアル王国を建国した初代国王が制定したものだ、と歴史学でも学んだ。
それだけ重要な規則なのだ、と幼心に思った記憶がある。
俺の持つ〝切裂〟の権能は、その掟に違反する可能性が非常に高い。
終焉への片道切符とさえ形容されるような魔術なのだから、そうであって然りでもあるのだが、もとより弟より劣った俺が、王侯貴族として鉄の掟である規則を破ったとなれば、王子という立場さえ揺るがされるだろう。
元来、俺を認めて肯定してくれた人なんてほとんどいない。
そんな状況で、さらに自分の立場を危ぶませるような権能を授かったのだ。
俺は心中穏やかでなかった。
だから、隠した。
誰にも知られないように、隠して隠して隠し続けた。
国王である父上にも、このことは伝えず、隠蔽し続けてきた。
権能によってできた切り傷は風の魔術に依るものだと言い、権能によって鳴った金属音は剣の稽古だと言った。
隠さねば、隠さねばならぬ、と考えれば考えるほど、この力を得た意味が分からなくなった。
ただ、自分を縛るためだけではないか、と思った。
こんな力を得たところで、俺に何の利点もない。
その力があれば弟に対抗できるのかと問われれば、秘匿すべき能力であるからという理由で否としか答えられない。
それどころか、自分にこれ以上の制約を加えるものとしか思えなかった。
―――俺は、たかが終焉への片道切符に人生を狂わせられているのだ
そう思うと、何とも虚しい気持ちにもなった。
複雑なものだ。
弟に打ち勝つための力が欲しい、という激情がこの権能を覚醒させるトリガーとなったであろうに、俺はこの能力を弟に勝つために使えていない。
というより、この環境自体が悪いのだろう。
魔属性の権能は、忌むべきものとして扱われている。この王国で、魔属性の権能の覚醒者が安心して過ごすための居場所なんてない。
そんな環境でなければ、俺は世界の支配者にでもなれていたのだろうか。
―――だから、作った。
環境がなければ、作る。
何とも幼い考えであるのは理解している。二年も経てば、昔のことで、幼い自分の考えだと嘲笑するようになるものだ。
幼い考え――ではあるものの、俺が王子であったからそれが実現できた。
王国内で異端とされる魔術師、特に魔属性の権能に関連することで異端とされ、追放されかけていたような前科のある魔術師を集めた。
或る者は、魔属性の権能を実際に作りだそうとして査問会に突き出された魔術師だ。
或る者は、魔属性の権能は実際に存在するのだ、と喚き散らし、危険人物として査問会にマークされている。
そんな奴らを集め、王子であることを隠して魔属性の権能を見せた。
彼らの反応は、何とも千差万別で――だが全員共通だった。
誰もが、叫ぶ言葉、その身振りこそ違ったものの、魔属性の権能が存在したのだ、という事実に歓喜し、狂気を見せていた。
彼らは、二つ返事で魔属性の権能を所持する俺の存在の秘匿、そして俺に対する従属を承知した。
俺の居場所がこんなにも簡単に出来た。
これからは、この環境でならば魔属性の権能を持っているということを一つのステータスとして見せることが出来る。賞賛もされる。
―――だけれど、何ともぽっかりとした穴が目の前に見えた気がした
自分の居場所が出来たのかもしれない。
それでも、それは自分を見てもらっている環境じゃない。
今まで、能力の差を見られて弟や兄と比べられてきた俺だ。
だから、能力ばかり、ステータスばかり見られるのは俺が一番忌み嫌っている。
そのはずなのに、俺はステータスばかりを見て賞賛してくれるようなこんな環境を創り出している。
昔の自分と矛盾しているようで、途中から気が進まなくなった。
―――今の俺は、薔薇だ
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