極光絶死(前編)
予告していたリメイク版です。
一話のみ、先行して投稿したいと思います。
二話から続く本編はもう少ししてから投稿を開始します。
連載開始を記念し、大幅に増量してお届けします!
―――闇に紛れて鎌を振るう者よ
いつだったか、願ったことがあった。
絶対的な力が欲しい、と――。
―――神を騙り、その息吹で地を砕く者よ
どうしても超えたい壁があった。
そのままなら越えられるはずのない壁が――。
―――その権能を揮い誇れ
成長と共に、諦念が勝り、その欲望は消えてなくなったのだと思っていた。
しかし、その欲望は心の中で増え広がり、これほどまでに強大になっていたのだ。
―――輝かしい光に混沌の闇を、祝いには死を
私の眠っている間、無意識領域でそれは覚醒しようとしていた。
それは、闇に秘められ、禁じられた呪い――。
―――〝絶死〟の権能をこの手に
長らく封印され、風化した最凶の魔術。
―――目覚めよ、絶死を与えし聖女よ
◇
「チトリスお嬢様、朝でございます」
侍女の声で目覚めた私は、欠伸を漏らしながら体を捩る。
寝ぼけ眼を擦り、寝ている間に乱れた髪を手で漉きながら化粧台に座った。
「本日は、ファニーテル子爵がいらっしゃいますので、ファニーテル子爵家の紋章をモチーフとして、赤を所々に散りばめたドレスをご用意しました」
そう言ってドレスを鏡越しに見せてくれる侍女に笑いかけながら、もう一人の侍女に髪を整えてもらう。
侍女が今日のスケジュールについて事細かに説明してくれている中、寝起きで乱れ、両目を隠していた前髪が捌けられていく。そして、髪を漉いていた侍女が、異変に気付いた。
「お嬢様……その目、どうされたのですかっ?!」
若い侍女の悲鳴にも似た声が寝起きの頭に響く。
眠気を振り払いながら、鏡で自分の目をよく見てみる。
「……何なの、これは……」
私の瞳の色は、透き通るような透明感を伴う、黄色い瞳だったはず……。
それが今は、右目は黄色い瞳のまま、そして左目は禍々しいとさえ形容されるような濃紫の瞳になっている。
それに気づいた途端、なんだか視界が歪み始める。
これが眠気のせいではない、ということは寝惚けている私でもわかった。
「……お嬢様……?チトリスお嬢様っ!」
「………され……?早く……を!」
霞み行く視界……、傾きゆく体……。
スローモーションのように徐々に近づいてくる床を眺めつつ、侍女たちが叫ぶ声を、如何にも他人事のように聞き流す。
ああ、自分は死んでしまうのか、と何ともそれらしいことが脳裏に浮かび、漠然と死の予感を感じながら床に頭をつける。
――床にカーペットが敷かれていてよかった……
そんなどうでも良いことを考えながら、私は意識を手放した。
折角なら、最後に走馬灯くらい見てみたかった……。
◇ again
「チトリスお嬢様、朝でございます」
ベッドに横たわっていた私は、侍女の声で目を覚ます。
カーテンから差し込んでくる、やけに明るい陽光が寝ぼけ眼には突き刺さってくる。
私は、マルティアル王国で最も位の高い、クラディエル公爵家の令嬢、チトリス・クラディエル。
そして、ここは私の部屋で―――。
何故、そんな当たり前のことを確かめるように思い出しているのだろう……。
ぼんやりとした脳内から霞を取り払おうと首を左右に振り、そのまま化粧台へ歩みを進めた。
「本日は、ファニーテル子爵がいらっしゃいますので、ファニーテル子爵家の紋章をモチーフとして、赤を所々に散りばめたドレスをご用意しました」
私の専属侍女はそう言って、鏡越しにドレスを見せてくれる。
まあ、いいドレスね。と微笑みながら、私の中では何とも言えない既視感を感じていた。
新しく誂えられたドレスのはずなのに、今までにも見たことがあるような気がしてしょうがない。
いや、ドレスだけじゃない……。
それ以外にも、この状況がすべて、一度経験したことかのように感じられる。
何なら、これから起こることもわかっているような気さえした。
もうすぐ、髪を漉いている侍女が悲鳴を上げる。そして、私はそのまま―――――、
「本日はどのような髪形になさいますか?」
私の予想した未来……じゃなかった。
やはり、既視感がある、というのもただの勘違いだろうか……。
いつもと同じで、お願い。と答えながら、心の中で首を傾げる。
コンコン、と。その時、私の部屋の扉がノックされた。
咄嗟に、こんなのは記憶にない、と考える私はまだ勘違いに捕らわれているようだ。
「チトリス、私だ」
部屋の外から扉越しにかけられた声に、私は少し焦る。
なんでこんな時間に、お父様が、と。
「すみません、お父様。ただいま髪をセットしているところでして――――」
「構わない。今だけは公爵令嬢としての気品が欠けている行動も許そう」
そう断って、お父様が部屋の中に入ってくる。
質の良い金髪を後ろで結び、そのまま下に垂らしたお父様は、家族の贔屓目なしに見ても中性的で美しい顔立ちをしている。
この見目に加え、彼は王国内で最も位の高いクラディエル公爵家の当主であり、王国最強の魔術師でもある。
既に結婚して妻もいるが、それでも尚、貴婦人の間では憧れの対象だった。
「チトリス、少し話がある。そのままでいいからこちらに来なさい」
お父様に手招きされ、私は言われた通りに部屋を出る。
侍女が「チトリスお嬢様はまだ寝間着姿で……」と言ってやんわりとお父様を止めようとしてくれたけれど、よほど大事な話なのだろう。構わない、人払いは済ませてある、と一刀両断されてしまっていた。
「ここだ。先に入りなさい」
お父様が指し示したのは屋敷の端に位置する、空き部屋だった。
何のためにこんな部屋に呼び出したのか、と思いつつ、指示通りにそこに入る。何やら、結界の気配を感じた。
お父様が私の後についてくるようにして部屋に入り、扉を閉めた。
「それで、何があったのですか? かなりの急用だと思いますが」
私が尋ねると、お父様は少し躊躇い、苦悶するように顔を片手で覆う。
そして、肺に入った息をすべて吐き切るようにして長い溜息をついた。
お父様の様子を見て、やはり緊急で、且つ重要なことなのだ、ということを改めて認識する。
「何か、体に異常はないか?」
長い、沈黙ののちにお父様の口から出てきたのはそのような問いかけだった。
「いえ、特には……」
私は戸惑いながらも答える。私の体調と、今の状況にどのような関係があるというのだろうか。
「……瞳以外には変化はない、か………」
お父様の、如何にも口から洩れた、というような呟きを聞いて、私は記憶に刺激を受ける。
特に、〝瞳〟という単語に対して。
そうだ……。起きたときから感じていた違和感、というより既視感。
既視感も何も、実際に経験したことだったんだ。多分、時間からして二時間ほど前に―――。
「お父様、思い出しました。私の瞳の色が左右で違っていて―――」
どういうことでしょう、と続ける私だったが、お父様の様子がおかしい。
「やはり……魔術が解けて……つまり、覚醒していたのか……あの偉丈夫めッ」
お父様は顔を覆っていた手の指に力を籠め、顔に圧をかける。
顔の大半が手で覆われていて、その表情は何とも読み取りにくい。しかし、それでも驚きと、恐れがあるように見て取れた。
「覚醒……というと?」
お父様はすべてを把握し、その情報を理解しようとしているような状況だが、私はいまいち状況が分かっていない。ただ、疑問ばかりが募っていく。何も分からない。
「自覚には至っていないのか……」
これは、どうするのが最善だ……?と呟きながら、お父様は思案顔になる。
少しの間、ぶつぶつと呟きを漏らし続けた後、お父様は私に驚くような提案をした。
「チトリス、久しぶりに模擬戦をしよう」
◇
私とお父様は、屋敷のそばに併設されている、模擬戦場に来ていた。
ここには、クラディエル公爵家の代々当主が張った、結界魔法がある。そのおかげで、周りに被害を出すことなく、加えて内部の人間にも危害が加えられることなく、魔術を利用した模擬戦をすることが出来るのだ。
ここで私自身が魔術の修練をすることはあるが、お父様と模擬戦をするためにここに来るのはいつぶりだろうか。
最近は特にお父様が忙しく、私も魔術の教育だけでなく、令嬢としての教育もすることになってきたため、お互いに時間をとれていなかった。
「さあ、いつでもいい。不意打ちでも何でも、私に勝ってみなさい」
お父様が言う。
私の心が、きゅっと締め付けられるように感じた。
感情の変化に気づいていないふりをしながら私は、空気中の魔力を集め、練り上げ始める。
「大気よ燃えろ、魔素よつどえ――錬金魔法陣」
私の宣言で、私の足元には幾何学的な文様が生まれ、線となり、点となり、その形を象ってゆく。
空気中から青く発光して集まってくる魔素はまるで宝石のようで、思わず見とれてしまいそうになる。
――――――
錬金魔方陣とは、すべての魔術の基本である。
そのパターンとしては《白》《紅》《翠》《蒼》《金》があり、その順に魔方陣の精度は上がり、構築難易度は高くなる。
そして、純度の高い魔方陣ほど、多重詠唱や並列詠唱の制限も解除される。
私の魔力量と訓練度では上から二番目の《蒼》が限界だった。
――――――
「では……。大気よ燃えろ、魔素よつどえ――錬金魔方陣」
お父様が宣言をする。
すると、空気中から黄金に輝く魔素が集まり、お父様の足元に私よりさらに細かく、複雑な文様が象られていった。
これこそ、錬金魔方陣の最高峰。王国内で指折りの魔術師しか発現させることのできない魔方陣だ。
何と、眩い光だろうか……
そも、これほどの魔方陣を構築するのには膨大な魔力量が必要となり、その魔力量に届くのは王国で20人にも満たないといわれている。
……と、感心している暇などなかった。
お父様が最後に模擬戦をしてくださったのはかなり前だけれど、よく覚えている。
お父様は身内だとしても容赦なく魔法を叩き込む。
模擬戦場に張られている魔術結界のお陰でお父様の魔法によって身体的外傷は受けることがない―――が、その事に甘んじて少しでも手を抜くと、後に待つのはお父様の説教だ。
どうやっても、私の今の実力でお父様に勝てるはずなどない。それでも、お父様の説教の時間は削りたい。
全力を尽くすのは、この状況に於いては至極当然にして大前提だ。
「吹き荒ぶ風よ、彼方より炎を纏い来て、空を朱く染め上げよ」
――――――
この世界には、五つの基盤魔術属性が存在する。
炎・水・雷・土・風の五つであり、私が得意とする属性は風だ。
魔術の構築では、それらの属性の構築が初めに来る。
その次から来るのは、それら五つの属性を含めた七属性の補助魔術属性だ。
五つに加え、木・空があり、補助魔術属性の付与により、魔術の幅が大きく広がっている。
――――――
「風の権能を我が手に――。風槍撃!」
私の宣言により、魔力が風となり、炎となり、眩いほどの赤い輝きをもって構築される。
そして、その構築が為されたのも瞬く間。構築され、炎を纏う風の槍と成った魔力は、勢いよくお父様の方へと吹き荒んだ。
「―――炎壁」
お父様は、私の放った魔力を一瞥、一言にて宣言を終わらせた。
それこそ、瞬く間。お父様の周りに炎の壁が生まれたかと思えば、私の魔力が焼け焦げた。
そう、焼き焦がしたのだ。炎を纏っていた私の風を。
炎すらを焼き払う炎というのは、どれほどの威力なのだろうか……。
「確かに悪くない。初手は素早さ重視……、当たり前の戦術だ。しかし―――」
お父様は静かに目を瞑り、集中力を研ぎ澄ます。
私が、思わず悲鳴を上げそうになるほどの覇気。練り上げられた魔力が、この場の空気を大きく震わせた。
「素早さは最早、私の前で無意味だ」
そう、言い放つと同時、お父様の周りで炎が蠢きだした。
唯、燃えているだけなのに轟々という音が鳴り響く。
「燃え盛る炎よ、木を、空を焦がし、水にも屈さぬ強さを持て」
この魔術構文は……と私は身構える。
お父様の所謂十八番であり、代名詞でもある魔術。
この魔術こそが、お父様を王国最強の魔術師という立場に押し上げているといっても過言でない。
それほどに強力で、圧倒的な魔術。
本来ならば木・空・水の三つの多重詠唱、加えて炎とは対極にある水属性の多重詠唱により、術者の本能が拒否反応を起こすはずだ。
だから、一般人には到底不可能で、神の御業ともいうべき魔術。
「っ……風よ来たりて、炎を追いやる勢いを持ち、雷さえも退けよ!!」
私は咄嗟に防御魔術を構築する。
お父様の魔術は、強力ゆえにその代償として、魔力を練り上げるのに少々の時間を要する。
簡易的な防御魔術ならばお父様の魔術構築の間に構築しきれるはずだ。
「炎の権能を我が手に――。炎神揮斧!」
「風の権能を我が手に――。炎退風壁!」
お父様の宣言と、私の宣言がほぼ同時に重なった。
お父様の魔力は、その燃え広がりように比例するようにして更に音を轟かせ、大きく火の粉を散らす。
それは、振り下ろされる前の斧のようで、その持ち手は神が握っているようにさえ見えた。
その斧が振り下ろされる――。
炎と風を纏い、水をも焦がし来るその斧が。
私は自らの周りに広く発現させていた風の防御魔術をお父様の斧が来る一点に集めた。一極集中の形。
そして、その威力を二つに分け、お父様の斧が通るであろう、射線を曲線状につなぐようにして二つ、配置した。
―――こんなことが、普通ならできるはずがない。
お父様の魔術構築も、発現も、もっと素早かった。やはり、手加減はされているんだろう。
勝つことは、不可能だから、魔術構築についての知識と、咄嗟の応用力、それらを試されているだけに過ぎない。
それが、途轍もなく悔しかった………。
「神よ、斧を揮い給え」
お父様の呼びかけに呼応するかのように、斧を握る神の手に力が籠められ、それを振り下ろした。
一つ目の、防御魔術をいとも容易く粉砕し、斧は迫りくる。
咄嗟に、目を瞑りたいという欲求に駆られるが、瞼の筋肉に力を入れてどうにか目の前の現実を直視する。
――やっぱり、魔術構築も不十分だ
どうしても、お父様の魔術を見れば見るほど、その不十分な点に気づいてしまう。
私の簡易的な防御魔術、しかもその威力を二分割したものを一つ破壊したくらいで、お父様の魔術の勢いが、弱まるなど、有り得ない。
私だって、成長はした。それでも、お父様との差がこれほどのはずもない。
どれだけ、手を抜けば……私を侮れば気が済むというのか。
いつしか、お父様に対して、そして自分に対しても激情が心の中で迸る。
パキッ、と拍子抜けするような音と同時に私の防御魔術が破られる。また、お父様の構築した炎の斧が勢いを失って風により霧散した。
「うむ、いい判断だ。弱い防御魔術でも、多段階的に勢いを削れば―――」
プツリと、脳が弾けた。
「ふざけないで下さいッ、お父様……」
激情が、ついには口から燃え盛る言の葉として漏れ出る。
「……っ、それは……!」
咄嗟にお父様が言い訳をしようとしてか口を開くが、全く無視する。
お父様は、私の魔術の質などは一切見ていない。
ただ、圧倒的な差があることを当たり前のこと、大前提であるようにして手を抜き、侮り、それでも成長した、いい判断だ、と褒める。
長年積み重ねた激情でさえも、お父様の手抜きをした炎の斧の勢いに至らないというのに。
そんな、結果の伴わない誉め言葉が、どれだけ苦痛だったか。
私は、被虐嗜好者ではない。けれども、字面だけ良いような誉め言葉を掛けられるよりは、説教を食らった方がまだマシだった。
そう、思えるほどにお父様は大きな壁で、私は小人で―――。
それでも、その壁を乗り越えたいと、希った。
―――だから
―――力を貸して欲しい
―――絶死を与えし聖女よ
ゴウンッ、と風が吹き荒れ、凄まじい音を鳴らす。
同時に、パリンと結界の割れた音も聞こえた。模擬戦場の絶対的安全性の象徴ともいえる、結界が割れた音だ。
硝子の割れる音がすると、結界が消えたことで、魔力反応にも僅かながら変化があった。
「……ッ……! チトリス、その魔力は……!」
お父様の驚愕の原因は、すぐに分かった。
私の周りから、溢れ出るほどの濃紫の魔力が生じているのだ。
それこそ噴水のように、それは噴き出、同時に生じている大いなる風によって吹き荒れる竜巻と成している。
そして、それこそが〝絶死〟の権能なのだと、無意識に理解していた。
「魔よ、全てを闇に堕とし―――」
いつだって、願っていた。
お父様を、その大壁を、越えてみたい、と。
「祝福として死を万物に与え給え」
成長しても、鍛錬を積んでも、お父様との差を埋めることは出来なかった。
成長する中で表面上の諦念が生まれた。それでも、心はお父様を越えたいと切に、願っていた。
「絶えず悪の蝕む世界に、破滅を齎す極光を差させ給え」
そして、その強い思い、激情が私の中に、聖女を顕現させた。
その聖女は、全てを憎悪し、祝福として死の極光を世界に与える。
「絶死の権能を我が手に――。極光絶死!」
何と、力強く自信溢れる宣言だろうか。
自らが、全てを操って見せる、という気迫さえ感じる宣言だ。
……そして、何と寂しく、怯えるような宣言なのだろうか―――。
濃紫の魔力は、一点に収束し、一筋の極光となって、お父様に射出される。
今までの私の魔術と比べ物にならない魔力密度、構築速度、そして威力。
それは、最早私の制御下に置かれず、暴走するかのようにお父様の胸元を突き刺した―――。
Devil, let us to fall to darkness.
and, give everything die as bless.
Give the dystopia glory of broking.
Give me ability of "Cypress"! Glory of Cypress.
(拙い作者の英語脳から引用<絶死の権能の魔術構文>)




