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清水



 ファミレスに入って胸の内ポケットに入れたボイスレコーダーのスイッチを入れた。先に来て座ってコーヒー飲んでた清水のおっさんの向かいに座る。おっさんの真後ろには山内がスタンバっている。私の後ろには由紀さんがいる。心臓の鼓動が早いのを、大丈夫、おおやけの場だし知り合い連れてきてるこっちのフィールドだと言い聞かせる。

 おっさんの頭から胸元、脇のバッグを見る。

 表情を隠すような薄ら笑いを浮かべた冷笑主義の、でも髪の白くなりかけてて着てるワイシャツもよれよれのただの薄汚いおっさんだった。目じりのところに皺が寄ってるし、ほうれい線が深い。スーツの上着だけ脱いで、それがバッグにかけられている。

四十代も後半に入りかけてる、なんてことのないオヤジ。

「待ちました?」

 声が震えてないか適当に話しかけて確かめる。

 たぶん大丈夫。

「や、五分かそこらだよ。というか、こないかなと思ってたし」

 おっさんがカップに半分ほど残ったコーヒーを脇に退けた。

「で、どうする?」

 他人の生殺与奪を握ってるやつ特有の半笑いを浮かべる。

「お断りします」

「例の件は、いいんだ?」

「はい」

「そっか。じゃ、まあいいや。べつに最初からあんなの書き込む気なかったしね」

「はい。……え?」

 あんまりにもあっさりしてて拍子抜けした。あーあ、って感じで私から視線を逸らして、さりげなく後ろの山内を確認する。視線を私に戻す。「前も言ったけど、ぼく、きみに興味ないんだよ。捕まるリスクを冒して君を脅迫するなんてバカげてる」ため息を一つ吐く。

「ぼくの方から言うことは特にないけど、これ以上なんか話すならそれは」おっさんは私の胸元を指さした。ボイスレコーダーばれてたらしい。「止めてくれた方が話しやすいよ?」

 ………………

 迷ったけど、ボイレコ止めた。

 訊いてみたいことがなくはなかった。

「うちの親のこと、なんでそんなに嫌いなんすか?」

「んー」

 おっさんは頭を振って、目を閉じて、ちょっと唸ったあとでワイシャツの左袖を捲って腕を見せた。おっさんの肘の周りと二の腕あたりには、茶色く変色した痣みたいなものが幾つかある。何? 皮膚病かなんか?

「“根性焼き”って言って今の子わかるのかな。煙草の火をね、押しつけられたんだよ。こう、ジュッと」

 おっさんは砂糖の入っていた紙製の袋を右手で摘まんで、自分の肘に押し付ける真似をした。袋の先端が潰れた。

「うえ?」

 間抜けな声が出た。え? うちの親が? 確かにキレたらこえーけど基本的にはのほほんとしたおっさんとおばはんなのに? まじ?

「服の下にはもうちょっとえぐいのもあるよ」

 腹のあたりに手をやる。痛みを堪えるような笑みを作った。

「子供のキミらには見せないようにしてる部分が、大人にはあるんだよ。結構苦痛だったよ、キミと昂輝くんの前でニコニコしてるの。キミら二人をあいつの前でぶっ殺したら、あいつらどんな顔するかなって時々想像してたよ」

「……」

 私の記憶の中では、確かに腹の底が読めないこわいおっさんだったけど誕生日にはプレゼントくれたにクレヨンだのゲームだの万年筆だのくれたし溝に落ちてギャン泣きしてた私を抱き上げて助けてくれたしうち来るときはプリンだのみかんだの私の好きなもの持ってくる、それなりに気の利く優しいおっさんだった。

 だからそんなことあったなんて欠片も想像してなかった。

「きみ、最近昂輝くんのこと調べてるの?」

「え、いや、まあそうっすけど、」

 なんでわかってんだ? って訊きかけて、このおっさんが私を見張ってて私が兄の元カノとあって親友の木元とあって兄達と親しかった桐山さんと会ってるのを知ってるならまあわかるか、まで考えが至る。

 ん? でも昔っからの親友の木元はともかく由紀さんと桐山さんの素性はおっさんが知ってるはずないよな?

 おっさんがカバンの中に手を突っ込んで輪ゴムで留められた束になった写真を三セット分、テーブルに伏せた。

「これはぼくに出せる最後のカード」

 とんとん。指で写真の裏面を叩く。

「たぶんこれにはキミらが欲しがってるものが映ってる。きみこれ、買うかい?」

「金すか?」

 ねーよ。

「いや、洋治の住所」

 考えるまでもなかった。

「買わないっすね」

 即答した。私にとってべつに兄の動機なんて、ちょっと気になるな、くらいで誰かを貶めてまで知りたいものじゃない。弟の腕に根性焼きするくそ親だったとしても私にとっては親だ。それはそれとしてほんとだったら親のこと若干軽蔑するけど。

「あっそ。じゃいいや」

 清水のおっさんは写真を三セットとも私の方へ押し付けた。

「いいんすか?」

「いいよ。元々昂輝くんが万が一プロ(野球の)になったら、スキャンダルで脅せないかなと思って持ってただけのものでいまとなっちゃ使い道ないから。さっきのも言ってみただけだしね」

 ふうん。

 試しに左端のセットから一枚取り出して捲ってみると、大学生だったころの兄と桐山さんがアパートっぽい建物に入っていくところだった。兄の横顔はどっか険しくて、少なくとも恋愛ごとにありがちな浮ついた感じではなかった。対して桐山さんの顔は兄と同じような雰囲気は出しながらもどっか妖しい。……あ、兄のことも私と同じように付け回してたのか。だから桐山さんや由紀さんが兄の知り合いだってことを知ってて、彼女らと会ってる私が兄のことを調べてるんだろうってわかったわけね。

「じゃ」

 おっさんが短く言って、スーツの上着を着直す。

 カバンを取る。

「青山由紀には気をつけなよ」

 おっさんは私の後ろに座ってる由紀さんの後頭部を見て、言った。

 捨て台詞を吐いて、そのままファミレスから出て行った。


 私は残りの写真の束も、まずは一枚ずつ表にしてみた。

 一枚には(おそらくは兄の)試合を遠くで観戦してる高校生の頃の由紀さんが。

 もう一枚には兄が桐山さんと一緒に入っていった建物と同じやつに、ワゴン車から五人ほどの男に抱えられて連れだされる意識のない女の人が映っていた。

 由紀さんが手を伸ばして自分の写真をすばやく掴んだ。由紀さんはその写真があった束を丸ごと引き寄せて自分のバッグに押し込んだ。

 びっくりして由紀さんを見上げたら彼女はぼそぼそ「昔の写真、あんまり見られたくないんです」小さい声で言った。



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