山内
泣き止んだ。
山内から離れて壁に背中をつけて三角座りして山内を見る。山内はどうしていいのかわからなくて顔を赤くしてあたふたしている。なにが起こったのか聞いてはこないのは山内なりのやさしさなんだろーか。ていうか、なんだろ。
ずっと薄々は思ってたんだけどさぁ。
「あのさぁ」
「はい?」
「おまえ、私のこと好きなの?」
「え? ええ、えっと、ビ、ビジネスパートナーとして尊敬しているし素敵な人だなと思っていますよ」
「よーするに?」
「み、魅力的な女性だなって」
「つまり?」
「……好きです」
観念したみたいに小さい声でぽつんと言う。顔を背ける。
ふうん。
「担当変えてもらいますね」
山内がうなだれる。
「え、なんで」
「担当してる男の編集が自分のこと好きって、女の人は嫌でしょ?」
あ、そういうもんなのか。
一般的にはそうかもしんない。
自分の内心に問い合わせてみて、確認する。
……うん、まあ、だよな。
「そんなにヤじゃないよ?」
たしかに汗だくだったり、ㇱコい連呼したり、キモいなって部分も多いけどべつに私だってそんなに出来た人間じゃねーし。最近では山内のことをかわいいなって思うことがわりと多い。
男性として好きかって言われたらびみょーだけど人間的に好きかって言われたら結構好きなんだろう。趣味合うし。年上だってこともそんなに気にしてはない。合コンとか見たらぜってーに付き合わないし学生時代に友達になることはなかっただろうが、仕事上で他のバカとかアホとかクソみたいなやつらを見てたら相対的に「山内はましだな」と思っててそれがそのうち好感に変わっていった、ような気はする。きらいじゃないんだよな。少なくとも急に担当変わってまた変なのがつくのは困る。
なので。
「これまでどおりでお願いします」
私が言う。山内がぎこちなく頷く。
「そ、それはそれとして」
山内が話しを戻そうとする。
私はそのことをあんまり考えたくなくて、てのひらを向けて止める。
「引っ越しませんか?」
山内はそれでもなにか言いたかったらして次善策を繰り出してくる。
「んな金ないっすよ」
「ぼくお金だしますから」
どんな理由でおまえが金だすんだよ。つーかここでおまえに金ださせたら脅迫者、ってかしがらみ作る人間がおっさんからおまえになるだけじゃねーか。私は今度はお前から逃げられなくなって困る。
あぁ、それがイヤか? って聞いてるのかな。私は山内としがらみ作りたくないのかどうか。山内から逃げられない状況に追い込まれたら困るのかどうか。
…………べつによくね?
「いまは何も考えずにそのおじさんから離れるのがなにより急務だと思うんですよ」
まあ正論だ。
ひとしきり話し合って明日にでも部屋探しにいくという結論に落ち着いたあとに二人で外に停めてある山内のRX-8の底をスマホのライトで照らしたらテープでちっさい機械が張り付けてあった。たぶんこれがおっさんが使ったGPSなんだろう。剥がしてとりあえず風呂の中に沈めておいた。
自分の車が原因で私の自宅が知られたんだということに山内はちょっと落ち込んでたが、こんなもん気づけって方が無理だし人間がほんとに悪意と実行力を持ってなにかやろうとしたときにそれを防ぐことはたぶんかなり難しいことなんだろう。
ほんとやり口が汚ねーな、あのおっさん。
落ち込んでる山内を見てたら、少なくとも悪態つく程度の余裕は戻ってきてることに気づく。テンパってるのを直すには自分よりテンパってるやつを見るのが一番だよなと山内を見て思う。
「じゃ、じゃあ僕帰りますんで」
「え、私いま一人こわいんだけど」
自然に引き止めたことに自分で驚いた。驚いたけどべつにまあいいやって感じだった。山内がギョッとする。「えっと、でも、あの、その、」視線を彷徨わせて私を見ない。こいつ女に免疫なさすぎだろ。実際、私も「こいつだったら私が弱ってるところに付け込んだりしない」という謎の安心感の元で山内をからかってる部分があることは否めない。泊まれよ、でも手を出したら殺すと主張する私を押し退けて山内が出した結論が「すぐそこで車中泊するんでなにかあったらすぐ呼んでください」だったのが、草生えた。
枕と毛布貸してやった。
翌朝になって私はシャワー浴びて山内にもシャワー浴びさせて部屋を探しにいった。私はどこでもよかったのだが山内がオートロックだの防音だの地域性だのに拘って時間食ったが見つかった部屋はそれなりにいいとこの9階で「自分で家賃出すならぜってー住まないな」って場所だった。
動きが悪い私の代わりに引っ越しの手配とかなにからなにまで済ませて、山内は「なにかあったらすぐ呼んでください」念を押して、会社の方に戻っていった。(わざわざ半休とってくれたらしい)
たった数日で嵐のように引っ越しが終わる。
移ったマンションの九階はふつうに元よりネット回線早いしコンビニ近いし快適だった。オートロックに慣れなくていつか締め出されるような気がしたが、山内が最も重要視した部分がこのオートロックだったのでここ否定してちゃあいつかわいそうだよな。
由紀さんから「大丈夫でしたか?」連絡が来てた。「なんとか」とだけ返した。
ベッドに横になって天井見てるうちになんかじんわりと、おっさんみたいないけすかねーくそ嫌なやつはいるけど山内みたいな力貸してくれる人もちゃんといるんだなと思って腹の底のあたりからあったかい気持ちが滲み出てくる。男なんかだいたい性欲お猿でチャンスがあれば飛びついて盛ってくる印象があったけど、「一人がこわい」って部屋に誘った私からビビって逃げて車の中で一泊した山内は、アホでかわいい。私、あいつのこと嫌いじゃねーな。ということを改めて思う。
清水のおっさんが「どうするか決めた?」送ってきて、私は山内に相談してからいつものファミレスを指定しておっさんを呼び出す。