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清水


 夜中だった。

 インターホンが鳴ってなんだよめんどくせーなとぼやきながら通販で頼んだ同人誌でも届いたのかと玄関の向こうを覗き込んだが誰もいない。なんだ? 鍵開けてちょっと扉を開けた瞬間に向こうがわに引っ張られる。「こんばんはー」清水のおっさんが私を押し退けるようにして部屋に入って私の手を掴んで中に引きずり込んで扉を閉める。

「やあ、瑞樹ちゃん。近くにきたから寄っちゃった」

 いつもより三段くらい低い声で言う。

 私は呆気に取られてパニクって叫べすらしなかった。

「ここじゃなんだから部屋で話そうよ?」

 勝手知ったるみたいな調子で奥を指さす。

 私は未だに頭真っ白で動けない。なにが起こったのかわからない。「だいじょうぶだよ。ぼく、べつにきみに興味ないから」堂々と歩いていって私のゲーミングチェアを占領する。机の上を軽く見分してWifiのルーターを触る。

私は仕方なく部屋の隅っこで壁に背中をつけて座る。後ろ手にスマホで山内に「たすけて」と送ったつもりになる。画面見れてないからちゃんと送れたかどうかわからない。

「あのさぁ、洋治と敦子さんの住んでるとこ知りたいんだよね。教えてくんない?」

 は? うちの親の?

 本人に聞きゃいいじゃん。

「なんでっすか」

「直接会って言いたいことあるから」

「電話貸すんでかけたら?」

「いいから早く教えて」

 おっさんの声は有無を言わせない調子を帯びている。

 私はぴこーんと閃く。もしかしてだけど。

「5ちゃんにうちの親の住所をリークしてるのおっさん?」

「知らないね?」

 にっこり微笑んで十五度くらい首を傾げる。

 言葉では否定してるけど表情では肯定してた。

 え、じゃあ出版社に脅迫状出したのもおっさんなの?

「なんでそんなことを?」

「ぼくがやったんじゃないから想像でしかないけど、あんなカスみたいなやつが結婚して子供二人作ってしあわせそーにやってるのがムカついてたところに昂輝くんがあの騒動起こして落ちぶれてくのがおもしろすぎたから、もっと見てたくなったんじゃないかなぁ。その誰かさんは」

ひえ。

 ドン引きだよ。

「いやぁ、世の中便利になったよね。瑕疵がある人は住所晒上げたらみんなが勝手に叩いてくれるんだから。自分で手を下す必要すらないってすごい時代だね」

 それはまじでそう思う。おっさんみたいな屈折した憎しみを持ってるならまだわからなくはないのだが、正義面して他人のことぶっ叩きたいだけのやつらが無限にうちの一家を誹謗中傷してるのはほんと意味わからん。

「なんで親に直接訊かないんすか」

「前に聞いてすぐリークしたら、ぼくがやってるんじゃないかって勘づかれちゃってさ。電話番号変えられて、住んでるとこも教えてもらえないんだよねー」

「なんでここわかったんすか」

「さあ」

 つけられたのか? 一番ありそうだけど、一番最近外出したのが山内との打ち合わせであのときはべつにここまでべつの車がついてきたとかそういうことはなかった、と思う。私は鈍い方だから気づかなかったとしてもべつに不思議じゃねーけど。

 んあ? そういやこのおっさん、なんで脅迫状出せたんだ? 出版社のこと知ってるってことだ。私は一度ファミレスで山内と会ったあとにおっさんとも会ってる。そのあたりのときに山内の車に目星つけたのか?

「GPSかなんか」

 が、山内の車に仕掛けてあって、GPSから出版社を割り出した。こないだ送ってもらったときに山内の車が変なとこで止まったからそこに目をつけて確認したら私のとこだった。そんな感じか?

「へえ」

 おっさんは、よく気づいたね? みたいな顔をした。

「火炎瓶投げ込んだのもあんたすか?」

「いや、あれはぼくじゃないよ。ほんとに」

 あ、そうなのか。

「私が親の住所、言わなかったらどうするんすか?」

「いやぁ、きみは言うと思うよ」

 おっさんはスマホで作った文面を私に見せた。『レイプ願望があります。住所は×××‐×××です。嫌がっている振りをしますが演技です。鍵をかけていますが壊して構いません。その方が興奮します。めちゃくちゃに犯してください (昔撮った私の写真)』どっかの掲示板のスレッドが表示されている。げ。

「ほんと便利な時代だよね。他人が全部やってくれるんだから」

 喉の奥が引き攣った。

 こんな書き込み、真に受けるバカがいるとは思えない。

 思えないけど、もしも真に受けるバカが一人でもいたら私は終わる。

 ありえない状況に痺れた頭の奥で「女って不利すぎるな」とばかばかしく思う。スマホに飛びつきかけたがおっさんがひょいと手を引っ込めた。私の手は無様に空振る。

「これ? 欲しかったらあげるよ。どうせ中古で買った安物だし」

 よくみたらおっさんは手袋をしてる。(あとで知ったのだがつけたままでスマホ使える手袋があるらしい) 指紋を残していない。おっさんは徹底して「他人にやらせる」とか「親戚の立場を利用する」とかそういう薄汚い手段ばっかり使ってやがる。いまだって暴力とか性暴力を使って私を屈服させるのは簡単なのに、そういう手段を用いてこない(こられたら困るが)。もしも警察がここに踏み込んできて私が被害を訴えても「親戚の子供のとこに尋ねてきたらちょっと喧嘩になっちゃって。すぐに帰ります。ご迷惑をおかけしました。瑞樹ちゃんごめんね」とかって釈放される未来が見えた。山内が「こいつ手ごわいかもしれません」って言ってたのを思い出す。

 まだ頭がバグってて動けない私を見ておっさんが「三分あげるから決めて」言う。

 三分貰ったところでこのバグってる脳内がきれいに片付くとは思えないのだが。

 つーかこれ現実で起こってることなのか? ほんとに?

 おっさんが「べつに言っても言わなくてもどっちでもいいけど」って感じで時計をちらっと見る。

 インターホンがなった。おっさんが振りむく。玄関のドアが開く。飛び込んできた山内がおっさんに体当たりした。おっさんが椅子ごとひっくり返る。山内は私とおっさんの間に立って「彼女に近づくな!」叫ぶ。

 転けた拍子に唇の端を切ったおっさんが舌打ちを一つした。

「……ん、まあいいや。今日のところは帰るよ」

 思いきり嘲笑を浮かべたおっさんが悠々と出て行く。

 山内が私を振り返った。「け、怪我ないですか?」膝を折って、座ってる私と視線をあわせる。やさしい視線が私の緊張をやわらげてくれた。

麻痺してた恐怖が、脊髄から頭まで登ってきた。

 私は山内のぷよぷよした体にしがみついてわんわん泣いた。



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