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桐山朋美

 


 なんだかんだあって結局由紀さんについていくことになる。

 例の喫茶店でキリやんこと桐山朋美さんと会う。桐山さんは髪を薄茶色に染めて気の強そうな顔立ちをした、なんていうか、今風の女の人だった。服装も袖がダボッとした服着てるのが流行を取り入れてそう。白のスカートもたぶんそこそこ値の張るブランド品。しまむらやユニクロをバカにしてる女の気配がある。こっち側の喪女二人と向かい合ってるとあまりの人種の違いに目が潰れそうになった。

「木元に言われたから来ましたが、いまさらあの当時のことを聞かれても正直困るんですけど」

 つけ睫毛の乗った大きな瞳をぱちくりさせながら桐山さんが言う。それから私の胸元あたりまで視線が下がって、眉間に皺が寄って微妙な顔つきになる。今回のTシャツは「負けること。投げ出すこと。逃げ出すこと。信じないこと。それが意外と大事」だが、なんだよその顔。「ふうん。あいつ妹いたんですね」木元から私のことを聞いてたらしい。

 由紀さんはこういうタイプの女にトラウマでもあるのか、「あの、あの……」と掠れそうな声で繰り返している。ああ、学生時代こういう系にいじめられてそうだもんな、あんた。視線で私に助けを求めてくる。何聞けってんだよ。

「事件前後の兄の様子とか知りたいんすけど」

「覚えてないです」

 そりゃそーか。二年も前だもんな。

「兄とは親しかったんすか」

「そこそこ程度には。聞いてるでしょうが、あたしはどっちかってと木野達の方と仲良くやってました」

 キノ? ……ああ、木野浩二か。兄がぶっ殺したやつの中の一人だ。

「じゃあ木野さんってどんな人なんすか」

「なぜ加害者の妹のあなたに言わないといけないんですか」

「まあそっすね」

「興味本位に荒らすのはやめてください。事件のこと傷になってる人もいるんだから」

「山田さんとか?」

 テキトーに言ったら、桐山さんがものすごい形相になった。

 少なくとも“なんかあった”んだな。たぶん。

 私は五千円 (二度目なので×2)欲しさで付き合ってただけだったんだが、ちょっと興味出てきた。

「そこまでわかってるなら、なにをしにきたんですか。お金でもせびりに?」

 へー、ほー。お金でもせびれそーな後ろ暗いことはあったんだなー。

「何なんだろーね?」

 とぼけてみる。

「えっ? えっ? どういうことですか?」

 由紀さんがひたすら???マークを飛ばしている。

 なんかもうちょっとくらい桐山さんが失言するんじゃねーかと期待したが、桐山さんは口を真一文字に引き結んで怖い顔で私を睨んでるだけだ。私は「さぁ。カマかけただけだからわかんね」白状した。

 自分がやらかしたことに気づいた桐山さんがサッと青くなった。

 とりあえず山田さんとやらを捕まえて話し聞くのが、一番手っ取り早そうだな。

 話してくれるかはわかんねーけど。というかおそらくは話してくれないんだろうけど。

「帰る」

 桐山さんが立ち上がった。

「どうもでした」

 私は手を振って桐山さんを見送った。桐山さんは店出るなりスマホで誰かに電話していた。コーヒー運んできた喫茶店のマスターさんが「キャラメルマキアート(桐山さんの注文)はどういたしましょう?」と言ってきた。由紀さんと顔を見合わせて「いらないっす」と答える。そのあとでなにげなくマスターの方を見たら、マスターさんが自分で飲んでいた。目があってニコっとされた。中年を過ぎたおっさんのわりに粘っこさのない感じのいい笑みだった。会計のときにこっちの都合でキャンセルしたのにキャラメルマキアートは料金に含まれていなかった。わりといい店なのかなと思った。

 店を出て、駅まで歩いていく途中で由紀さんが振り返って曲がり角についてるミラーを見る。

「あの、瑞樹さん。気のせいかもしれないんですけど」

「ん?」

「だれか私達についてきてません?」

 振り返ろうとした私を由紀さんが「後ろ見ないでください。向こうはこっちに注視してるので、見ようとするとすぐバレて警戒されます」と言う。「ちなみに真後ろじゃなくて逆側の歩道にいます。斜め後ろからっていうのが、尾行するときのセオリーなんです」へえ。世界一いらない豆知識だなと思ったが今回は実際に役に立ってるのか。

「同じ方向に歩いてるだけじゃないの?」

「そうかもしれないんですが喫茶店の近くのパーキングから私達が通った直後くらいに出てきて、そのあとずっとついてきてるので。なんとなく変かなって」

 ふうん。

 丁度交差点に差し掛かった。赤信号を見上げる。

「どんなやつ?」

「スーツのおじさんです」

 へえ。

「んーじゃあ、私ここ右曲がって、ぐるって回ってあの、」私はまっすぐいったところ200メートルくらい先に見えてる青い看板を指さす。「ブックオフまで行きますから、由紀さんはそのまままっすぐいってください。んでまずどっちについてきてるか確かめましょう。もし私についてきてたら引き返してそいつがどんなやつか後ろから追いかけて写真かなんか撮って送ってほしいです。由紀さんについてきてたら、スマホ鳴らしてくれたら私がそいつの後ろいってみるんで。ブックオフで落ちあいましょう」

「は、はい。わかりました」

 私は交差点を右に曲がった。由紀さんに手を振って別れる。ガソリンスタンドとコンビニがある通りをぼんやり歩いてると、由紀さんから「瑞樹さんのことを追いかけてるみたいです」との一報が来る。ふうん。物好きなやつもいるもんだな。左に曲がって小さな通りに入る。人通りの少ない道に入ればあとつけてきてるやつをあぶり出せるんじゃないかと思ったが、二、三人のおっさんが後ろを歩いてて私の前にも普通に人がいるので元々それほど人通りがない道ではなかったらしい。もう一回左に曲がって元の大通りと同じ道まで戻る。

 ブックオフに到着して、店内に入り、速攻で女子トイレに逃げ込んだ。

「撮れました?」

 由紀さんに連絡してみると写真が送られてきた。

 ダークグレーのスーツを着た背の高いおっさんが街の中、私の斜め後ろを歩いている。

 よく見て「なんだ、清水のおっさんじゃねーか」と思う。無駄に緊張して損した。ため息を吐く。『心配いらねす。清水っていう親戚のおっさんすわ』由紀さんにもそう説明する。すぐに由紀さんから『親戚のおじさんであることとストーカーであることはべつに矛盾しなくないですか?』と送られてくる。……………………、あ、そうなのか。

 え? でも声かけるタイミング見失ってたとかじゃないの? いや、違うのか。だってあのおっさん、足なげーし。とろとろ歩いてる私に声をかけるタイミングなんかいくらでもあったはずだ。つーかそもそも女友達 (に少なくとも見えるはずだ)と一緒に歩いてる親戚の子供付け回すか?

 なんだ、あのおっさん。

 なにがしたいんだ?

『いまお店の中にいますか?』

『女子トイレに』

『清水さんは向かいのローソンの前で煙草を吸ってます。さりげなくブックオフの入り口を見てる感じがします』

『あんたどこにいるんすか』

『清水さんの向かい側の歩道で人待ちしてSNSやってる風を醸し出してます』

 ……なんかこっちはこっちで手慣れてる感あるんだけど、なんで?

『警察呼びますか?』

『や、ほんとにまじで後ろ歩いてるだけだったとき気まずいし、たぶん逮捕とかになんないから、しくったときに大事になりそうで怖い。今日のところは放流で』

『了解です。私、どうしましょう』

『清水さんいなくなったら教えてほしいけど、長引きそうなら帰っていいよ』

『はい』

 私は女子トイレを脱出して適当に店内を見て回ったが、動揺してるのか立ち読みしようと漫画を手にとっても内容が頭に入ってこなかった。漫画とか小説とかを楽しむのって余裕がいる趣味なんだなと思った。三十分くらいぷらぷらしてたら由紀さんから『清水さんがお店の前から離れました。いまは大丈夫だと思います』と来て、私はようやくブックオフから脱出して由紀さんと合流した。

「どうします? とりあえず見えるところにはいないと思いますけど」

「うち帰るのこわいっすねえ」

 じーっと由紀さんの顔を見る。

「な、なんですか」

「うち帰るのこわいんっすよねえ」

「え、えっと?」

「泊めて? 一万ちゃらにしていいから」

 ノーパソ持ってきてるから仕事に支障はない。

「えっ? えっ?」

 困ってる。おもしろいな。

 いじりがいあるよなぁ、この人。

「だ、だっだっだ、ダメです」

「お願い」

「う……」

 たじろいでいる。

 もう一押しか?

「じゃ、行きましょう」

「ほ、ほんとにダメなんです!」

「実家暮らしとか?」

「ひとりですけど……」

「じゃ問題ないじゃないすか。れっつごー」

 ダメです、を繰り返す由紀さんの後ろを「はいはいーわかりましたー」言いながらずっとくっついて歩いてたら、結局向こうが折れた。「じゃ、じゃあ寝室には絶対入らないでくださいよ? 絶対ですよ!」なにがあるんだよ。まあなんかあるんだろう。頑なに拒否るからちょっと興味出てきたけど、そんなに積極的にプライバシーを侵害する理由もなかったので入らないでおいてやろうと思う。

 途中でコンビニに寄って適当な飯と酒と変えの下着とか歯ブラシとかを買う。

 由紀さんは入り組んだ路地を曲がって学校の横を通り抜けてアパートの階段脇でスマホ弄ってる男の横を通り抜けて二階の203号室のカギを開ける。「ここ、兄は呼んだことあるんすか」訊いてから、あ、付き合ってたのが高校時代ならそんときは一人暮らしじゃなかっただろーし呼んだことあるわけねーか、と自己完結したが由紀さんは戸惑った表情を見せたあとで「はい、呼んだこと、あります」答えた。え、まじで?

 疑問符を浮かべながら由紀さんについて部屋の中に入る。キッチンが細長い廊下についてるうちと家賃が変わらなさそうな部屋だった。机置いただけの物の少ないリビングで、由紀さんは奥の部屋に続く襖の前を陣取って「ぜったいにこっちの部屋には入らないでくださいよ!」と言う。

 そんな風に言われたら逆に気になるじゃん。

 でもまあ誰にでも見られたくないものの一つや二つくらいはあるもんだろう。私だってパソコンの中身見られたらちょっと死にたくはなる。

 コンビニ飯かっくらいながら酒飲んで話してたら、気づいたら寝てた。何話したのかちゃんと覚えてないが、なんか朧気に木元のことについて愚痴って号泣した記憶がある。べつに未練ってわけじゃないんだけど。二日酔いで頭いてえ。

 外はもう朝になってて由紀さんはいない。仕事に出たらしい。テーブルの上に置かれたカギに「帰るときにポストに放り込んどいてください」ってメモが添えておいてあった。

 …………………

 おっと。手が滑った。がっ。

 襖をあけようとしたら、開かなかった。鍵がかかっているらしい。


 ちっ。



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