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木元崇

 

 木元と実際に会うことになって前と同じように喫茶店に向かう。相変わらず雨が降っている。歩くのがくそだるいけど仕方なく傘を差してコンビニとケンタッキーに挟まれて萎縮した喫茶店のドアを開ける。昼の十二時の待ち合わせに十分前には来てる時間にだけはちゃんとした由紀さんが四人掛けのテーブル席でコーヒーを啜っている。今日は薄手のカーディガンを羽織って下はチェックのスカート。胸元を若干開けている。傍らに花柄の傘。ちなみに私はTシャツにジーンズである。傘も無地のデカいだけの安物。

「こんにちは」

 どこに座るか一瞬迷ったが、由紀さんの隣に座ることにした。木元がきてあいつの隣に座ることになるのはなんとなく嫌だった。

「こ、こんにちは」

 由紀さんが私から視線を逸らしながら言う。なんかこう、嗜虐心を煽るやつだな、青山由紀。たぶん学校でいじめられてたんだろーなと由紀さんの過去を想像する。私なら絶対にいじめていた。影でめっちゃ笑いものにしていた。だって乳デカいのムカつくし。

 それから兄が彼女にするならこういうタイプのやつなんだなとちょっと不思議な感じがした。兄は高校でスラッガーやってて顔も悪くなかったからわりとモテた。バレンタインデーに食いきれないってチョコの処理手伝わされた。私はいったいなにをやらされてるんだろうとやや惨めな気持ちになりながら兄と一緒に義理と本命の入り混じったチョコの群れを処理した。そんな選り取り見取りだった兄があえて選ぶならこういう人なんだなと思うと、「困ってる人」が気になってしまう兄の人柄みたいなものが朧気に浮かんできた気がして多少愉快な気持ちになった。

「由紀さんって、」

 適当になんか聞こうと思ったら、喫茶店のドアが開いて男が入ってきた。灰色のパーカー来て鶯茶色のパンツを穿いている。木元だ。笑ってたらSMAPの香取くん風に見えなくもなくてそこそこ顔がいいが、いまは仏頂面。あんま変わってない。木元は兄とは小学校からの付き合いでずっと仲がよくて家に遊びにきたことも何回かあった。兄の知り合いと会うのは随分久しぶりのことで私は心臓のあたりがぎゅっと締まるのを感じる。緊張している。

 おっさんが木元の案内に向かって、木元が店内を見渡して私と由紀さんに気づく。私が左手を雑にもちあげて「よっ」というジェスチャーを送ると木元は苦虫噛み潰したような顔になった。心なしか視線が私のTシャツにあるような気がする。『引く! 媚びる! 省みる!』の柄はわりとお気に入り。

「なんでおまえがいるんだよ」

 木元が私を睨む。

「頼まれたから。ついてきてくれって」

「あの、その、すみません。頼みました……」

 由紀さんが私と木元に交互に視線を振っておろおろしている。なんだこの首振り人形おもしれー。子供の頃こういう玩具持ってたなぁ。私はこの手の玩具を全部壊してしまうタイプの子供だったけど。

 木元は舌打ちしながら由紀さんの向かいに座った。注文を取りに来たおっさんに木元がミルクティーを頼む。意外とかわいいもん飲むんだな、木元。

「話があるって言うから来たけど、もしかしてこいつの関連のこと?」

 木元が首の後ろを引っ掻きながら嫌そうに私を見る。

 というか由紀さん事情説明してなかったのかよ。

「は、はい。昂輝くんのこと教えて欲しいんです」

 はぁ、と木元が大きく吐いた息には落胆が多分に混じっていた。こいつ、高校時代の友人とセックス的な意味でワンチャンあると思ってここ来たな? なっさけねー男。「思い出したくないんだけど」言いながら、木元の視線が由紀さんの胸元に向いている。まだやりよう次第でなんとかできると思ってるのかもしれない。

「ってかこいつに訊けばいいじゃん」

 木元は私に手を向ける。指ささない程度の気遣いはあるらしい。

「事件前後のサークルでのこと知りたいんだって。私はそれ知らん」

「は? おまえが聞きたくて青山に言わせてんじゃねーの。こっちが知りたがってるってていにして」

「私がそんなに頭が回る女だと思うか」

 木元は小首を傾げてちょっと考えたあとで「まあそれもそうか」と言った。

 自分で言うのはいいんだが他人に言われるとムカつくな。

「でも俺もそんな詳しいこと知らねーよ。昂輝とは大学入ってからもよく話してたけど、あいつあんなこと匂わせもしなかったし。被害者の五人ともグループ違って別段仲良くなかったから。ただ同じサークルだったってだけで」

「兄とそいつら、どんな関係だったの」

「ほとんど接点なかったはず。だからほんっとびっくりしたし、怖かった」

「ふうん」

 私は頬杖ついて木元の顔を覗き込んだ。

 木元は不愉快そうに鼻を鳴らした。由紀さんを見る。

「だいたいあんたなんで昂輝のこと知りたいわけ」

「つ、付き合ってたんです。高校時代。だ、だから、昂輝くん信じたくて」

「へ? まじ?」

 木元はなにか言いかけて、口を閉じた。

「……いいよ。話せることあんまりないと思うけど、なんでも聞けよ」

 由紀さんがメモ帳とボールペンを取り出した。

 横目にメモ帳を覗き込むと事前に訊きたいことを考えてきていたらしい。

「先ずお名前と職業からお願いします」

「インタビューみたいな感じにするわけ? まあいいけど。木元崇。配送業をやってる」

「相塚昂輝さんとの関係は」

「友達だったよ。たぶん、一番親しかった」

「事件の前後のことを聞かせてもらえませんか」

「具体的には何話せばいいわけ」

「え、えっと」

 由紀さんが困った顔で私を見た。おい。

「関連なさそうなことでもいいけど覚えてることなんかない?」

「っても、事件の前は平穏なもんだったし、事件の後はマスコミ関連とかでごった返しててわちゃわちゃしてて細かいことなんかなぁ」

 なるほど。要するにこいつは平時でも急を要するところでも役に立たない欠片も役に立たないダメ男なわけだな。

「ああ、そういえば山田が学校来るようになったかな」

「山田?」

「サークルのマネージャーだよ。いつごろからだったかな。大学来なくなってたんだけど、事件のあとからちらほら学内で見るようになったんだ」

「ふうん」

 大学生なんか突発的に来なくなるもんだし、急に来るようになるものだけど。

 由紀さんは熱心にそれを書き留めている。関係ねーだろと私は思うが。

「山田さんってどんな方ですか」

「なんていえばいいかな、このコンタクト全盛時代に眼鏡かけてる堅物系。人の世話焼くのが趣味でその延長でマネやってた感じ。いいやつだったよ。狙ってるやつも多かったんじゃないかな。そういうの、適当に捌いて流してたけど」

 こいつ、さては適当に捌かれて流された側だな。

「その方の連絡先とかって?」

「わかんね。あいつ、マネージャーやめてたし辞める時にスマホ変えて一緒に番号も変えたらしくてさ、知ってるやついねーんじゃないかな」

「それはおまえが個人的に嫌われて着信拒否されてたんじゃなくて?」

「ちげーよ。他のやつに訊いても繋がらなかったっていってたんだよ!」

「それはおまえに気を使ったんじゃなくて?」

「おまえの中で俺はどんなイメージなんだよ」

「え? 訊きたいの」

 語彙力の限りを尽くした罵倒が喉から出かかったが木元が「勘弁してくれ……」というので仕方なく言わずにおいてやった。

「あの、お二人はどんな関係なんですか」

「元カノ」 

 木元が嫌そうに言った。

「不本意ながら。お互い高校生くらいのときの」

 私は腸が切れそうになりながら木元の言葉を肯定する。

 由紀さんが目を丸くした。

「え、お二人が? その……」

「別の話しにしねえ?」

 なに言ってもめんどくさそうで話題を変えようと思いました。

 由紀さんがきょろきょろ私と木元の顔に視線を振って「あ、あの、私ちょっとトイレに……」と言って席を立った。私と木元はテーブルをはさんで見つめ合う。訂正。にらみ合う。木元がうざそうにため息を吐いた。水を一口飲む。

「なぁ、あいつ、だれだ」

 木元がトイレの方を指さした。

 由紀さんのことか?

「いや、おまえの同級生だろ」

「俺、あいつ見たことないよ。だいたい高校のときの昂輝の知り合いで俺とおまえが付き合ってたの知らないやつなんかいる?」

「あ?」

 言われてみれば。思い出したくもないが、私たちは当時脳みそが溶けていた。ところかまわずにいちゃいちゃし、よく冷やかされ、兄にすら呆れられていた。当時床にべたーっと座ってる木元がいればその足の間に私が座り込み木元が私の頭の上に顎を載せていた。自転車を二人乗りして木元の腰にぎゅーっと抱き着いていた。そのバカップルっぷりは私の周辺と木元の周辺で轟き渡っていた。あの当時、私や兄の周辺で私と木元が付き合ってたことを知らないやつなんていただろうか。ってかなんだこの黒歴史は。あぁ、木元の存在ごと消去したい。

「俺さ、昂輝が付き合ってた女はほとんど知ってるつもりだったけどあいつのこと知らねーよ。少なくとも同じクラスとか部活の繋がりとかじゃなかった」

「…………」

「あいつどーやって昂輝と知り合ったんだろ」

 しばらく考えてたけど、あの頃の兄の生活は学校と部活と勉強でほとんどが構成されていてごくまれに遊びにいくのは大抵木元とだった。もちろん兄の生活なんて全部知ってたわけじゃない。だからどこかしらに穴があって私たちの全然知りえない場所で由紀さんと知り合いひっそり付き合ってても別におかしいことじゃないんだけど。

 違和感は残った。

 トイレから出てきた由紀さんが私の隣に座る。

「そ、それで、続いての質問ですが、いきつけのお店とか」

「ここは、よく来てたよ」

 木元がとんとんと指でテーブルを叩いた。

「俺とも来たし。女の子と一緒に。それこそ山田とか、シズとかキリやんとか」

「シズさん、キリやんさん」

 由紀さんがメモを取る。

「お酒とかは」

「ああ、そこのとこの、」木元がケンタッキー側を指さした。「居酒屋が、味はいまいちだけど団体割りが利いてサークル御用達だったんだ。年齢確認厳しくねーし。多少ハメ外しても大目にみてくれるし。うちの大学のやつはだいたいあそこ行ってたんじゃないかな」

「なんて名前の店」

「虎武流」

 田舎のヤンキーがつけたような名前だな。

「あいつ、酒強かったの?」

 私は兄が酒飲んでるとこを見たことがない。

「まあまあかな。ああ、山田は強かったな。何杯飲んでも顔色変わんねーの、あいつ。潰そうとして挑んだ男の屍がそこいら中に転がってた」

 木元がくくくと笑う。

 山田って人とは親しかったらしい。

「他に親しかった人は」

「ジマとカズとユッキーとシズとキリやんかな。真島隼人、石川義一、幸内勇樹、巻波静香、桐山朋美。ああ、あと山田橙子」

「山田って人だけあだ名じゃないのはなんで?」

「ヤマダってなんかヤマダってだけであだ名っぽい響きになんね?」

 そのセンスはわからなかった。

「その人たちと連絡先ってわかります?」

「わかるやつもいるけど、了解とってないからいまはこの場では教えらんない」

 木元のくせにそのへんちゃんとしてるのムカつくな。

 由紀さんが頷く。

「もし了承がとれたら連絡先を教えてもらえませんか」

「まあいいけど」

 木元は視線を逸らしてて由紀さんを信用しかねている感じだ。どうも積極的に協力はしてくれなさそうだった。まあ私は金目当てできただけだからどっちでもいいけど。

 由紀さんはもう二、三個質問したが木元が答えられなくてそのままなんとなく流れで解散になった。

 んでうちに帰る途中で5000円受け取ってないことに気づいた。



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