山内
編集の山内と会った。山内はまだ三十三なのに太ってるしハゲかけてるし、ファッションセンスがなくてYシャツがパツパツで襟の内に汗の染みとかあっておおよそ異性としては見れないタイプだ。絵を見た感想も「シコいですね」とか言い出すので結構キモいのだが「ここをこうした方がもっとシコいと思います」みたいな指示が具体的なのでたぶんそんなに悪いやつじゃないんだと思う。もっとやばい編集はどこが悪いかを具体的に言えずに「なんかちがう」で延々NG出されて時間と労力吸われ続けた挙句にイラスト一枚分の金しか渡してこなかった。死ねと思いました。
「相羽さんおひさですー」
ファミレスで丸い顔の額にかいた汗拭く山内は付き合う人間を自由に選べるなら絶対選ばないタイプの人間だが、仕事だから仕方ない。向かい側の椅子を引く。山内が私の「体は大人 頭脳は子供」と印字されているTシャツを見て「お代わりないようで」と言って微笑んだ。
「何か食べますか。ボク奢りますよ」
「じゃあウルトラスペシャルデンジャラスパーフェクトパフェタワーで」
私はメニューの裏に乗ってるドデカいパフェ写真を指さした。お値段四千五百円。どうでもいけどパフェの語源ってパーフェクトらしいのでこれってパーフェクト・パーフェクトって言ってるんですね、どんだけ自分に自信あるんだよ。
山内は財布の中を覗き込んで捨てられた子犬みたいな目をした。
「冗談です。ポテト頼みましょう。あとドリンクバーで」
ぱっと表情を明るくする。ボタンを押して店員を呼び出す。感じの悪いおっさんの店員がどこどこ歩いてきて、注文の内容を復唱もせずに店の奥に引っ込んでいった。こないだの喫茶店のおっさんの愛想のいい笑顔と比較して微妙な気持ちになる。
「進捗どうですか」
「ぼちぼちです」
ノートパソコンを開いて「こんな感じですけど」と、先にメールで添付したものにざっくり色を塗った絵を見せる。電源つかっていい店だから充電気にしなくていいのが楽だ。
「ふんふん。アジアジのおっぱいちょっとちっちゃくないですか。もっと谷間見せたいですね」
「ですかね」
「ミッコはまだシコくないですね。スカート短くしてみません? 絶対領域アピっていきましょう。表情も硬いな。もっと戸惑い出したいです。目と頬いじりません?」
「あー」
「あと、アレンちゃんは逆にいまは二の腕見せてる感じになってるけど完全防御の肌色どこも映ってないくらいがいいと僕は思ってるんです。これは、倉持さん(この絵のライトノベルの作者さんだ)とも解釈一致してて。次の六巻で脱ぐの決まってるんですけど、その脱いだときとのギャップ出したいんですよ」
「へー」
私はその場でちょっと絵を直してみる。
「こんな感じすか」
もう一回見せる。
「いいです。いいですよ! とってもシコいです。この路線でお願いします」
そのシコいってのほんっとキモいからやめてほしいんだけど実際こいつが「シコい」って言った絵と「シコくない」って言った絵だと反響が五倍くらい違うからこいつのシコメーターは結構正しいんだろう。なんか嫌だなぁ。
ポテトが運ばれてきたのでつまむ。塩気が足らん。
「味薄いっすね。塩かけていいですか」
山内の方から言ってきて、私が返事をする前にごりごりに塩を振る。空気読めねーなこいつと思うが実際食ってみると丁度いい塩梅にはなった。
「コーヒーでいいすか」
「あ、お願いします」
ドリンクバーに山内が立つ。
帰ってきた山内の手にはアイスコーヒーにコーヒーフレッシュとシュガーもきちんと添えられている。片手でパソコン触りながら歯で挟んでフレッシュとシュガーを開けてストローで混ぜる。
「相羽さん相羽さん、あれ見ました? 佐藤くんの新作」
「魔界戦艦ですか」
「そうです。あれよかったですね、椎名にゃんシコかったなぁ!」
「あたしゃライバくん好きでしたね」
「ライバくん、いいショタでしたね! モブおじになってぶち犯したい」
その意見にはおおむね同意だがファミレスでする話じゃねえだろ。
とは思いつつも私と山内は最近見たアニメやラノベ、漫画の話でしばらく盛り上がる。山内は私が知ってるくらいには世に広まってる作品はほぼすべて網羅してる。たぶん私生活で起きてる時間ずっとアニメ流してる。出版社でのちゃんとした打ち合わせのときの休憩時間に栄養補給と言って自分で編集した山内曰く「シコい」シーンを集めた切り抜きをじーっと見ていた。覗き込んでたがなかなか尊かった。
こういう業界生きてくには頭のネジが二、三本くらい飛んでる必要があるのかなぁと思いました。
二時間くらい仕事と最近のアニメや漫画の話をしてから山内が「すみません、ぼく次の打ち合わせあるんでこのあたりで失礼しますね」と言って伝票とって店を出た。私はもうちょっとドリンクバーで粘って作業を続けてから、店を出た。空見ると雲が出てて雨降りそうだった。
「あれ? 瑞樹ちゃん?」
一瞬、自分のことを言っているのをわからなかった。誰かが私の名前を呼ぶときは大抵「相羽さん」だったから。「あれ。おーい、瑞樹ちゃん」駐車場で話しかけてきたおっさんを私は邪険に振り返る。スーツ姿の中年のおっさんが肩のあたりまで手をあげて、私に睨まれてその手の行き場所を失っていた。笑顔を作りかけて固まっている。叔父の清水さんだった。堀の深い顔立ちで薄いヒゲ生えた感じのいいおっさんで山内より十くらい年上。どっかの商社で働いてるらしい。
「あ、どうも」
私が顔つきを崩すとおじさんもぎこちなく固まっていた笑みを柔和な感じに戻した。「久しぶりだね、元気だったかい?」「ぼちぼちですね」「いまはなにをしてる?」「プラプラしてます」「洋治と敦子さん(私の両親の名前だ)は?」「知らねーです。最近会ってないので」適当に雑談を振ってくるけど私は適当に答えを濁す。
私はこのおっさんが苦手だった。べつにどこが悪いと言うわけではないのだけれど。しいてあげるならいつも感じのいい笑みでヘラヘラ笑ってて腹の中が見えないのがきしょかった。なに考えてるのか全然わからん。
「清水さんは、仕事中ですか」
「そう。メール送らなくちゃいけないんだけど、ノートパソコンの電源切れちゃってね、ほら、ここ、コンセント使えるでしょ」
なるほど。
「あ、瑞樹ちゃん、いいものあげるよ。ほら、これ」
清水さんはバッグの中に手を突っ込んでてのひらに収まるくらいのサイズのクマのぬいぐるみを取り出した。茶色で、声とか出る系なのか中になんか入ってるらしくて少し重い。
「取引先でもらったんだけどさ、ぼく子供いないし。いらなかったら捨てちゃっていいから」
「はぁ。ありがとうございます」
「じゃあ、ぼく仕事するよ。引き止めちゃってごめんね」
清水さんが店の中に入っていった。
「……」
私はクマのぬいぐるみをしばらく眺めたあと、自販機の隣にある缶ジュースのゴミ箱の蓋を外してクマのぬいぐるみをそこへ放り込んだ。
一週間ほどして由紀さんから電話が掛かってきた。「あの、もしもし」「はい、なんですか」「昂輝くんの妹さんですよね?」「そうっすよ」確認するまでもなく電話番号登録してんだろ。めんどくせこの人。「あの、その、えっと」しかもなんか「今日はいい天気ですね」とか言い出した。本題を言い淀んでいるらしい。舌打ちしそうになったが付き合ってやることにした。「雨好きなんすか」私は窓の外を見た。空の色は灰色で結構降っている。ザァザァいっている。煙っている。
沈黙。
「……天気の話題は外さないって本に書いてあったので」
天気の話題で外す方が難しいんだけどな? なにこのコミュ障。いや、私も別にコミュ力高いほうじゃねーけど。むしろ低い方だが。
「その、あの、ごめんなさい。それじゃ」
「まてまてまて、なんで電話かけてきたんだあんたは。天気の話がしたかったのか」
「ひっ」
「いちいちビビるな」
ほんっとめんどくさい。
「しょ、少々お待ちください」
電話越しにすーはーと由紀さんが深呼吸するのが聞こえてきた。
「戻りました」
「はい」
「あの、高校時代の同級生から辿って、こ、昂輝くんのサークル仲間だった人にコンタクトが取れたんですよ」
「へえ」
「そ、それでよければ一緒にいってほしいんです」
「嫌ですけど」
「え!?」
驚いてるが、むしろなんで行くと思ってたんだ?
「お願いします」
「嫌です」
「他に頼れる人いないんです」
「人に頼らなければいいのでは?」
「えっと、その、正論で殴らないでください」
あからさまにしょんぼりしている。
なんでだろ。私まったく悪くないのにいじめてる気分になってくる。
かわいそうになってくる。ああ、もう。
「5000円」
「はい?」
「5000円くれるなら行きます」
「ええと、その、はい、わかりました。お支払いします」
具体的にこの日とこの日なら空いてますー、というのを伝える。「調整してみます」由紀さんが言い、唐突に電話を切った。ぶつ切りだった。二時間くらいして三日後の木曜日に例の喫茶店に来てくださいと送られてきた。それから会う相手の名前は木元崇でインスタグラムのアカウントがどーたら。……木元さんね。
一応、なんか言われるんだろうなと腹は決めといた。