相塚昂輝
しばらくぶりに兄に会いに行ってきた。
ガラス越しに見る兄は髪の毛を剃られていてちょっと痩せたように見えたが、中~高校のときから兄は野球部の規則とかで坊主頭のことが多かったし大学入ってからはむしろちょい太ったかな? くらいだったのでべつに違和感はなかった。刑務所の薄緑の服着ててもわかるくらいには元のスポーツマン然とした体形を維持していた。まあちゃんと見たらトレーニング漬けだった高校のときと一緒ってわけにはいかないんだろうけど高校時代に戻ったような感じがした。
「よっ」
私が言う。
兄が目を細めて笑う。
「兄貴のこと、いろいろな人からいろいろ聞いたよ。木元とか石川さんとか桐山さんとか山田さんとか」
「そっか。んー、あー」
兄は首を振って、あちこちに視線をやった。
んで頭の中で言う事を纏めてから話し始めた。
「外野共が何言ったか知らねーけどさ。あいつのことはそんなに関係ないんだ。俺はやりたいからやったんだよ。プロになれなかったときにさ、自分の人生にそこそこ絶望したんだ。心の底のどっかにあった俺は特別な人間でそこいらの底辺と違うんだって自信が根っこからへし折られたんだ。んなときにあいつらのことが出てきたわけ。殺してもいいくらいの無価値なゴミがそのへんに転がってたんだよ。昔っからやってみたかったんだ。俺は金属バットで人間をボコボコに殴ってみたかったんだよ。でもんなことやっちゃいけないじゃん。他人にんなことやる権利ないじゃん。つーか俺の人生終わるだろ。それが全部解決したんだよね。やっちゃいけないことやったやつが、他人にそういうことぶちかましたやつが、俺の人生が終わったときに現れたんだよ。なんかもううっきうきだったよ。楽しかったな。正直おまえには悪いと思ってるよ」
「んなことだろうと思ってたよ」
よーするに兄が山田さんのことを話さなかった理由は、それが真実じゃないからで。
兄は本当にやりたかったからやったから、犯人たちのことを話すことは兄にとっては「山田さんを巻き込む」ことだったわけだ。そりゃそうだ。恋人でもない他人のために自分の人生をかけて人間五人ぶっ殺すなんてそうそうできることじゃない。
せっかくなので由紀さんのこととか私の近況のこととか他のこともいろいろ話した。
兄は由紀さんのことを覚えていなかった。「そんな子もいたかもなぁ?」くらいだった。不憫なやつだな、青山由紀。や、アプローチの仕方が完全にオワってるんだから自業自得だが。今度また酒飲む約束してるからそのときにいろいろ話してやろう。
「木元とおまえどんな感じ?」
「べつにもうどうにもなんねーよ」
「あいつおまえと別れたときマジのガチで落ち込んでてくっそうざかったんだけど、さすがに吹っ切ったか」
…………
言われてみればさっき『おまえ見てたら不安なんだけど。できれば手元においときてーわ』てLINEで来てたな。私は『見なければいいのでは?』って返したが。あれもしかしたらコナかけてたのか? いや、もう木元とはどうにもならないけどさ。
そんなこんなでだらだら話してたら、面会時間の三十分はすぐに過ぎていた。
「また来るよ」
「来なくていいよ」
兄はシッシッと手を振った。また来てほしいのに素直になれないのだ。
刑務所から出て行って、駐車場で待っててくれてた山内のRX-8の窓を手の甲でコンコン叩く。山内がドアを開けて、私は助手席に滑り込む。
「じゃ、家まで送りますね」
「ん? 今日休みっすよね?」
「そ、そうですけど」
山内は視線を彷徨わせる。どぎまぎしている。このままいったら私を家まで送ってそのまま山内は帰ることになるらしくて、私は、あそっかこれ私から行動起こさないとなんも起こらねーのか、と思う。ったく。しょーがねーやつだな。
「どっかで飯食っていこうぜ」
「あ、はい」
「気合い入れてエスコートしろよ」
シフトレバーを握る山内の左手に右手を重ねてみたら、山内はきょどってた。
草生えた。
終わり