青山由紀
酒飲みたくなったから由紀さんを誘った。「由紀さんち行くんでー」言ったらきょどって拒否してたが、押しにクソ弱い人だから押しかけたらどうとでもなるのがわかりきってる。いつもの「電車の中でみんなが私を見てる」の被害妄想に襲われながらどうせ被害妄想だと無視して三駅先の由紀さんとこの最寄り駅で降りる。改札を出て、ちょっと歩いたところにあるコンビニで酒とつまみと弁当を見繕う。
ついでに少年漫画を立ち読みしてたら、日が落ちて暗くなってくる。スマホで時計を確認したら午後七時。そろそろ由紀さんの仕事が終わって家帰ってる頃合いだと見計らって、目をつけてた食い物と酒類を買って、パンパンの袋と一緒に歩き出した。
アパートについてインターホンを押す。出てきた由紀さんは予想通り「ダメです」を連呼するけど、「いーから入れてよ袋持ったまま帰れないよー重いよー」で粘ったらだんだん語気が弱くなってくる。もう一押しだな。と思ったところでスマホが震えた。誰だ? 画面を見たら木元だった。
『おまえいまどこ?』
『由紀さんとこだけど』
『いますぐ離れろ』
『あ?』
『梓 (高校のときの兄の彼女の一人だ)が覚えてた。青山由紀は俺らの学校じゃなくて隣の女子高で、傷害で三回パクられて退学になってる』
……は? 思わず怪訝な目で由紀さんを見る。そしたら後ろからカンカンと誰かが階段を駆け上がってくる感じがして、誰かの影が私にかかった。振り返りかけた瞬間に誰かが私を思いきり突き押して、私は部屋の中に倒れこんだ。デコを打った。痛い。袋から出た酒の缶が転がっていく。
「声を出すな。出したら殺す」
そいつが片手を由紀さんに向けて突き出して言い、由紀さんがビビッて後退る。私の顔の傍にはジーンズの足があって、少し顔をあげたらその先にはナイフ(目算で刃渡り10㎝くらい、銃刀法違反)が刃先を由紀さんに向けていた。体つきを見るに男らしい。下からわかりづらいが背丈は由紀さん(165㎝見込み)とよりもちょっと高くて山田さんより気持ち上ぐらい。顔は優男風味。いまは興奮して目を剝いてるからキモいけどふつうにしてたらそこそこモテそう。「動くなよ」男が私を見下ろして左肩を踏んだ。体重が掛かる。重い。男はもう一度由紀さんのほうを見る。私は踏んでたら充分だって思ってるらしい。私は右手をバッグに突っ込む。「写真を出せ」、「写真?」、「持ってんだろ」由紀さんがゆっくり動いてプラスチックで出来た引き出しを掴む。男はそっちを注視してる。大丈夫、私を見てない。私はカバンの底にあるスタンガンを掴んだ。私を踏んでるのと逆の方の足に押し当てて、スイッチを入れた。スパーク。デニムの生地が焦げる。「あぎゃぎゃぎゃぎゃ」カラン。手から落ちたナイフが私の顔の横で音を立てた。スタンガンあてたほうの足が浮いて、不意に私の肩に男の全体重が掛かった。いっ。痛みで押し当ててたスタンガンが離れた。
電撃から立ち直ってつんのめった男が酒の缶を踏み潰す。壁に手をついてどうにか倒れるのを防いで血走った目で私を睨む。「この、クソアマ」、「やめて!」背後から男を止めようと駆け寄った由紀さんが、男が振った手に突き飛ばされて部屋を隔てる襖に派手にぶつかる。
私は左手をバッグに突っ込んで、さっきスタンガンと一緒に上に持ってきておいた丸い感触を引き出す。「死ね」熊避けスプレーを男の顔に向けて吹き付けた。説明文に一般的な痴漢撃退スプレーより強力って書いてあったから買ったやつだ。効果は覿面で「ぎゃあああああ。目がぁ。目がぁぁ」相当痛かったらしくて男は床を転げまわり始めた。トドメ刺しとこうと思って、最大出力にしたスタンガンを腕に押し当てた。バチィ。
馬乗りになってスタンガンを当て続けてたら男が戦意喪失した。男のデニムの股が濡れてる。スタンガンってこえーな。例の火炎瓶事件以来ずっと持ってたものだが、実際に使ったのははじめてだった。怖かったけどちょっとわくわくした。緊張と恐怖で手が震えてる。
雑誌かなんかをまとめるのに使ったらしいビニール紐が目に付いたからとりあえず男の手と足を縛った。んで仰向けに倒れてのびてる由紀さんを助け起こそうとしたら、派手に倒壊した襖の奥の寝室が見えた。灯りはついてなかったが、こっち側の部屋の光が向こうに漏れて中が見える程度ではあった。
部屋の壁や天井に、兄の写真がべたべた張り付けられていた。野球やってるのとかふつうの写真もあったが、風呂の途中とか自慰してるのとかあきらかにヤバそうなやつもあった。
わたしは由紀さんの暗い寝室と居間をぐるっと見渡した。
縛られた男、倒れた由紀さん、倒壊した襖に、やばい写真だらけの寝室、踏み潰された酒からアルコールの匂いが漂う。
…………カオスか?