御都合主義の怠惰な奥様は、永遠に夢の中。
つまらない毎日だ。何の刺激もない。
昔は、夢や希望なんてものがあった様に思うけど。
そんなの数十年経つと、現実を知る。
成功者は、一握りだ。
今の自分の現状に満足しているのも少数派だろう。
何かしら、不満を抱いているはずだ。
上を見たらキリがないからね。
下も、同じかもしれないけど。
大学卒業し、仕事して、人並みに結婚して、子どもが出来て、また仕事して。
落ち着いて振り返ったら、何にも残ってなかった。
私って、何だろう?何のために、生きていた?
夫のため?子どものため?はたまた、社会のため?
――――『自分のため』は、どこいった?
元々、好きじゃないんだよ。
外に出て歩くのも、仕事をするのも、誰かと関係を持つのも。煩わしいの、全部。
元々、好きだったんだよ。
本を読むこと。映画を観ること。一人の時間。
美味しいものを食べること。
それと、年に2~3回の旅行。
大きな病気をした。一人の時間が出来たの。
そうしたら、まるで、今までのが嘘みたいに、心が楽になった。
私は、何にもしないをしたかったんだ。
身体はもちろん、痛くて、辛くて、苦しいよ?
でも、心は、自由になった。
二週間、入院して、手術して、退院した。
また、つまらない日々が、始まった。
一度、知ってしまった怠惰な私を、変えることは、出来なくなってしまった。
夫は、責めたよ。家事もそれなりにやってるけど。
足りないって。外で仕事が出来なくなって、夫からお金を貰っていたけど、それは夫婦のお金だよね?
確かに、稼いできたのは、夫だよ。でも、私、家の事してるよね?今まで、外で働いていたから、家にいるとやること少なくなってる上に、収入も減ってるって、そう言いたいの?
でも、病気で、身体が前みたいに動かないんだよ。
それを分かってる?
何もしてなくても、痛いの。辛いの。
貴方に分かる?
それなりに、私なりに、一生懸命頑張ってるよ。
それでも、足りないって言うんでしょ?
それなら私は、本当の怠惰になろう。
毎日、ダラダラと寝て過ごして。
時に、夫に病院代を吹っ掛けて。
誰もいない時間に、読書に耽り。
あり得ない物語に思いを馳せる。
こんな世界、あり得ない。
主人公の周りには、イケメン揃い。
性格も良い人が多い。
格好良くて、人格者なんて、この世の中、そうそういるもんじゃない。
しかも、皆、主人公に惹かれるなんて、物語。
だから、異世界ファンタジーなんだ。
あり得ないから、そう分かっているから、夢をみるのだ。現実には、すれ違ったら、振り返ってしまう様な美男美女なんてそういないし、お目にかかれてテレビの中だ。自分の周りにいるかい?そんな人。
ドラマや小説の物語の様に、ファンクラブが出来る程の人物にお目にかかったこともなければ、そんな噂の的になるような人物に出会ったこともない。
そう。
これも、一握り。選ばれた人だけの特権だ。
中心になる、美男美女も。
それを取り巻ける人達でさえも。
現実は、その取り巻きにさえ、なることはない。
本当に、そんな世界があるのなら…
次こそは、選ばれてみたいものだ。
物語になるような物語の主人公に。
そして、今日も、御都合主義の怠惰な奥様は、
物語の途中で寝落ちする。
◇◇◇◇◇
「……起きられよ!……起きられよ!」
身体を揺すられる。
「ん…何?もう朝?朝ご飯はいつも適当にって…」
薄目を開けると、日射しがやけに眩しすぎる。
まるで、直接浴びている様だ。
そんなはずはない。
だって、部屋の中にいるのだから。
そう思ったのだが、耳にはそよそよと、心地のよい葉の擦れる音。鳥のさえずり。
目の前には、覗き込むイケメンのアップ…
はい?
目の前には、覗き込むイケメンのアップ…
「だっ…誰?!」
「いや…こちらが、聞きたいのだが」
飛び起きて、辺りを見回すと、森の中?
目の前には、覗き込んでいたイケメン?
私は…そのまま?…って、え?そのまま?
こういうのって、美少女になっちゃったって、ヤツじゃないの?
四十…ううん歳のまま?はぁ?嘘でしょ?
そこは、御都合主義でいきましょうよ!?
現実、転生もそんなに甘くないってこと?
ということは、私は、あちらで死んだの?
悪化しちゃったか…こき使われたもんね。
あれ?でも、私のままってことは、こういうのは、転移っていうのかしら?それとも、ここは夢の中?
まぁ、いいわ。
…幾つか心残りはあるけど、仕方がない。
幸い、言葉も通じるし、文字も何故か読める様だ。
身体も痛くないし、辛くない。動ける!
怠惰な奥様は、この世界で、生きていこう。
夢なら夢で、醒めるまで思い切り楽しもう。
私を覗き込んでいたイケメンさん。
彼の名前は、アリオン・クリフォード様。
近くのお城でお勤めしているらしい。
行く当てもなく、身寄りもない私を、憐れに思ったのか、自分のお屋敷に連れていってくれるそうだ。
侍女でも、厨房のお手伝いでも、何でもいいので、何かお仕事をさせていただけるとありがたいのだけれど。ここで生活していかなければならないし。
今の私は、一文無しだ。
彼のお屋敷に着くと、その大きさに気を失いそうになった。
何これ。どんな貴族様なのかしら?
このお屋敷なら、使用人の寮とかもありそうね。
そこに、住み込みでって、お願いしてみよう。
屋敷の中に入ると、ホテルのスイートルームかって程の部屋に通される。
いや、テレビとかでしか、見たことはないよ?
「そこに掛けて」
「はい…」
促されるまま、ソファに腰掛ける。
その座り心地の良さに、跳びはねそうになった。
「あ、あの…契約書とか作っていただけたりしますでしょうか?」
「え?」
「ここで、働く上で、色々、条件と言いますか…」
クリフォード様は、目をパチパチとさせている。
その様子に、私は首を傾げた。
あれ?私を雇ってくれる訳ではない?
「雇っていただける訳ではない…のでしょうか?」
「雇う?私が…貴女を?」
「ええ。…でも、もしそういうつもりではなかったのなら、申し訳ないのですが…私は、先程もお話ししました通り、身寄りもありませんし、行く当てもありません。ですから、こちらで雇っていただきたいのですが、お願い出来ないでしょうか?」
クリフォード様は、顎に手を置き、言った。
「私にそのつもりはない」
「えっと…それは、私を雇うつもりはないという事でしょうか?」
「ええ。そうです」
じゃあ、何故、私はここに連れてこられたの?
怪訝な顔をしてしまったのだろう。
クリフォード様は、私の顔を見ると目を丸くした。
「私は貴女を客人として考えております」
「え?」
この身寄りのない、みすぼらしい姿のおばさんを?
どう考えたら、客人になるのか?
「この部屋を自由にお使いください」
「…え?」
いやいや。おかしいでしょ?色々と。
急に拾ったおばさんに、スイートルーム提供って。
一体、どんな物語よ?御都合主義な夢だわ。
「あ、あの…私はお金も着替えも何一つ持っていなくて…だから、仕事を探して、暮らしていくために生活の基盤を作らないといけないのですが…ここでのお仕事がないのなら、何かご紹介していただけないでしょうか?」
クリフォード様は、考え込んだ。
当てを探してくれているのだろうか?
確かに、ここまで来るのに、たくさんの使用人の方がいた。しかも、皆、揃いも揃って、スタイル良く見目麗しいのだ。この世界には、整っていない人間などいないのではないか?
だから、こんなちびっこくて、平凡なおばさんは、雇えないのだろう。自分のところでさえも雇えない程の人材を、他の人に紹介するというのもしづらいに違いない。
何だか、申し訳なくなった。
「暫く、時間をいただいても?」
「ええ!もちろんです!宜しくお願いいたします」
ソファからガバッと立ち上がって、お辞儀をする。
クリフォード様は、少しだけ驚いた顔をしていた。
ごめんなさい。勢い良すぎました…反省。
お淑やかにします…なるべく。
「あの…クリフォード様」
「アリオン、と」
「へ?」
「アリオンと呼んでください」
「アリオン…様?」
彼は、満足そうに微笑むと、私を見た。
「貴女のお名前を伺っておりませんでした」
「あ!はい。私は、『ユイ』と申します」
「ユイ」
「はい。クリ……アリオン様」
返事をしたのと、同時に、ぐぅと、私のお腹が音を立てる。…夢でもお腹が減るの?
私は顔を真っ赤にさせ、彼は笑いを堪えるように、口元を手で覆った。
「…失礼。すぐに、軽食を用意させよう。その後、湯浴みの用意も」
「あ、ありがとうございます」
「良ければ、晩餐を一緒にいかがですか」
「宜しいのですか?」
「もちろんです」
はぁ~イケメンが、性格良いはずないなんて考えてすみませんでした…いるのね、そういう人も。
まぁ御都合主義の夢の中だからかもしれないけど。
アリオン様は、晩餐の約束を取り付けると、部屋を出ていった。
暫くして、運ばれてきたサンドイッチを頬張ると、侍女と思わしき方々に、湯船に連れていかれる。
ひぃ。誰かにごしごしされるなんて、初めてだよ!
一人で入れるから!と、言ったけど、聞いて貰えなかった。髪は、美容室の様にしゃかしゃかされて…これ気持ちが良いんだよね…夢なのに?
あれよ、あれよと、ピカピカに磨き上げられた。
結婚式の前日の様だったな…
そういえば、あれ以来、エステなんて行ってない。
自分にかけてる時間も、お金も、なかったな…
今さらだけど。
やっぱり、夢の中なのかな?
それとも…私は死んだのか?
神様は、死ぬ前に、ご褒美をくれたのかしら?
そのまま死んだんじゃ、未練タラタラで、成仏出来ない不穏な魂になってしまうのでは…とでも思ったのかな?
何れにしても、普通では出来ない経験と自由な機会をいただいたのだから、後悔のないように、生きてみよう。夢ならどうか、醒めないで。
それにしても…制服、スーツ、礼服以外でスカートなんて履いたことのない私が、ここでは、スカートを履いているのですよ。
足は出ておらず、床スレスレ丈で長いのだけれど。
着なれていなくて、戸惑うばかり…
晩餐の時間になり、アリオン様と顔を合わせたら、驚いたような顔をされた。やっぱり、スカートは、似合わないわよね…気まずい。
「あ、アリオン様。色々、ご用意いただいて本当にありがとうございます」
そういうと、彼は小さく首を振った。
「大したことではありません。何か、ご不便はありませんか?」
私は、大きく首を振った。
これ以上、望むものなど、ありません!
至れり尽くせりですよ…
「それは、良かった」
にっこり微笑む彼は、今まで見たこともないほどの美しい顔をしている。人間って、本当に美しいものを見ると緊張するんだね。知らなかった。
戸惑う私に、怪訝な顔に変わった彼は様子を伺う。
「どうかなさいましたか?お口に合いませんか?」
彼は、心配そうに聞く。私は、ぶんぶん首を振る。
「とても美味しいです…あの、アリオン様」
「何でしょう?」
「何故、見ず知らずの私に、こんなに、親切にしてくださるのですか?」
彼は一瞬、目を見開いて、驚いたような顔をした。
次の瞬間、顔をみるみる赤くしていく。
え?何それ?
勘違いとか、自惚れとかじゃなければ…
そういう顔、知ってるよ?
「えっと…アリオン様は、おいくつなのですか?」
話を変えてみよう。
追及するのは、お互いに良くない。
「32になります」
「え?あの…もっとお若く見えますね!」
おお、25~6だと思ってた。イケメンだからね~。
「では、ご結婚されていらっしゃいますよね?奥様とか、お子様は、お屋敷にいらっしゃらないのですか?」
周囲に、キーンと冷えた空気が漂う。
おっと…聞いてはいけないことだったのかな。
…マズイ。
「結婚していません」
「そ…そうなのですね。素敵な方なのに」
「…そう、思われますか?」
「ええ。とてもご親切でお優しいですし。何よりもイケメ…いえ、見目麗しいではないですか」
「ユイ。貴女も、そう思っているのですか?」
「えっ?ええ、もちろん」
何で、そんなこと聞くんだろう?
そう言われるのが、嫌なのかな?
「さぞかし、引く手あまたなのでは?…それとも、良いご縁に恵まれないのでしょうか?」
この世界は、綺麗な人が多いから、選びきれないのかな?家格に釣り合うお相手がいないとか?
この世界の事は、分からん。
「良い縁に恵まれて来なかったのは確かですね」
「そうなのですね。ご縁があると、良いですね」
彼は、眉間に皺を寄せた。
あれ?また私、やらかしたかな?
気に触ることを言ってしまっただろうか?
何だか、こういう腹の探り合いみたいなの、本当、久しぶりすぎて…こんなに難しかったっけ?
もし、これが夢なら寝て起きれば、また現実世界に戻るのだから…ま、いっか。
~・~・~・~
夢じゃなかった…
翌朝、気持ち良く目覚めると、昨日、眠りについたふっかふかのベッドの上だった。
侍女さんが、起こしに来て、着替えをさせて、髪を整えて、薄くお化粧して。まるでお人形の様だ。
整え終わると、鏡越しに微笑んで『こちらです』と促されるまま、部屋を出る。
昨夜とは違う部屋から良い香りがする。
その部屋に入ると、豪華な朝食が並べられていた。
向かいには、アリオン様が、微笑んで座っている。
「おはよう、ユイ。よく眠れましたか?」
「おはようございます。アリオン様。お陰様で快適に眠ることが出来ました。本当に何とお礼をすれば良いか…」
「それならば、私から一つ、お願いをしても?」
「それは、もちろんです!私に出来る事であれば、何なりと!」
ご恩をお返し出来るなら、是非とも!
少し前のめりになっていたかもしれない。
その様子に、アリオン様は、クスリと笑った。
年甲斐もなく、落ち着きを失くした事に赤面した。
「では。ここでの食事は、出来る限り、私と一緒にとっていただけますか?」
「え?」
そんなことでいいの?
「嫌でしょうか…?」
「いえいえ!そんな事で宜しいのですか?」
「はい」
キラキラ輝く笑顔を向ける。
「もちろん、それは、喜んで…」
何か、お願いというお願いじゃないよね…
むしろ、ご飯タダで食べさせて貰ってる。
美味しい話には、裏があるって言うけど…
はっ!毒味係か?それなら、あり得る!
一人で納得していると、目の前のアリオン様の顔が暗く曇っている。
え?また私、何かした?
「あの?アリオン様?いかがなさいましたか?」
「無理に頷かせてしまいましたか?」
「え?」
「全ての食事を一緒に…なんて、嫌でしょう?」
「いえ!そんな事はありません。毒味役ですよね!大丈夫です!お受けします!」
私が勢い良く言い過ぎた事に、また吃驚したのか、ぽかんと口を開けている。
そんな姿さえも、様になる。
イケメンって、凄いね!
「ユイ」
低い声で呼ばれ、私の方が驚いた。
視線を上げて、彼と目が合うと、その瞳の中に怒りを感じた。
怒ってる…何で?
「私は、貴女に毒味をして欲しい訳でははい」
「え…」
「ただ、貴女とこうして、食事をとりたかっただけなのです」
ふぅと、一息吐くと、顔を緩めた。
「ずっと、一人だったのです」
「え?」
「ここで。ずっと一人で食事をしていました」
こんな広い空間で、一人?…ずっと?
「自分の立てる食器の音。食事の音。この部屋にはそれしか響きません」
あ…そうか。彼は、一人なんだ。
「昨日、貴女とした食事は、とても美味しかった。そして、楽しかった。誰かとする食事が、こんなに美味しいものだということを、初めて、知ることが出来ました」
だから、家族の話をした時、凍りついたんだ。
私は…何て酷いことをしてしまったのだろう。
自分が当たり前だと思っていた事が、彼にとっては当たり前ではなかったんだ。
私が、煩わしく思っていたものは、彼にとっては、手に入れたくても、そう簡単には手に入らないものだったんだ。
「ごめんなさい。私でよろしかったら、是非、一緒にお食事をさせてください」
「でも…嫌なのでは?」
「いいえ。嫌だった訳ではなくて…無償で、食事を一緒になんて、私にとって良いだけのお願いだったので…ですから、是非、何か、私にお仕事をさせてください!…見つけてくださるのですよね?」
そう言うと、アリオン様は、目を泳がせた。
あれ?探してくれる訳ではないの?
「厚かましいお願いで大変、申し訳ないのですが…何もせずに置いていただく訳には参りませんので。そんなに、この辺りでは、職に就くことは、難しいのでしょうか?それとも…やはり、私自身の問題でしょうか?」
年齢制限とか、容姿とか?
この世界では、アウトなのかもしれない。
心優しいアリオン様だから、私に直接、そんな事を言うのは躊躇いがあるのだろう。
本当に申し訳ない。
「では…この屋敷の手伝いをしていただいても?」
「え!本当ですか!?ありがとうございます!」
よし!就職が決まった!!
でも、アリオン様は、難しい顔をしている。
やっぱり、無理矢理過ぎたのかな…我が儘言って、困らせてしまった。…幾つだよ?私。
それから、私は、せっせと働いた。
何故か主に、アリオン様の執務室での仕事が多いのだけれど。それも、あまり大した仕事ではない。
お給金に見合っていない気がする。
ちょっと、貰いすぎでは?
この国の貨幣価値がイマイチ分からないけど。
買い物も、アリオン様が一緒に来るし。
ほとんど払っちゃうし。
カフェとかに入っても、やっぱり付いてくるし。
払っちゃうし。私、お金使ってないんだよね?
貨幣価値が分かる訳がない。
「あの…アリオン様」
「何ですか?ユイ」
「今日は一人で出掛けたいのですが」
「一人では危ないよ?侍女達だって、護衛をつけるのに」
「では、護衛をつけてください」
「私が護衛ですよ」
「えーっと…そうですか」
ニコニコ笑っている眉目秀麗な顔が眩しい。
これは…なかなか手強い。
今度、出掛ける時は、アリオン様が王城にお仕事に行っている時にしよう。
アリオン様は一日置きくらいで王城に行っている。
以前は、ほぼ毎日行っていたらしいが、最近はそうしなくても良くなったそうだ。
しかも、昼食には、必ず帰ってくる。
一緒に食事をするために。約束は守る男だ。
だから、出掛けるのは、お昼前か、後か。
時間を気にせずに行くなら、断然、午後!
でも、おかしいんだよね?
アリオン様が、王城に行く日に、私がお休みになる日はないのだ。どういうことかな?たまたま?
今度のお休みは、直前でお願いしてみよう。
アリオン様がいない時に、執事のハリソンさんに、許可を得て。
アリオン様が王城でのお勤めの日。
お昼休みで帰ってきたアリオン様と、中庭で昼食をとる。綺麗に咲き誇る花から良い香りが風に乗り、吹き抜ける。とても気持ちがいい。
「私、この季節が一番好きかもしれません」
「花は、心を穏やかにしてくれますからね」
にっこりと微笑むアリオン様は、今日も優雅だ。
食後にカモミールティーが出てくると、つい、顔が綻んでしまう。
「ユイはカモミールティーがお気に入りですか?」
「はい。お茶なら基本的に何でも好きですが、香りの強いアールグレイやカモミールは特に好きです」
「そうですか…覚えておきますね」
「?」
私の好みを覚えても何にも使えないと思うけど…
アリオン様は『時間か…』と呟くと、名残惜しそうに王城へと戻っていった。
私は、ハリソンさんを探した。
「ハリソンさん」
「ユイ様。お呼びでしょうか?」
「あの…午後、お休みを貰っても良いですか?」
「どうかなさいましたか?御体調でも悪くされたのでしょうか?」
慌てて心配するハリソンさんに、申し訳なくなる。
「違うんです。アリオン様には内緒で、出掛けたいのです。いつもアリオン様が一緒なので…たまには一人で、ゆっくり見て回りたいのです。…最近は、何処に何があるかも分かる様になりましたし」
ハリソンさんが、驚いた顔をした。
私、そんなに驚く様なこと、言ったかな?
普通の事だよね?…あ、治安の問題とか?
護衛つけなきゃいけないからかな?
私ごときに、屋敷の護衛を、勝手につける訳には、いかないよね?
「護衛なら、大丈夫です!私なんかにつける必要はありませんから!」
にっこり笑って、ハリソンさんに『では、お願いしますね』と言って、出掛ける準備に取り掛かった。
屋敷の門を出ると、アリオン様がいた。
その顔は、怒っている様に見える。
「アリオン様…何でここに?」
「ユイ。何故、一人で出掛けようとするのです?」
「え…あの、そんなに悪いことですか?」
「一人では、危険だと言ったでしょう?」
「それは聞きましたけど…今まで、特に危険な事はなかったですよね?」
「私が貴女の側にいたからですよ!」
うっわぁ…すっごく怒ってる…
怖いよ、アリオン様。
ビクリとする私に気が付き、アリオン様は、ハッと息を吸った。
「すまない…でも、ユイに何かあったらと思うと…恐ろしくて…」
「そんな…心配しすぎです。私、いい歳ですし」
「関係ない。失いたくないんですよ」
「え?」
そんな大袈裟な…って、これは…まさか。
「一目見た時から、ずっと。貴女を愛しています」
おっと。
さらりと言いましたね…さすが、イケメン。
断られた事なんて、きっと、ないんだろうな。
でも、結婚はしてないんだよね…
あ、今は結婚していないけど、過去にはあるとか?
それなら、納得だな。
「えっと…お断りしても…?」
「え…?何故?分かるように教えてください!」
「あの…どうして、私の事をそんなに簡単に愛せるのです?私の事、全然、知らないのに」
「あの森の中で、一目惚れしたのです」
「それこそ、何で?この国の方々は、皆さん、見目麗しくて、いらっしゃるのに。私なんか、足元にも及ばない…」
「何を言っているのです?貴女の、その髪の色も、瞳の色も、小さな身体も、そのすべてが初めてで。とても可愛らしい。他の誰にも渡したくない。他の誰かの目に映す事さえも躊躇う程に」
「重っ…」
「えっ!あ、いや…そのくらい愛おしいって事で」
私は、はぁとため息を吐くと、項垂れるアリオン様に向かって言った。
「私の事を全てお話しします。それを聞いても気持ちが変わらないのであれば、私も真剣に考えます」
アリオン様は、力強く頷いた。
「始めに…私は、この世界の者ではありません」
「その髪の色、瞳の色、顔立ち、体つきで、異国の方だとは分かっていましたが、世界まで違っていたとは…思いませんでした」
「そして、年齢は、42歳です」
「えっ!私は、年下だとばかり…」
「私の世界の種族の中で、私の人種は幼くみられる傾向がある様です。だから、無理もありません」
私はその中でも、特にそういう家系だろう。
パート先の学生に、タメ口で話しかけられた時は、さすがに引いたけど。
「ですが、ここからが重要です」
アリオン様は、息をのむ。
「元の世界に、夫と子どもがいます。だから、純潔ではないし、既婚者です」
アリオン様は、目を伏せた。
ここまで言えば、分かってくれるだろう。
年増で他人の妻など、望まないだろうし。
よしよし。
今までここで、稼がせて貰ったお金を使って、
スローライフっていうのを、経験出来るかな?
「話は、それで終わりですか?」
「え?あ、はい…」
「構いません」
「へ?」
今、何て?
「構わないと言いました」
「あの?」
「貴女がこの世界にいる限り、この世界では、未婚だし、夫も、子どもも、存在していません」
うん。まぁ、確かに。
「でも、年齢的にも問題では?こんな大きな家柄であれば、跡継ぎとか必要でしょうし」
「ありません」
「え?」
「必要ありません。私に必要なのは貴女だけです」
「何故?」
「愛しているからです」
「いや…愛は冷めますよ?一時の感情に流されてはいけません」
そんなにキッパリ言い切るな!
愛なんて幻想だよ!
若いからそんなこと言えるんだ。
そんなもの、消えてなくなってしまう。
私は、経験した!
「そんなこと、絶対にないです」
「私は経験したので、間違いないです」
「では、ユイは夫と上手くいっていなかったの?」
「……まぁ…そうですね。既にお互い、愛は冷めていたと思います」
正直、関係もなくなってたし。
アリオン様の口元が緩む。
「では、こうしましょう。もしも、私が貴女を愛さなくなった時は、莫大な慰謝料をお支払し、離縁に応じます。それは、もちろん、貴女が私からの愛を感じなくなったらで構いません」
「そんなの、私に有利でしかありませんが…」
「構いませんよ」
にっこり笑うと、今度は顔を赤らめて、気まずそうに言った。
「あの…先程の話で…純潔ではないと言っていましたが…その…どのくらい経験がおありですか?」
「え?ええっと…関係を持ったのは夫だけですが」
「そうですか…」
何故かホッとしているアリオン様。
「それならば、なお、問題ないですね」
何故?
私が首を傾げていると、微笑んだ。
「未亡人や後妻みたいなものではないですか」
「!!」
ほぅ。そういう見方が出来るのか!
おっと。折角、怠惰な生活から足を洗おうと思っていたのに。アリオン様の元にいたら、抜け出せなくなるではないか!私に怠け者になれと?
その後は、もう、気持ちが露呈して、たがが外れたアリオン様からの猛攻撃を受けまくり、溺愛され、甘やかされ、絆され、怠惰生活まっしぐら。
半年後には、奥様となりました。
アリオンは、宣言通り、一途に愛してくれました。
毎日愛を囁き、触れ合い、大切にしてくれました。
驚くことに、すぐに懐妊し、43歳にして男の子が。
そして、45歳で女の子が誕生しました。
人手がある子育ては、驚くほど快適で、奥様の怠惰な生活には拍車がかかりました。
二人は、子どもが誕生しても仲睦まじく、それは、孫が生まれても変わらず、お互いが、永遠の眠りにつくまで、愛し、愛され続けました。
御都合主義の怠惰な奥様は、永遠に愛する夢の中。
ご覧いただき、ありがとうございます!
ブックマーク、評価いただけると嬉しいです。
アリオン視点の短編が出来ました!
『溺愛思考に目醒めた孤独な貴族様は、異世界の奥様を怠惰に堕とす。』
☆宜しくお願いいたします☆




