なにそれ、聞いてない!
「…………………ねぇ、イザベラ?」
「は、はい」
ギルベルト殿下は、わたしの話をお聞きになった。一度も口を挟むことなく、わたしの方をじっと見つめながら。
そうして、出たのがたっぷりの間の後の、あの呼び掛け。
ソファに座らず何故かわたしもギルベルト殿下もカーペットの上に座ったままで。
ギルベルト殿下は胡座をかいて、わたしは土下座の名残の正座で。
「“わたくしよりも相応しい女性がいらっしゃるので、婚約をお断りしたい”というのは、本心からの言葉になると思うかい?」
「………………な、なりませんか?」
「なってたまるか」
一刀両断。ゲームの優しく甘々なギルさまは何処。わたしの目の前にいらっしゃるのは、美しい瞳をキッとつりあげたギルベルト殿下だった。
「なにが楽しくて、求婚した女性に他の女を薦められなくてはならないんだ」
「だ、だって、」
「だって?」
講堂でのあのやりとり。ギルベルト殿下は、チェーリアさまを探されて、頬を赤く染められたのではなかったの?
チェーリアさまも、同じように赤く頬を染めていたから、わたしは。
「……ギルベルト殿下には、お慕いする方がいらっしゃると」
「私が慕うのはイザベラだがね」
「い、いえっ。わたくしではなく、」
チェーリアさまです!と申し上げたいところを言い淀んでいたら、「ああ、」とギルベルト殿下が察してくださったような声をあげられた。
ほらやっぱり、思い当たる節がおありじゃないですか。ていうか、ぶっちゃけ思い当たる節しかない、
「……もしかして、フラッツィ嬢のこと? 彼女はあくまで友人だよ。魔法能力の高さに関心をもったまで。やましい気持ちは一切ない。貴女が不安に思うなら、今後は声を掛けないし近寄らないよ」
「え、そっち??」
あんなに可愛いのに? あんなにチート能力持ってるのに? この世界の、乙女ゲームの勝利を約束されたヒロインなのに?
いやいや、いやいや。確かに驚きだけれどもわたしが考えていた節違いだ。
「そっちって? 他にもいたかい?」
いるでしょう! 本命が! ド本命のチェーリアさまが!
「…………いっ、以前、講堂でお見かけしたときに、……殿下が見つめられていた方です」
「イザベラだけれど?」
「はっ、……いっ!?」
わたし!? わたしなの!? 気のせいではなかっ、……いやいやいやいやいやいや
「でっ、殿下が、見つめられていたのはわたっ、わたし?! チェーリアさまではなく!?」
「チェーリア、……ええと、貴女が仲良くしているスーウェル伯爵令嬢?」
あっさり答えられたギルベルト殿下に、思わず詰め寄ってしまった。で、うっかり口走ってしまったのだ。彼女の名前を。その後で口をおさえても、まるっきり無駄なんだけれども。
「あっ、いやっ、あの、ちがわ、ないんですけど違うのです殿下っ」
「………」
最悪だわ、キューピッドとしてやってはいけないNG行動上位に入ることじゃないの! 好きな人に相手のことをバラすだなんて!!
ああああごめんなさいチェーリアさま、わたしあんなに任せろだなんて偉そうにしておいてこんな失態を!
ギルベルト殿下も殿下で、口もとに手を添えて何かを思い出すよう考えていらっしゃるし。
「成程ね。貴女は、友人のスーウェル伯爵令嬢の為に、私との婚約を断りたいわけだ?」
わたしのばか、ばか、大ばかちょーばか!
「その顔は図星といったところかな。ふむ、そうか。彼女の為か」
「よ、読まないでくださいまし!」
「分かりやすいイザベラが悪い」
だからって、読まなくてもいいじゃありませんか!
やっぱりこのギルベルト殿下、わたしの知ってるギルさまと全然違うのですけれど!? なに、亜種? ギルさま亜種でも出てくるのこの世界線!
「なら、その気遣いはもう不要だ。すでに彼女から告白されてお断りしたからね」
…………………告白されて、お断りした?
チェーリアさまが、ギルベルト殿下に?
「…………へ、は?」
はっ、初耳、なんですが??