夢と現実は違うってはなし
前世は日本人、大好きだった乙女ゲームの世界に転生したのだから、少しは二回目人生ボーナスがあってもいいじゃないのと思っていた。
例えばヒロインよりも凄いチート能力持ちとか、凄いナイスバディの美人さん顔に生まれ変わるとか。
攻略対象キャラから愛されたり、とか。
たしかに思ったわ、思ったわね、そりゃあね、推しにヒロインではない私自身を愛してもらえるだなんて、乙女ゲームファンからしたら鼻血ものですよ。わたしだって万々歳して小躍りして五体投地するわよ。
万が一、億が一にでもそんな展開になったらわたしは「はぁい、よろこんで♡」と居酒屋の定員並みの秒速返事をするだろうに。
まっ、こんなモブ伯爵のモブ能力にモブ顔の令嬢に限って絶対あり得ないけれどね。
……とか、思っていた過去の自分をビンタしてやりたい。
そうしてこの状況を是非ともなんとかしてほしい。丸投げしたいめっちゃしたい。
この状況って?
そりゃあ、突然わたしの屋敷にやってきた最推しキャラのギルベルト殿下にプロポーズされているこの状況ですよ。
知ってます? わたしとギルベルト殿下、この日が初対面ですよ。わたしだけが一方的に知っている程度の間柄。わたしの名前をご存知な時点で驚きだし、そもそも王族の方が中の中程度の伯爵家に何故いらっしゃるのかさっぱり不明だ。
漫画のヒロインみたく、ふらっと意識を飛ばせたらどれだけ良かったか。しかし、わたしの意識はガンガン冴えてゆくばかりでそんな気配はゼロだ。
やっぱりこれは都合のよすぎる夢だわそうよ妙に痛みを感じる夢とかあるある割とある気がするいや絶対ありますわ的に思いたく、手を離して頂こうと何気なく逃げ腰になっていたわたし。
「だめ、逃げないで」
それをしっかり引き留められるギルベルト殿下。跪かれたまま、わたしの手をきゅっと握りなおす。意識して、というばかりに手の甲にキスまでされた。
ちゅっ、なんて。お手本のようなリップノイズをリアルに聞く日が来ようとは。
なんだこれ乙女ゲームか! いやこれ乙女ゲームだったわ!
キスされたところから、ギルベルト殿下の熱が移ったみたいに手があつい。口をはしたなくぱくぱくさせ、キスされた手と殿下を見比べるしか出来ないわたし。情けないにもほどがある。
「その黒いドレス。返事のことも、私の都合良く解釈しても良いのかな」
これは、メイドの皆が張り切って着せたものでありわたしの意思ではない。が、今になって思えばギルベルト殿下の瞳と同じ色のドレスを着てお会いするって、好意めっちゃありますよむしろ好意しかありませんよアピールなのでは…!?
いや好意がないわけではない、好意はあるわめっちゃあるわよ、だって最推しだもの。
でも、婚約とか、愛とか、そういった意味でいったら。
………………っ!
ああ、ああもうっ! わたしのばか!
こんなこと、悩む必要なんて無かったわ。
ようやっと思い浮かぶことが出来たチェーリアさまの顔。
殿下のことを話してくれたときの恋する乙女モード全開の愛らしい様子と、その恋を諦めるよう必死に自身に言い聞かせていたすぐにでも泣いてしまいそうな様子を。
魔法学院に入学したあの日、記念に開かれたパーティ会場でひとりで壁に寄りかかっていたわたしに、優しく声を掛けてくださったチェーリアさま。それからずっと、下位の令嬢のわたしと対等な友人という立場で仲良くしてくれた。
わたしが前世の記憶を取り戻す前からの、大好きな大切なひと。
いくらばかなわたしといえど、大好きな彼女を裏切るなんてばかな真似は絶対にしたくない。
同じばかをやらかすなら、キャレリア王国第一王子のプロポーズを断るなんて前代未聞のばかを選んでやるわよ。
わたしは何度か深呼吸を繰り返して、赤らむ頬や身体の熱を少しでも下げられるよう頑張ってみた。
「……イザベラ嬢?」
ギルベルト殿下も、わたしの様子が変わったことに気付かれたみたいだ。
握られた手をそっと離したわたしは、ソファから降りた。というか、ギルベルト殿下の前に勢いよく土下座した。額が痛い、結構な音がした。ちょっと勢いつけ過ぎた。
「ほんっっっっとうに申し訳ございませんが、わたくしお受け出来ません!!」
ジャパニーズ土下座。前世の本家日本人だったときでもやったことがないそれを、乙女ゲームの世界でやるとか滑稽にもほどがあるわね。
でも、構うもんか。わたしに出来る精一杯の謝罪なのだ。
頭をカーペットにじりじり擦り付ける。
「この度の殿下への無礼、どんな処罰も受け入れる所存です」
「イザベラ嬢、」
「ですが、ですが、どうか罰はわたくしだけに、していただけないでしょうか……!!」
「待って、待ってくれ。私の話を」
「父や母、それにこの家の者は一切関係ございません。責めに帰すべきはすべてわたくしのみ。他は見逃していただくご慈悲をいただければと、おも」
「っ、イザベラ!」
上半身が強制的に持ち上がった。肩を強く掴まれて、上を向かされたのだ。
その視線の先、わたしの名前を呼び捨てたギルベルト殿下の表情は。
「……イザベラ。私は貴女の本心からの言葉を聞きたい。話してくれないか?」
あのときのチェーリアさまを彷彿とさせるような、辛く泣きそうなものだった。