お兄さん、キャラ違いませんか??
「あ、あの、ギルベルト殿下?」
「ん?」
いや、「ん?」ではなく。吐息掛かったイケボありがとうございます! でもなくて。
ある日曜日の朝、目の前にわたしの前世の推しキャラがにこにこしていらっしゃるんですが。ねえこれどんな状況??
同じソファに二人で半分向かい合うような形で座っている時点でまずあり得ないというのに。至近距離でじーーーっと見つめられるって。いやこれどんな状況?
夢かと思って頬をつねってみるが、フツーに痛いわ、ガチだわちゃんと現実だわこれ。
「いきなりどうしたの? そんなことをしたら、貴女の頬が傷ついてしまうよ」
ギルベルト殿下は、くすりと笑ってつねっていたわたしの頬をそうっと撫でられた。
素手で。もう一度いう、わざわざ(美しい動作で)手袋を脱がれ、その素の手で、だ。
王族の方が人前で手袋を外されるのは、よほど親しい間柄にある場合だけ。
モブ伯爵令嬢なんかのわたしには、まずあり得ない。触られるなんてもってのほか。
「…!?」
思わず肩を跳ね上げて、ソファの端まで逃げた。不敬罪で処されるのはこの際覚悟の上だ。
しかし、そんなわたしに怒るどころか、ギルベルト殿下はますます笑みを深めてゆくばかり。なっ、なんなのですか、その楽しそうといわんばかりの視線は!
「悪いが、私は逃げられると追いかけたくなる質なんだ」
「ひぁっ」
ふっと覆い被さるように、わたしとの距離を詰められたギルベルト殿下。ソファの背もたれと肘掛けに手をかけ、わたしを囲うような形に。
「ほーら。もう捕まえたよ、イザベラ嬢」
よっしゃあ新スチルゲット! もー、ギルベルト殿下ったら見下ろす表情もさいっこうに素敵ですねイッケメーン! とかおちゃらけている場合じゃない。
実際のモブオブモブたるわたしは、これ以上変な声が出ないように自分の口を手で覆うので必死。顔だけじゃなくて身体中がカッカと熱い、心臓が飛び出そうなほど大変な事態になっている。
なななななにこれなんなんですかこれ。なんのお戯れですかわたしはイケメンに免疫ゼロなモブなんですから冗談抜きでふざけないでくださいよ。
ていうか、ギルベルト殿下ーーひいては、ゲームのギルさまってこんなキャラだった? たしか、ヒロインが困ることや嫌がることは絶対しない超紳士だった気がするんだけ、ど。
すくなくとも、今のようにソファまで逃げた令嬢を囲って「捕まえた♡」なんて言わない絶対言わない。何十周とプレイしたわたしがいうんだから間違いない。
「……なんてね。驚かせてごめん、私も少し浮かれていたみたいだ。大人げなかったよ」
そうそう、こんな感じでやっぱり紳士的な対応を……いや待って、いまギルベルト殿下なんておっしゃった?
う、うかれ? なにに? 浮かれて?
「でも、貴女と距離があいてしまうのは寂しいから、もう少しだけ私の側に来てほしいな?」
元の位置まで下がられたギルベルト殿下は、そうおっしゃいながら、わたしの手を取ってお互いの膝がぴたりとくっつく距離までわたしと向かい合える形に引き戻された。
なんか近付いていますけどさっきよりも!?
わたしが、くっついた膝とギルベルト殿下のお顔を交互に見て訴えても、あちらは全くの知らんふり。あれー、おかしいな! ゲームのギルさまって、ヒロインの機微に聡いお方だったはずなのになー!? あっ、わたしがヒロインじゃないからかー! なるほどねー! 全然腑に落ちなーい!
「ねぇ、イザベラ嬢」
「は、はいっ、なんでしょうか?」
「その美しいドレスも愛らしい髪型も綺麗な化粧も、私の為に準備してくれたのだとしたら、これ以上ないほど嬉しい。とても貴女に似合っているね。見た瞬間、あまりの可愛らしさに息が止まるかと思った」
「っ、み、にあまる、光栄に、ございます。それもこれも、じゅ、準備してくれたメイド達が、喜ぶことでございましょう」
お世辞というには苦しいくらいの、甘い言葉の羅列。わたしが上擦った声で戸惑いながらテンプレお礼をすると、少し不満げな様子を見せたギルベルト殿下。何故か追い討ちをかけられたのだ。
「いいかい、イザベラ嬢。これは世辞ではない、私の本心だからね? 他の誰にも見せたくないほどに今日の貴女は愛らしいよ。……いっそ、貴女を隠してしまえたらどれだけいいか」
「はひ!?」
ゲームのギルさまは(以下略)。手袋をしていない素肌でわたしの手の甲を撫でながらいうのは、その、え、えっちではございませんかギルベルト殿下? さらっと監禁したい的なお言葉が出たような気がするのですがギルベルト殿下?
なにこれドッキリ? 身の程知らずのモブ令嬢を唆してドギマギさせるドッキリか何か??
慌てて部屋中を見回しても当然カメラなどがあるわけもなく。ていうかさっきから薄々思っていたんだが、部屋にはずーーーっとわたしとギルベルト殿下の二人きりのままだし。
扉を開ける前にミモザが無言かつ笑顔でサムズアップしていたのは、そ、そういう……!?
「……だからこそ、彼との婚約なんて絶対認めてあげない」
「え? か、かれ、ですか?」
「そう。ル・ギャリエンヌ伯爵のくそ、……ひとり息子、エイルマーとの婚約だよ」
いま、ギルベルト殿下も“くそ坊ちゃん”って言いかけなかった? うわあ、珍しい。ていうか、それほどエイルマーがくそ坊ちゃんってこと………いやいやいやいや!
わたしが驚くのはそこじゃないわ、もっと驚くべきは、わたししか知り得ないエイルマーとの婚約作戦を何故ギルベルト殿下がご存知かということよ!
「ど、うして、そのことをギルベルト殿下が……?!」
だが、わたしの質問にはわざと答えてくださらないギルベルト殿下。
ほんのいっときだけ、わたしから視線を外された殿下。またこちらをご覧になってからの声は、どこか苦笑しているように聞こえた。
「本当はもっと確実に外堀を埋めてから、……あ、いや、ゆっくりと関係を進めたかったのだけれども。悠長にしていたら貴女を他の誰かに掻っ攫われたなんて、冗談じゃないからね。ズルい手を使わせてもらって、やっと昨夜準備が整ったんだ。居ても立っても居られなくて、馬車すらも待てなかったほど。こんなに気が急くとは自身でも思わなかった」
二、三箇所、いや全箇所突っ込みたいところだらけだったのだけれども。わたしが口を挟む前にギルベルト殿下がとても自然な動作でソファから降りられてしまって。
流れるようにわたしに向かって跪かれたのだ。
「イザベラ・ファン・ローズモンド嬢」
わたしを見上げるギルベルト殿下のお顔は真剣そのもので。それなのに、黒の瞳は愛おしさをあふれんばかりに湛えていらっしゃって。
そのお顔、わたし、どこかで見た覚え、が。
ああそうだわ、スチル。それこそ、ギルさまルートのトゥルーハッピーエンド。
ゲームでギルさまの戴冠式が行われる前夜。想いを通じ合わせたヒロインをバルコニーに呼び出したギルさまは、これまでのふたりの思い出をたくさん語らった後、今のようにヒロインに跪くのよ。
そうして、今のような幸せいっぱい胸いっぱいの表情で。とてもとても甘く柔らかいそのお声で。
「心から貴女をお慕いしております。どうか、私ギルベルト・シルヴェスター・レストンの妻となり生涯を添い遂げてくださいませんか」
──この世で最も愛するヒロイン(相手)に、プロポーズをするのだ。
「貴女には、私の婚約者になってほしいんだ」
……………………って、なんで、わたし?