突然の嵐
ちょっっとお待ちになって!!
あの坊ちゃん、本当学院サボり過ぎじゃなくって?? ぜんっぜんお会い出来ないのですけれども??
せっかく腹を括ったというのに、何処を探してもエイルマー坊ちゃんが見当たらない。授業どころか学院にすら来ていない様子。
チェーリアさまにそれとなく聞いてもやっぱり分からないという返事だし、遊びのお友達にも聞いてみたが同じような返事ばかり。
「困った、超困ったわ」
チェーリアさまとのお見合いまであと二日しかない。しかし、本日は学院すらお休みの日曜日。こっそりお散歩と称して坊ちゃん探しに出掛けたいというのに、何故かわたしの家は朝から慌ただしくて仕方なかった。
メイド達がバッタバタと掃除を始めて、いろいろなものを新品へ総取っ替え。屋敷中の埃を滅せよとばかりに、掃除に勤しんでいる。
原因は、王家紋章の封蝋のお手紙がお父様の元に昨夜届いたせいだ。
夕食後ローズモンド家恒例のおしゃべりの時間に、執事のラルスが青褪めた顔ですっ飛んできた。手紙を読んだお父様も、横から覗いて読まれたお母様も顔がラルス以上に真っ青。
はわわわわ!的な雰囲気でお二人が見たのは、何故かわたしの方。
確かに、お父様はここ最近ばたばたしていて、夕食後のおしゃべりも久々といったところ。ずっとわたしに何かお話ししたがっていた様子もあったけれども。実際、わたしへ『いいかい、イザベラ。これから話すことを驚かないで聞いてほしい』と改まったように口を開いたまさにそのときだった。
やべ、わたし、なんか粗相やらかした? いや、まだ坊ちゃんに婚約してもらう作戦は実行していないし、この屋敷の誰も知らないはずなのだけれども?
首を傾げてみせるも、結局お父様方は何も教えてくれなかった。
……で、朝からこの有様である。
だったらこの騒ぎに乗じて外へ出ればいいじゃ無いかって?
これがまた無理なんだなーーーー。
「おはようございますイザベラお嬢様! はいお風呂! お風呂ですよ! 起きてください!」
「お嬢様っ、本日ですとこちらのお召し物がお似合いかと! 大丈夫です、必ず喜ばれます! 私達が既に喜んでます!」
「イザベラお嬢様、さあさあコルセットしますので歯を食いしばりなさいませ!」
「お髪を整えましょうね!? 今流行りのお花を添えるとかはどうでしょう!」
朝早くから叩き起こされて、風呂にドボンされてからメイドに囲まれもみくちゃにされまくっているのだ。逃げる隙などありゃしない。
鏡にぶすくれて映るわたしの、なんと派手なこと。
亜麻色のくせっ毛は、綺麗にまとめ上げてところどころに小さいお花が差し込まれていた。
寸胴な身体は、限界まで絞られたコルセットのおかげで多少はメリハリがついている。ドレスはAラインの黒のドレス。黒といっても、上はレース生地のため全体的な野暮ったさや重たさはゼロ。こんな流行りの良いドレス、モブ顔のわたしに似合うわけないのに。メイド達は「似合いますから絶対!」と食い気味にいうので、仕方なく。
メイクもミモザが張り切ってやってくれた。バサバサなつけまつげが重い、ぺっとり塗られた口紅も違和感アリアリで若干気持ち悪い。白粉をぱふぱふされまくった頬が痒い。ずいぶんとケバいモブ顔にレベルアップしていた。
わたし、普段からあまりメイクやお洒落が苦手だった(というか前世の記憶が戻る前からわたし風情が着飾ったところで感が強くて気が引けていた)ので、ここまでめかし込むのは彼女達の腕がなるというか見せどころというか、とにかく楽しくて仕方なかったらしい。
わたしがもっと可愛い女ならこれほどまでお洒落しがいがあったろうに、なんて零せば。
「私達が一番お可愛らしく思うのはお嬢様だけですよ」とミモザが鼻を鳴らしていうのを、他のメイド達がうんうん頷く。
雇い主の娘の手前のおべっかに過ぎないだろうが、そう迷いなく言ってくれるだけ彼女らはいいメイド達だ。
「イザベラ様、到着なさいましたよ。客間でお待ちです」
「………え? わたし?」
来客はお父様方に向けてではないの? え、わたし?
こんなに着飾られたのも、王族関係のお偉い様に娘ですとかご挨拶する為のものだったのでは?
ていうか、わたし目的って、いったい誰?
ラルスはにっこり微笑むばかり。その口がひくっとしているのは、緊張の表れだろうか。あの熟練の執事である彼がそうなら、とんでもなくお偉いお客様という意味。
ますます、わたしとは縁遠そうなのだけれども。わたしに関連ありそうな、王族関係者さま。
……あ、もしかして、ギルベルト殿下とか?
いやいやいや、まっさかぁ!
「お待たせして申し訳ございません。わたくしはローズモンド伯爵家が長女、イザベラ・ファン・ローズモンドと申します」
扉を開けて、部屋に入る前の王族に対する最上の礼を済ませたところで顔をあげたわたしは、思わず自分の目を疑った。
「ごきげんよう、イザベラ嬢。突然の訪問で、困惑させてごめんね?」
銀の髪、オニキスのような黒の瞳、目元のセクシー泣きぼくろ。
すらりとした身体をうちのやっすいソファに浅く腰掛けていられた彼が、わたしを見るなりぱっと立ち上がられた。
わたしにご自身の方から近寄られ、わたしの両手を包み込むように握られて。とてもとても嬉しそうに微笑んでいらっしゃるそのお方は。
「ギ、ルベルト殿下……?」
まさかのまさかで、ギルベルト殿下ご本人だったのだ。
…………………え、なんで??