すまんな、わたしはハピエン厨だ
「わ、私は、身の程知らずの恋をしてしまっているの。どうか、ばかなひとと笑ってくださいませ、イザベラさま」
チェーリアさまは、ピンク色の小ぶりな花々を背景に散らしながら、それはそれは大変愛らしく語ってくれた。
やはり彼女はギルベルト殿下をお慕いしているらしい。見惚れたのは、顔やスペックだけではないという。
それはずっとずっと幼い頃。初めての王家主催のお茶会デビューのとき。当時、ひとりもお友達(わたしとも出会ってない!)がいなかったチェーリアさまは、ひとりぽつんとしてしまっていた。
不安で寂しくて涙を溜めていたときに彼女の前に現れたのが、ギルベルト殿下だった。優しくにっこりと『大丈夫?』と笑いかけてくださったのだとか。お友達が出来るようにうまく誘導してくださったのだとか。
そんなん惚れてしまうだろーーーー! 聞いたわたしもキュンキュンしたわーーー!! そのスチル落ちてませんかねぇ!? いくらでも出しますから!!
それからチェーリアさまは、ひっそりひっそり片想いを続けていた。だが、声をかける勇気もなく、ただ遠くから眺めるだけ。それでも、婚約者候補として名前があがるように、日々のマナーレッスンや勉強も頑張っていた。
その矢先に彗星の如く現れたのが、我らがクラリッサ。隣国の平民であるというのに、あの通りにチート能力が開花しまくり。しかも、お近づきになりにくいギルベルト殿下とあっさり親しくなられてしまっているこの状況。
とても歯がゆくつらい想いをされているのだとか。
「……クラリッサさまは、何も悪くないの。ただ、私の心が狭いだけ。お声を掛ける勇気もないのに、一人前に嫉妬してしまうだなんて」
あああああしんどい、萌えはげすぎてしんどい。チェーリアさまが可愛い健気可愛いしんどい!
もうそんな心配なんて必要ないのよ、ギルベルト殿下はあの通り貴女にメロメロなんだから、と言ってあげたい申し上げたいぶっちゃけ喉まで出かかっている。
興奮のあまりティーカップを持つ手が震えてしまった。お茶がうまく飲めない、唇にびちゃびちゃ当たっているだけだ。なんていい匂いの茶葉かしら。さすが街で人気のティーサロンね。絶対味わう方法間違っているけれど。
「でもね、もういいの。この恋はおしまい」
「えっっっ」
なん、ですっ、て?
がちゃんとティーカップをソーサーへ乱暴に置いてしまった。
「どどどどゆこっ、どう、えっ、あのっ、チェーリアさまっ??」
令嬢の嗜みなんて守っている場合ではない。わたしは前のめりでチェーリアさまに詰め寄る。若干引かれている感が無いでもないが、チェーリアさまは眉を寄せて困ったようにしていた。あ、その困り顔も大変キュー、いや違う。
「実は、今度お見合いをすることになったのよ。お相手は、……」
ル・ギャリエンヌ伯爵。キャレリア王国の西の領地を所有する伯爵さま。伯爵の皆さまをランク付けするならば一位二位くらいに位置するから厄介である。
しかも、そのひとり息子のエイルマーがゲーム本編に攻略キャラのルートによっては悪役として登場するほど、金にモノを言わせた調子乗りまくりなワガママくそ坊ちゃんで社交界隈で有名なのが、また。きっと、チェーリアさまのお家の財力、見た目と年齢だけで判断したに違いない。
チェーリアさまのいう“お見合い”は、実際のところ強制的な婚約そのものなんだろう。上下関係のある貴族ではよくある話。
くっ、わたしにチート能力があれば裏であのワガママくそ坊ちゃんを闇に葬り去れたというのにっ。
ただのモブ能力のモブ伯爵令嬢にそんな力はない。悔しい、力のないわたしが悔しい!
「そんなのって無いわ! だって、チェーリアさまは…!」
「そう言ってくださるだけで、私は充分幸せよ。遅かれ早かれこうなることはきちんと覚悟してきたから、いいの。私、恋が出来て楽しかったわ」
先程までの花々が背景に溢れてしまうほどの可愛らしい表情が、一気に悲しそうなものに変わるなんて思わなかった。
呑気に恋バナだなんて浮かれていたわたしが、ひどくばかだった。
恋って、もっと楽しいものなのに。思い通りにいかなくて辛いというものはある。それだって恋のスパイスにはなるけれど、チェーリアさまのは絶対違う。
だってこれ、ぶっちゃけると、ただのプログラマーが作った乙女ゲームの仮想世界よ?
注意書きにあるじゃない、『このゲームはフィクションです。実際の世界、団体、人物等は一切関係ございません』って!
そんな作り話だらけの世界だってのに、ヒロイン以外の女には好きなひとを恋慕うことすら許されないっていうの?
ただの仮想世界といえど、この世界にわたしやチェーリアさま達は実際生きているのだから、間違いなく現実なのだ。現実は時として不条理なのだよって言いたいわけ?
「……かしい、……まち、……いよ」
ああ、ほんとうに。わたし、なんでここまで無力なまま転生されてしまったのかしら。
大切なご友人のピンチひとつ救えない役立たずな自分が、ほとほと嫌になる。
拳を強く握りしめて、唇を噛みつつ顔をあげたわたし。チェーリアさまが一番泣きたいのに、わたしが泣くのはお門違いだ。
「イザベラさま?」
「チェーリアさま。わたし、あなたのために頑張りたい。いえ、頑張らせてちょうだい」
「そんな、……私は、イザベラさまにお話を聞いてもらえているだけで、とても救われているのに」
「それじゃあ、わたしが物足りないのよ。わたしね、とっても欲張りさんなの」
チェーリアさまに心配をかけないよう、にっこりと微笑む。
最悪、まだチェーリアさまとワガママくそ坊ちゃんのお見合い当日までにはまだ日がある。
そうして、わたしには婚約者候補などゼロ。ステータスは彼女のお家よりがくっと下がってしまうが、まあそこはそれ。
ギルベルト殿下だって、ガチ恋な意味で好きというよりはただの最推しキャラに過ぎないわけだし、他の攻略キャラについても同じだ。
つまり、わたしは好きなひとも恋人も婚約者すらいない、本当にフリーな女というわけで。
だったら、することはひとつじゃない♡