よっしゃ、フラグ発見!
さてさて。ひと様のイチャラブを観察しまくると決めたはいいが、当のクラリッサは誰目当てなんだろうか。
クラリッサはわたしと同じ学年だが、あまりのリア充カーストトップグループであるゆえに、前世を思い出す以前までは遠目でスゴイデスワネー程度に眺めていただけだった。
まあ折角前世も思い出せたいい機会なので、手始めに改めてゲーム内容を振り返ってみることに。
ヒロインのクラリッサが、ちょうど十六歳の誕生日から物語が始まる。
実は彼女、隣国で我が国と親交の深いサーリンストン公国からの交換留学生。サーリンストン公国ではイマイチだったはずの魔法の才能が、キャレリア王国で上手いこと超開花。そこら辺の事情はまあ、ゲームのヒロイン補正なんちゃらである。深く考えんなってお約束。
そんなこんなで注目の的となったクラリッサに興味を示し出すのが、例の攻略キャラ達で。彼らとそれぞれ関わり合いを持ちながら、ラヴを育むという流れである。
攻略キャラは、隠しキャラも合わせて全員で五人。ハイスペック王子様からツンデレ幼馴染、ワンコエリート騎士団候補などなど、イケメンの高級ホテルビュッフェ並のラインナップだ。
なかでもわたしの推しは、ファンの間でも一番人気!キャレリア王国第一王子のギルベルト・シルヴェスター・レストンさま。
ファンでの愛称はギルさまなのだが、彼はわたしやクラリッサよりも三つ上の二十歳。美しい銀の髪、鋭く輝くオニキスのような黒色の瞳。目元の泣きぼくろがこれまたセクシーで堪らんのですわ。性格は全キャラで一番温厚、文武両道のハイスペック美男子。まさに王になるべくして生まれ持ったカリスマオーラは、遠目からでもわかるほどである。
公式でもメイン攻略キャラのおかげか、彼の個人ルートはダントツ濃密で甘々たっぷり。何度も何度も攻略しては「くはぁー! 最高! 素敵です萌えですギルさまー!」とテーブルをばんばん叩いて悶えたものである。
こんな一番の人気攻略キャラに付き物である悪役令嬢なんて障害も存在せず、きちんとギルベルト殿下の意図や性格を汲み取った選択肢を選び続けていれば必ず幸せになれる、ある意味このゲームのチュートリアルともいえるルート。
チュートリアルであんな濃密イチャラブをぶっ込んでくるなんて! ということでキラドキファンが注目されたきっかけでもある。彼は外でも中でもMVPってやつだ。
わたしとしては、ぜひ推しのギルベルト殿下とのルートに進んでくれないかなと思っている。他の攻略キャラも魅了的ではあるが、ここは現実。クラリッサが他のキャラを取っ替え引っ替えするハーレムルートは見たくないし、どうせなら一番の推しが可愛いヒロインと幸せになって国を築いてゆく姿を眺めたい。
んんん、どうしたら分かるのかしら?
「……イザベラさま、ずっと難しい顔で考え込まれて、どうなされたの? どこかご気分が優れないのかしら?」
ふと、わたしの肩を心配そうに触れたのは、ご友人であるチェーリア・ハリエット・スーウェルさま。彼女も同じくモブ令嬢だが、顔が大変可愛い。性格も超優しい。あとおっぱいがデカい。わたしが男ならば放っておかないスペックだ。実際好きな殿方がいらっしゃいながら、クラリッサに負けず劣らずモテていらっしゃるらしい。羨ましい。今後は彼女のイチャラブも観察しよう。ていうか、好きな殿方のことを知りたい超知りたい。
って違う、そうじゃなかった。
「い、いえ。大したことではありませんのよ。ご心配してくださってありがとう、チェーリアさま」
わたしはチェーリアさまに不審に思われないよう苦笑いをする。勿論、生前の素を出すわけにはいかないので、令嬢らしく振る舞いながら。
そう? と首を傾げる仕草すらもかんわいー! 守りたーい!
モブ令嬢だなんだといっても、チェーリアさまのように可愛らしいお方がいるのだから、この世界基本的に顔面偏差値が高いんだな。“ただしわたしを除く”という注釈が入るのが大変腹立つけれども。
「まあ、ご覧になって。ギルベルト殿下御一行よ!」
「今日もお素敵ね!」
「ああっ、なんて神々しい!」
誰かひとりをきっかけにキャアッと黄色い声が連鎖して湧く大講堂。大きな扉から姿を見せたのは、噂のギルベルト殿下だ。プラスで他の攻略キャラの皆さまもご一緒。当然クラリッサも。
第一王子ということでギルベルト殿下のスペックの高さが目立つが、他の攻略キャラも公爵家の息子だったり宰相候補だったり将来有望株の騎士さまだとか、スペックという言葉がゲシュタルト崩壊しそうな勢いで凄い。当然顔と声も凄い。
いやあ、イケメンに囲まれる美少女ってだけでもうお腹いっぱいです最高ですグッドです。
それに、これはナイスタイミングなのでは? あわよくばクラリッサが誰目当てか分かるかもしれない。
わたしは、目を細めながら彼女のブロンドのポニーテールに結ばれたリボンの色を確かめる。
攻略キャラそれぞれにテーマカラーが決められており、ギルベルト殿下は瞳と同じ黒。願わくば黒でいてー!と思ったのに。
なんと、クラリッサのリボンはデフォルトのピンク。つまり、まだ誰ともフラグが立っていないという意味だった。
まじか。嘘でしょ。だって、クラリッサがここへ来てから一年経ってるのに? 一年も経てば誰かしら固定のルートに入ってもおかしくない時期なのに?
それがどうして、誰のルートにも入ってないだなんて、どゆこと?
わたしが忌避したいハーレムルートのときは、そもそもポニーテールの髪型でなくなるから、そっちにも入っていない。
もしや、隠しキャラ狙いとか? でも、隠しキャラ狙いにしたって誰かしらのルートからの分岐なのだから、どちらにせよ妙だ。
まさかの誰も選ばない孤高のノーマルエンドルート目指してるの? たしかに存在はしているけれど、あんた修行僧ですかって感じでダントツ不人気だったエンドルートだ。
生まれながらのチート能力に美貌、ハイスペイケメン選び放題、手を伸ばせばあっさり人よりも幸福を掴めるという人生イージーモードなのに、なんて勿体無い!
と、そんなときだった。
御一行の皆さまのなかにいらしたギルベルト殿下が、ふと講堂内を見渡されたのだ。
途中、見渡した先にいたらしいわたしと目が合った。しっかりばっちりと数秒間。あの形の良い瞳が大きく開かれた、ような気がする。わたしもわたしで、逸らさずにギルベルト殿下の瞳を見つめ返すしか出来なくて。
驚いたように大きく揺れる瞳が、次第に和らぐような気配がしたその瞬間。
「きゃー! 今、ギルベルト殿下がわたくしを見ましたわ!」
「いいえ、あたしよ!」
「違いますわ、勘違いもほどほどになさって!」
「そっちこそ勘違いじゃない?!」
周りの令嬢達が、ぎゃあぎゃあ騒ぎ出した。
そっ、そうよねそうだわ。ギルベルト殿下ともあろう方が、モブのわたし程度をご覧になるわけがない。たまたま目が合ったように感じただけだ。
いやですわもう、わたしったら身の程知らず。勘違いも甚だしいっての。
ギルベルト殿下もその声に我に返ったご様子で、お顔ごと逸らされた。でも、そのお耳がほんのり赤くなっていらっしゃるのを目敏く見つけたご令嬢がいて、ますますヒートアップ。
御一行さまがギルベルト殿下を揶揄うように笑うなか、クラリッサはクラリッサで一度こちらを見てから、にんまぁりと。なんていうか、可愛いけどどこかオッサンくさい笑みを一瞬だけ浮かべた、……ような気がする。クラリッサってあんな笑い方するキャラだったかしら? まばたきをした後の彼女は、お上品にくすくすギルベルト殿下達を見て笑っていた。気のせいか。そうよね。
え、ていうか、まじでルート進んでない? あの様子、明らかに嫉妬してないっぽいもの。
そういえば、此度のギルベルト殿下には浮いた話おひとつも無かったんだったか。
でも、あの反応は明らかに……。でも、そのお相手がクラリッサじゃないってのが引っかかる。殿下は二股を掛けるようなおひとでは無かった。だとしたら、此度の殿下のご興味がヒロイン以外に向けられているというわけになる。
えー、じゃあ、わたしの推しルートは見られないってことかなあ、それはかなり残念。
「ギルベルト殿下御一行、相変わらず凄い人気ですわねぇ、チェーリアさ、……ま?」
隣のチェーリアさまを見ると、何故か彼女の顔が真っ赤になっていた。口を上品に手でおさえ、小さな肩を震わせている。やだなにそれ、めっちゃ可愛い。ではなく。
「チェーリアさま? チェーリアさまー?」
「あっ、ご、ごめんなさいイザベラさま! わたくし、少し、ぼぅっとしてしまっ……」
わたしの問いかけにとても慌てた様子で手であおぎ、頬の熱を下げようとこころみたチェーリアさま。だが、上手くいかず困ったように目をキュッと閉じられた。漫画だったら小さな汗が彼女のまわりにぴぴっと飛んでいただろう。えっなにそれ、ハイパー愛おしい。でもなく。
ここで、わたしの脳内に閃きの一線が走った。
十六歳からのいわゆる高等部学院生が集まるこの大講堂で、見渡すように誰かを探していらっしゃったギルベルト殿下。その方を見つけて目が合い、赤くなられていらっしゃるご様子と。
今となりにいる同じく真っ赤なチェーリアさま。
……はっはぁーん?
此度はギルベルト×クラリッサでなく、ギルベルト×チェーリア世界線なのね!
なぁるほど、わたくし超理解した。
チェーリアさまも、ゲーム本編ではわたしと同じく名前すら顔すら出てこないモブ令嬢なのに、いやはや現実って予期せぬことが起こるものね。
しかも、フラグがビンビン立ってるじゃない! 知らなかったなあ、なんっって美味しいところを見逃していたのかしら、わたしのおばかさん!
ヒロインとくっついてくれなくとも、推しが可愛い友人と出来るなら、それはそれで大変アリだ。全然アリ。美味しいもぐもぐ。
チェーリアさまはわたしよりも上位の伯爵令嬢。見た目は当然文句なし、成績も上位に常にランクインの実力者。
現国王陛下と皇后陛下はこの世界では珍しい恋愛結婚だというし、なんてったって乙女ゲームですからね、愛があれば貴族平民なんのそのってご都合補正が掛かるだろう。ギルベルト殿下にはそれを為せるだけのお力がある。
そうしてギルベルト殿下の恋人へのご寵愛ぷりはゲーム本編のとおり。いくら彼がモッテモテだろうとチェーリアさまが不安になることはまずない。彼女の幸せは約束されたようなものである。
よし、わたしお二人の為に頑張ろう!
こう見えて、生前は友達のキューピット役をやった実績もあったりするのだ。元からひと様の恋愛事情を見るのが好きだったのね、わたし。乙女ゲームプレイ中も、ヒロインに自己投影せずひとりのキャラクターとして見ていたくらいだし、これは相当だ。
となれば、まずは。
「ねえ、チェーリアさま。今日の放課後、わたしとお茶しませんこと?」
情報収集という名の恋バナよね♡