先客が居たようだ
ここからは、ギルベルト殿下視点。
キャレリア魔法学院に隣接された王立図書館の第四区画。専門的過ぎる書籍が多いせいであまり人の近寄らない区画。
私にとっては、周りを気にすることなく一人になれる小さな隠れ家だ。
……というのも過去形になりつつあるらしい。
まさか、どこぞのご令嬢がすやすやとテーブルに突っ伏して寝ているとは思わなかった。
まあ、私ですらいい隠れ家と思うのだ。他に同じことを思い付く人間がいてもおかしくはない。ないにはないのだが。
なんとなく面白い気はしない。私の方が先に見つけていたはずなのに、と根拠のない文句が浮かぶ程度には。
キャレリア王国第一王子として、ゆくゆくはこの国を治める王として。物心ついた頃から、徹底した厳しい教育を受けてきた。
それについて文句はない。この国の王子として生まれた者の責務だ。
だがまあ、息苦しさがまったく無いのかと聞かれるとそれは否であって。
人に囲まれ、皆が期待する王子然として笑みを絶やさず優しく慈しんで、公平に手を差し伸べ、常に最高・最上・完璧でいなければならない、というのはなかなか負担が大きいものだ。
だからこそ、人に知られていない此処は、私がギルベルト王子としている必要もなく、素のギルベルトとして居られる場所と思っていたのに。
複雑な心境ですやすや眠る令嬢を見下ろしていたら、彼女の身体がもぞりと動いた。このまま目を覚まして私を認識されても困る。
ありがたいことに、私は容姿の良い父と母の間に生まれたおかげで見目も悪く無いらしい。ご令嬢に色気たっぷりの熱い視線を向けられ愛想を振りまかれることはしょっちゅう。
歳も歳だから、そろそろ婚約者をと貴族や隣国の王族達がこぞって自慢の派手な娘を我先にと紹介してくるのだ。娘も娘で私の見目か地位か(そのどちらも?)で目を輝かせ猫撫で声で私に擦り寄ってくる。
どれもこれも、分厚い化粧で本当の素顔を塗りたくり、ずるずると引きずるような裾のドレスを着て、流行りの装飾品で自身の価値を上乗せしたつもりになって。薄っぺらいお決まりな褒め言葉を並び立て、中身のない会話をお茶会でひたすら繰り返す。
今此処へ逃げてきたのも、宰相候補の友人が父から預かったらしい縁談の封書を大量に持ってきたせいだった。
此処で寝ている令嬢も、彼女らと大して変わりはしないだろう。正直いって、うんざりだ。
だから、音を立てず私はその場を後にしようとした。
くしゅん、と小さな音を聞くまでは。
振り返ると、彼女はぶるりと肩を震わせていた。
暦上は春といえど、まだ寒い日が続いている。このまま放っておいたら風邪をひいてしまうかも。
「………」
お前が選ぶひとつひとつの行動が、国民ひいてはこの国の鑑とならねばならない。
幼い頃から幾度となく聞いた父の口癖が、どうも私の足に枷を掛けてくる。ある意味呪いだな、はは、まったく厄介極まりない。
今着ている上着でも掛けてやれば早いが、私が此処に来たとバレるのも困る。なので、指を鳴らして彼女の周りだけほんのりと暖かくなるように魔法で空気を調整した。
彼女の震えが止まったのを見届けてから、今度こそ後にした。
別の隠れ家候補、あっただろうか。かなり気に入っていたんだがな、あそこ。