やっべ、転生してたわ
──キャレリア王国。
魔法が当たり前なこの世界大陸で最も力のある南の大国である。軍備も揃い資源も豊か、現国王は民のことを第一に考えるまさにテンプレな良国だ。
この王国に設立されたキャレリア魔法学院は八年制の学校で、全国民が十二歳を迎えると貴族平民関係なく入学できる。
十二歳から十五歳までを“中等部”と呼び、基本的な学力は勿論、魔法の扱い方を学び、この世界を生きてゆくうえで必要な術を学ぶ場。ここまでが所謂お金のかからない義務教育。
そうして、十六歳から二十歳までを“高等部”と呼び、言葉の通り中等部の基礎を土台としたさらなる高等教養を身に付けることが目的。ここからの教育を受けるかは本人の選択制となり、お金もかかる為、主に貴族王族が多数を占めている。学業のついでに、生涯の伴侶を見つけたりする出会いの場でもあったりなかったり。
……というのが、大まかな設定である。
何の設定? そりゃあ、ゲームよゲーム。
ここは、メイドインジャパンが誇る大人気乙女ゲーム『キラキラ☆ドキドキ♡ファンタスティックラヴ』の舞台そのもの!
魔法チート能力を持つその名の通りキラッキラなヒロインが、キラッキラのイケメン攻略対象とその名の通りドッキドキな学園生活を過ごして、その名の通り彼らのラヴを得る物語。
で、わたしがその幸せを約束されたヒロイン、クラリッサ・フラッツィだったら万々歳!なんだけれども。
違うんだなーーーー、これが。
わたしは、この国で中の中程度の伯爵令嬢であり、完全なモブ令嬢。父母の夫婦仲は良く、おっだやかーに愛されて育てられた、チート能力ゼロのこれまた中の中程度の成績に顔つき。
おそらくゲーム画面では、顔すら出ず、テキストボックス内で“令嬢1”みたいな一言のセリフが出るかしら?的存在感。主要攻略キャラとも血縁や関わりゼロの完璧なるモブ。
……に、転生した元日本人かつ社会人。
「キラキラ☆ドキドキ♡ファンタスティックラヴ」(以下、キラドキファン)は、生前大好きでよくプレイしていた。周回プレイをしまくったおかげで全ルート攻略済み。
あまりにこのゲームが好きすぎて「あああモブになってヒロインとイケメンのイチャラブ眺めていたいぐへへ」と考えていたから転生したのだろうか。
という諸々を、たった今思い出した。
全部、オール、エブリシング。
「んがっ!?」
キャレリア魔法学院に隣接された王立図書館の第四区画。高等部学院生から入ることが許されるマニアックな専門書だらけで誰も近寄りたがらないその区画でひとり居眠りするのが、わたしの日々の憩いであった。
今日もお昼寝よーウフフから今までの生前の記憶がみるみる甦ってきたのだ。
思わず令嬢らしからぬ声が出たが、誰もいないっぽいのでセーフ。よだれを拭って跡がついた前髪を直す。手鏡を取り出して頬の跡も確認、よしよしだいじょーぶ。うん、今日も安心ド安定のモブ顔令嬢。
それにしても、だ。
「……少しは転生特典あっても良くない?」
例えば、悪役令嬢に転生してなんかヤバいルートエンド回避!とか。ヒロインよりもなんかヤバいチート能力が隠されていてもう大変!とか。なんでかヒロインよりも美人で可愛くてセクシーダイナマイツ過ぎて何してても目立っちゃうのヤバーい!とか。
わざわざゲームの世界の人間に転生したのだから、少しは二回目の人生ボーナス的特典があったっていいじゃない。
しかし残念ながら、此度のわたしはまっっっったくそんなフラグも気配もゼロだった。
いやまあ幸せですよ? 二回目の人生、十七歳、今思い出すその瞬間まで、何不自由なく暮らせてありがたいことですよ? 同じくモブながら素敵なご友人にも恵まれてさ? 幸せっちゃ幸せなんですよ? 人間、“フツー”にありつけることなんて意外に結構難しいのだから、この境遇はある意味で大ボーナスともいえるのだ。
でもね、でもね、少しくらいは夢をみたいじゃない! 少しくらいはチート魔法無双したかったわよ! イケメン攻略キャラとフラグが立つ未来も見たかったわよ!
………うん、まあ、いいや。手に入れられないものを望んだって仕方なし。今ある現状で満足しなさいってことよね。わかったわよ。
念願叶っての大好きな乙女ゲームのモブ令嬢なのだ。こうなりゃ、とことんクラリッサとイケメン達のめくるめくラヴを観察しまくろうじゃないか。
「楽しみですわね、ぐへ、ごほんっ、うふふ」
令嬢らしからぬ笑い声を咳払いで誤魔化し、ドレスを正して立ち上がった。
この日をもって、わたくし、イザベラ・ファン・ローズモンドは、徹底的にひと様のイチャラブを観察しまくることをここに誓いますわ!
……なんつって♡