959話 幽閉王女は魔女になる
お風呂から出て来た私達が、二階の食堂へと戻ってくると。
「あ! やっと帰って来た! 冷めちゃうかと思ったわよ!」
「見て見てシルヴィちゃん! じゃじゃ~ん!!」
「こ、これは……!?」
食卓の上には、ピザやハンバーガー、お寿司などを始めとした異世界の料理がこれでもかと並べられていて、テーブルに乗りきらなかった分がキッチンの方に雑に置かれてしまっています。
「……まさか、これ全部がシーラ様からの贈り物なのか?」
「せいか~い! シーラ様イチオシの、異世界満喫☆デブ活ディナーで~す!」
シーラ様……。確か、レナさんが異世界に戻っていた際に協力してくださっていたという、異世界の創造神でしたか。
ポジションとしては大神様と同じはずなのですが、シーラ様は非常に自由奔放な方だと伺っています。
まぁ、異世界からの持ち込みが厳しく制限されていたはずにも関わらず、これほどの量を送ってくるところから疑いようのない事実なのかもしれませんが。
「わぁ~! お姉ちゃんお姉ちゃん! これ、すっごい美味しそうな匂いするよ!!」
「あはは! エミリはケ〇タ好きそうよね!」
「お母様見てください! ご飯の上に、緑の何かがたくさん載っています!!」
「それはね~、ポキ丼って言うのよ! アボカドっていう果物とお魚の刺身を乗せたご飯なの!」
「く、果物をご飯の上に乗せるのですか?」
「ん~、分類的には果物なんだけど、どっちかって言うとお野菜のイメージが強いのよ。まっ、食べてみればわかるってことで、ね?」
「何が“ねっ?”じゃ、このたわけが。これほどの量を食すのに、どれほど時間が掛かると思っておる」
「え? 食べられなかったら保存すればいいじゃない……。って、あ~そっかぁ! シリアってば、神様じゃなくなっちゃったんだもんねぇ? こんなに沢山のお料理をそのまま保存すらできなくなっちゃったのかしら?」
ここぞとばかりに煽り気味に言ったフローリア様の眉間に、シリア様が放ったフォークが突き刺さりました。
「あっ! あぁ~~~~~~!? いった!! いったぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」
「この阿呆が!! 神でなくとも保存くらいできるわ!! 妾が言いたいのは、毎食同じメニューになるやも知れんぞという危惧じゃ!!」
「ま、まぁまぁ、落ち着いてくださいシリア様。これほどの種類ともなれば、何種類かずつでローテーションすれば何とかなると思いますので」
プリプリとお怒りのシリア様を宥めていると、もう待ちきれないと言わんばかりにエミリ達が食事に手を伸ばしているのが見えました。
レナさんがパシッと叩いて止めているのを小さく笑いつつ、指輪を通してメイナードに呼びかけます。
「メイナード。夕食はとても豪勢ですので、早く帰ってきて――」
くださいと言い終えるよりも早く、小さめな召喚陣が勝手に展開され、手乗りサイズのメイナードが中から飛び出してきました。
そのまま彼は机の上に降り立つと、どらから食べようかと吟味し始めます。
「あっ!? 待ちなさいよあんた!! エミリ達だって抑えるのに必死なのに!!」
『飯の時間だと呼んだのは主だ。文句なら主に言え』
「こいつ……!! シルヴィ早く座って! こいつに一番に食われるのはムカつくから!!」
「は、はい!」
「くふふ! 相も変わらず騒がしい食卓じゃな! ほれ、貴様もいつまでもゴロゴロとしとらんで早う座れ」
「ホントに痛かったんだからね!? もぅ~、おでこに穴開いてない?」
「開いておらん。開いていても中身が無いのじゃ、漏れだす心配も無かろう」
「あ!? ひっど~い!!」
いきなり騒がしくなった皆さんに苦笑しながらも席に着き、全員で手を揃えます。
「「いただきます!」」
「……んん~!! 凄いこれ! 中からお汁がじゅわぁって出てくる!!」
「アボカドという果物、こんなに美味しいんですね!? 凄いです凄いです!!」
「ほらエミリ、こっちも美味しいわよ?」
「うふふ! ポキ丼が気に入ったなら、こっちのシーザーサラダも……」
『主よ、この肉を切り分けろ』
「ふふっ、分かりました」
賑やかに始まった食事を楽しんでいると、ワイングラスの中身を呷っていたシリア様が笑いながら声を掛けてきました。
「くふふっ! やはり賑やかな食卓はいいのぅ! お主もそうは思わんか?」
「そうですね。うるさすぎるのも考え物ではありますが、これくらいが一番丁度いいです」
「うむうむ。ここ一週間、記憶を取り戻したとは言えどもフローリアとレナが騒ぐだけであったからな。エミリとティファニーがこうしてはしゃぎながら飯を食えるのも、やはりお主がいてこそじゃろう」
私達の話が聞こえていたらしい二人は、口いっぱいにご飯を詰め込んだままでしたが、満面の笑みを浮かべることでそれを返事としていました。
そんな愛らしい二人に微笑む私に、シリア様は続けます。
「これからはこの家族と、お主の正しい意味での家族を維持しつつ、魔女として励んでいくことになる。明日からは相当忙しくなるやも知れんからな、今日くらいは思う存分羽を伸ばしておけ」
「はい。明日からもまた、よろしくお願いします。シリア様」
明日からの日々へ決意を改め直していたところへ、細切りにされたフライドポテトをくるくると回しながら、フローリア様が抗議の声を上げます。
「ちょっとちょっとシルヴィちゃぁん! 私は私は~?」
「あんたは前から、何もやってなかったでしょうが」
「えぇ~!? 私だって、シルヴィちゃんのお洋服とかいっぱい持って帰って来たのに~!」
「ふふっ。異世界の洋服のことももっと知りたいので、今後もぜひお願いできますか?」
「もっちろん! 任せて任せて~☆」
「はぁ、ホントにシルヴィは優しいんだから……。でも、あたしからも改めてお願いするわ、シルヴィ。明日からまた頑張りましょ」
「はい、お互い頑張りましょう」
レナさんから差し出されたグラスに、自分のそれを当てます。
そしてお互いに笑いあっていたところへ、フローリア様が自身のグラスを高く掲げながら声を上げました。
「よぉ~し! それじゃ、今日はたっくさん騒いで飲んじゃうわよ~!!」
「「お~!!」」
「貴様は加減と言う物を覚えんか、このたわけが!!」
いつものようにシリア様に叱られるフローリア様を、皆で笑います。
そんなやり取りに私も笑いながら、ようやく日常が帰って来たのだと実感します。
もう二度と手放したくない、この家族の温かさと和やかな日常を噛みしめながら、私達の夜更かしは始まっていくのでした。
☆★☆★☆★☆★☆
シルヴィ達が楽しく夜更かしを始めた頃。
それを優しい顔つきで空から見守っている者がいた。
「かくして、運命に囚われ、幽閉されていた王女は、かけがえのない家族と共に、本当の意味での自由を謳歌し始めるのでした」
空と言っても、それは現実の空ではない。
世界の狭間にある、天界と呼ばれる神々が住まう神域である。
そこで一人、かつての大神が座っていた椅子に腰を下ろしている女性――【運命の女神】スティアは、長い薄紫色の髪を揺らしながら、誰もいない空間で小さく呟いた。
「大神様。あなたが未来を託した子は、本当に彼女で良かったのでしょうか」
その問いに答える者は、もうこの世界にはいない。
それを頭では理解していても、常に傍にいた彼女としては、口にせざるを得なかった。
本当に、御身を賭してまで彼女が願った世界に修復する必要はあったのか。
彼女に託されたこの世界の未来は、明るいものとなるのか。
【運命の女神】であり、生きとし生ける者の運命を司るスティアは、その全ての命が辿る運命が記された本を所有している。
しかし、彼女の手元にあるシルヴィの本は、彼女が取り戻した世界で家族団らんを楽しむところで途切れ、以降は空白となってしまっている。
それが示すのは、【運命の女神】ですらシルヴィの行く末が分からないということでもある。
「……それをこの目で見極め、後の神としての役割が果たせるかどうかも、私が決めろとあなたは仰いましたね」
スティアは自分に言い聞かせるように呟き、シルヴィに関する運命が記された本を閉じる。
そして、その本の表紙を手でなぞりながら文字を起こしていく。
「今は、こんなところでしょう」
光の粒子が徐々に文字となり、本の表紙に刻まれていく。
それはやがて、彼女の人生を表すタイトルとなった。
「あなたが今後、どういった魔女としての人生を歩み、神へ至るのか。それを私自らが記していくことにしましょう」
スティアはすっと立ち上がると、ゆっくりとした動作で部屋を後にする。
「あなたの人生に、幸があらんことを」
神の祝福とも取れる祝詞を口にしたと同時に、部屋は静寂に包まれた。
彼女が座っていた席の上には、優しい顔つきで微笑むシルヴィが描かれた、一冊の本が残されているのだった。
【幽閉王女は魔女になる】。そう題された本として――。
~END~
本日を以て、【幽閉王女は魔女になる】は完結となります!
投稿開始から2年と7カ月間、毎日投稿を頑張り続けられたのは暖かい応援をくださったからです!
シルヴィ共々応援してくださった皆様……本当に、本当にありがとうございましたっ!!!
本編はこれにて完結となりますが、アフターストーリーを進めるか、
新作を準備するか、はたまた【幽閉王女は魔女になる】のオリジナルゲームを作成するかを検討中ですので、
また目に留めていただけた際には応援していただけますと幸いです!
最後になりますが、もし評価がまだの方がいらっしゃいましたら、
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それでは皆様、また会える日まで!!




